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教会勢力 I

 その空間に入って、まず思った事は"世界が違う"だった。言葉では上手く表現出来ないのだが、根本からして世界が違う事だけは確信できた。


 体が軽い。思考が冴え渡る。呼吸が楽。力が湧いてくる。


 世界の変化に伴ってか自身の体にも変化があったが、それらは全て絶好調の言葉で纏められる。


 ──間違いなく、前世も含めてこれまでで最高のコンディションだ。


(これは……)


 なんとなくだが悟る。この空間の環境は、おそらく天界とやらに近い。


 ジルの身体は人間でありながら、しかし『固有能力』を筆頭に神々の要素も含まれている。それ故に、神々が住まう世界であればスペックが上昇するのだろう。


 いや、上昇するというよりは、今の状態こそがこの肉体の本来のスペックに近いものなのかもしれない。いずれにせよこの環境にいる間は、単純な最大出力であれば同時系列の原作のジルをも超えているだろう。


(なるほど)


 何故、世界を変化させねば神々が降臨しないのかが分かった。しないのではなく──そもそも、現世は神々が降臨すること自体が不可能な環境なのだ。


(この環境と比較すれば、現世は(けが)れているとすら思ってしまうな)


 わざわざ快適な空間から、劣悪な空間に移動する物好きはいないだろう。今の現世は、神々にとっては人間で言うところの大気が汚染されきった区域といったところか。


 だから神々は、世界が変化して神代に回帰するまでは降臨しなかった。自分たちが降臨するに相応しい舞台の幕が降りるのを、彼らは待っていたということだ。


(ふむ。これは割と朗報なんじゃないか?)


 この情報はつまり、俺がどれだけ対神々用の行動をとったとしても、連中は妨害が不可能なことを意味する。それは、俺にとって朗報と言えるだろう。


(……いや、神々にとって快不快程度の違いか、降臨が可不可にほどの違いによって変わるな)


 様々な可能性を考慮しながら暫し思考を巡らせ──邪神が現れても神々が降臨しなかった以上、おそらく後者だろうな、と結論づけた。


(しかし、ふむ、そうか。くく……)


 百聞は一見にしかず、とはよく言ったものだと思う。


 俺が教会勢力の立場だったとしても、大陸で暴れ回っていたジルやレーグルなんて放置して、ただ現れただけの邪神には討伐隊を編成して進軍するだろう。


 なにせ、あまりにもアレは異質だった。神でありながら、神々とは異なる力を操る異常事態。そんなものを放置すれば、本当に世界が正しく変化してくれるのか不安にもなる。


 武力面による脅威度の問題ではなく、異質面で邪神を脅威判定していたその意味を、その理由を、俺は理解した。

 

「……なんだこりゃ。若干体が軽い」

「……」


 どうやらこの環境下では、俺から『加護』を受けている二人もある程度能力が向上するらしい。向上率は俺ほど高くないが、若干二人の存在感が増しているのを感じた。


(本当に若干ではあるが。まあ、万が一の二人の生存率が上がったと思っておこう)


 それにしても美しい空間だな、と思う。


 緑豊かなリゾート地、とでも言えばいいのだろうか。大地は芝生が生い(しげ)り、視線を横に向ければ透き通って綺麗な川も見える。空は雲ひとつなく、降り注ぐ日差しも心地良い。


(とはいえ目を引くのはそいつらじゃないんだよな)


 目を細めて、視線を正面へと移す。


 視線の先に君臨するのは、巨大な教会。それこそ、俺が居を構える王城よりも巨大だ。あの教会で一つの国として機能させているのだから、当然といえば当然だが。


「なんだあれ、デケエ」

「……」

「あれが私達の目的だ。いや、正確にはその中身というべきか。なんにせよ、今回の目的の第一段階には至った」

「つまり、あそこに強い連中がいるかもしれねえってことだな」

「戦いが目的ではない。まあ、貴様の望みは叶うであろうよ」


 それこそお前より(はる)かに強い連中もいるからな、という言葉を飲み込んで一歩足を踏み出す──直前、金属同士の激突する音が耳朶(じだ)を叩いた。


「ジル様。お下がりください」

「……」

「いいねえ! 分かりやすい!」

「……」


 一瞬の出来事だった。


 先ほどまで背後にいたキーランとヘクター。二人は突如現れた襲撃者二人から俺を守護するように、前に躍り出ていたのだ。


 キーランは短刀を用いて襲撃者の放ったレイピアによる一閃を防ぎ、ヘクターはガントレットを(まと)った拳でもう一人の襲撃者の一撃を防いでいた。


 それらの攻防は常人では視認することすら不可能な、本当に一瞬の出来事であり──常人を遥かに凌駕するジルの肉体スペックは、その全てを余裕で目視できていた。


(なるほど、妙な感覚だ。時間で言えば一秒にも満たなかったんだろうが……その間の動作がはっきり見えている)


 前世……と言っていいのか分からないが、前世の俺では何も見えなかったに違いない。


 何も見えないから逆に涼しい顔をして「今、何かしたか?(知らぬが仏)」みたいな感じで謎のイキりムーブは出来たかもしれないが、そんなものは直接戦闘に移行した瞬間に死亡が確定するので考慮するに値しない。


