『王』対『龍帝』 前哨戦
三章開幕です!
信仰の儀を見届けてから城に戻った俺は危うく意識を飛ばしかけたが、なんとか持ち堪える事が出来た。ジルという存在が意識を飛ばすなど言語道断である、と己を強く叱責する事でなんとか耐える事が出来たのだ。
ちなみに、なんとかエミリーとクロエの誤解は解いた。
この国に古くから伝わる儀式とかなんとか言って誤魔化した。お国柄といえばなんとなく触れてはいけないものと思ったのか、二人は納得した。お前達の国の魔術狂も似たようなもんだろうが、という言葉を言わなかったのは間違いなく俺の優しさである。
なおその後、ステラには「キーランによって広められた彼の国なりの忠義の証」と伝えた。今後ヘクター辺りと行動することを考えたら、真実がいずれバレるのは時間の問題である。ならばゲロってしまうのが、賢い選択というもの。彼女は半信半疑の視線をキーランに送っていたが、そこは俺のあずかり知らぬところだ。
(今すぐにでも、信仰なんてバカな真似はやめてもらいたいんだが──)
ああしかし、俺はとある仮説を立ててしまった。
正確には、立てざるを得なかった。
そしてその仮説は、上手く回れば俺が神々に対抗する手札として十分に機能し得るほどのもので……それ故に、俺は信仰を止めることが出来ない。
(信仰心だけが条件なのかは実験してみないと分からんが……)
魔術大国で俺を信仰する集団が爆誕したのは記憶に新しく、そしてその瞬間に俺の能力が向上したのも記憶に新しい。その能力の向上の仕方が、魔獣騒動の後に俺の能力が向上したときと酷似していると気付いたのも同様だ。さらに言えば信仰の儀によってそれはそれは深い信仰を得ると同時に、微妙に向上していった俺の能力。
これらの事実について、得られた情報から仮説を立てると。
(俺を信仰する人間が増えたり、人々が俺に向ける信仰の度合いが高まれば高まるほど、俺の能力が向上する可能性がある)
人々から向けられる信仰心が神の能力向上に直結する。言葉にすると成る程、ありそうな話だと思えてくる。
結局のところ神々なんてのは、自分達を信仰してくれる人間がいて初めて"神"として成立するのだ。信仰が存在するから神が誕生したのか、神が存在するから信仰が誕生したのかという鶏が先か卵が先かのような話になってくるが。
勿論、信仰心が無ければ弱いという話ではない。何故なら、グレイシーや熾天といった神の血を引く連中は、信仰心を向けられていないにも関わらず化け物のように強いからだ。
(まあ神の血を引いてるからといって、俺みたいに能力が向上するとも限らんが。ただどっちにしろ、神の血を引いてる連中が強いのに神々が弱いなんざあり得ないって話だ)
いずれにせよ、俺は己が強くなる為ならやれることはやり尽くす主義である。俺に向けられる信仰心の類が俺の戦闘力向上に直結するのであれば、それを活かそうと思うのは当然だ。
(能力向上の倍率は微々たるものかもしれんが、その微々たる倍率が命運を分ける可能性だってあるからな)
さて。ここで俺的に気になってくるのは、信仰心じゃなくても能力向上は可能なのかという点だ。
畏怖の念や畏敬の念でも問題なく能力が向上するのなら、既に俺を信仰してしまっている連中はともかくとして、今後はそっち方面で行動していきたいというのが本音である。
(まあどっちにしろ、俺がやることは決まってしまったんだが)
これもある種の因縁というやつだろうか。まさか俺が、原作のジルが果たそうとしていた野望を成す為に、行動を開始することになるとは思ってもみなかった。
全世界の人間から信仰、あるいは畏敬の念を抱かれるには、俺が取れる手段なんてもはや一つに等しい。
(大陸の覇者になれば、俺に信仰心を向ける人間は増えるだろう)
即ち、世界征服。言葉の意味を考えたら、天下統一の方が正確だろうか。まあ些細な違いだが。
(現在俺を信仰しているのは俺の国と魔術大国の二国。なら後は、せめて大陸中の小国はあらかた掌握しておきたいところだな)
とはいえ、天下統一を成すというのは並大抵の難易度ではない。いやまあ正確には単純に大陸中の国家を支配するだけであれば、教会勢力も動員すれば武力的に簡単なので、大陸内だけであれば天下統一自体はそこまで難しくはないが。
(天下統一したら一件落着って訳じゃないからな)
俺にとって天下統一は目的ではなく、手段なのだ。最終的な目的が神々への下剋上である以上、単純に天下統一を終えるだけでは意味がない。
万が一信仰を得られなければ俺の能力向上に繋がらないのであれば、単純に武力を用いて天下統一を成し遂げた所で俺の目的達成には役立たないのだ。不良高校で番長は信仰されていないのと同じで、恐怖による支配で人々から信仰心は得られない。ならば恐怖による天下統一なんてしても、時間の無駄である。
(それに信仰を得ることだけに固執して、そこで時間をかけすぎたら本末転倒だからその辺の見極めも慎重にしないとな)
正直な話、大陸の人口六割前後の心を掌握出来ればそれで良いとすら思っている。
まあ元々『神の力』確保のことを考えると、各国に対して何かしらのアプローチ自体は必要だったのだ。少しばかり手間が増えたとでも思っておこう。
(アプローチをかける時期の見極めも大事になるな。タイミングってのは結構重要なポイントだ。機嫌が悪い相手より、機嫌が良い相手の方が交渉を進めやすいのと同じだな。相手の機嫌が良いタイミングで交渉を進めるのと同じで、相手国の様子見をして──)
まあ簡潔にまとめてしまうと縛りプレイをしつつ、世界征服を可能な範囲でやっていこうという話だ。
(一応あの国に対して