(自分以外の人間の戦闘の一幕を見たのは初めてだが……この程度であれば不意打ちにも対応できそうだな)


 誰にも悟られないよう、内心でほっと一息。


 今後自分が戦闘を行うことに関して僅かばかり不安があったが、これならなんとかなりそうである。ラスボススペック様様と言ったところか。


「貴様。ジル様に刃を向けるとは。その罪、死(ごと)きで(つぐな)えると思うなよ」

「なあ、テメェらそれなりには強いよな? けどテメェらが初手の襲撃じゃねえってことは……テメェらは下っ端か? もしそうだとしたら……おいおいなんてこった。どんな化け物どもが奥にはいるんだ? なんだおい! 大陸最強とか言われている国よりも、強いんじゃねえか!?」


 キーランから周囲を刺すような殺気が立ち上り、それに負けず劣らずの戦意がヘクターから放たれる。それらに呼応するように、襲撃者達からも異様な空気が漂い始めた。


 まさに一触即発といった状況。止めなければ間違いなくキーランとヘクターは襲撃者達を殺しにかかるだろう。その未来はあまりに、俺にとって不都合だ。


 ジルの肉体と、万全な状態のヘクターやキーランとの実力差は掴めた。目的の一つは達したと言えるだろう。それも想定していたより、遥かに安全に。


 上々な結果に満足しつつ、俺は口を開いた。


「殺気と戦意を抑えろ。私達は戦争をしに来たのではない」


 声に(わず)かばかり『神の力』を混ぜながら、俺は四人に向けてそう言い放つ。俺の言葉を受けたキーランはすぐ様襲撃者から距離をとって短刀を収め、一拍を置いてからヘクターも拳を解いた。


「貴様らもだ。私達の登場は確かに無作法だったがしかし、これしか貴様らとの接触を図るのに手が無かったことは、貴様らが一番理解しているであろう? 私達は何も、戦争をしに来たわけではない。それは今の行動からも明白だ。その二人は、貴様らよりも強い。ここまで言われて察せぬほど、愚鈍ではあるまい?」


 謝罪はしない。


 下手(したて)に出たらナメられかねないし、事実として強引な手段以外でここに訪れる方法はないのだ。


 不法侵入はしたが殺さなかったんだから誠意は見せただろ信用しろやとか完全にヤクザな発想だが、事実俺達は外じゃヤクザみたいなもんだし、現時点で俺達に出せる誠意はこれくらいしかないのである。


「……貴殿は」

「やめろアイク。それは我々の決めることではない」

「……」

「確かに、神代の技術を持ち得ない貴殿らではこの強引な手法しか取れないのは事実だ。しかし、それとこれとは話が異なるのは分かっていただこう。我々では貴殿らの処遇を決めかねる。上と連絡を取ってもよろしいか」

「許す。元より私は、貴様ら雑兵と接触しに来たわけではない」


 俺達から少し離れて、何やら口を動かし始めた彼らの姿を見ながら、俺は一人内心で笑みを浮かべる。


 順調だ。


 流石に連中も初手からこちらを潰しにくるはずがないだろうという希望的観測もあったが、順調である。


 所詮、彼らは雑兵。教会勢力が保有する戦闘要員でも多数いる最弱の存在だ。物語風に言うならば、モブキャラといった立ち位置である。


 そんな彼らでも、小国なら単騎で滅ぼせる世界有数の実力者であるキーランやヘクターと戦闘の座に立てる。大国相手に大立ち回りをした、『レーグル』との激突を可能にするのだ。


 それが、教会勢力。インフレの幕をあげた、恐ろしい集団である。数も質も良い新勢力とかインフレ加速するに決まってるだろいい加減にしろ。


(まあ良い。さて、この後は交渉の席に着いて……)


 ここまでは順調。だが、油断をするわけにはいかない。この先に取るべき行動、発言その他を今一度確認するべく俺は思考を巡らせ──


「……」

「ジル様!?」

「チッ……!」


 ──刹那、首元に槍が突きつけられていた。


「……視えていましたね、私の瞬身を。そして、我が槍の軌道を。だからこそ、あなたはなにもしなかった。……少なくとも動体視力と、胆力は常人の域を脱していますね」


 その槍が、俺の首を貫くことはなかった。何故なら、俺に槍を突きつけた人物が、寸前で槍を止めていたからだ。


 視界に映るその姿に、自然と俺は眼を細める。

 

「成る程、強い。『神の力』に適合したその身は、本来只人の身でありながら『神の血』を引く私にも匹敵するか。加えて、どうやら『神の力』の本質に気付く聡明さも持ち合わせているようですね。神代の術の知識もなしに、境界を越えたのは伊達ではないようです」


 知っている。俺は彼女をよく知っている。


 ある種、ラグナロクという作品のインフレの象徴みたいな連中の一人だったから。


「失礼いたしました。どうやら、貴方に対する認識を改める必要があるようです」

 

 そう言って槍を収める銀髪の少女。


 白銀の鎧を纏ったその少女は、凛とした蒼い瞳でこちら見やった後、静かに言葉を紡ぐ。


「我が名はソフィア。上の命により、貴方を案内させていただきます」


 教会最高戦力『熾天(してん)』が一人───ソフィア。


 インフレにも付いて行ける実績を持つ存在が、俺の目の前に立っていた。


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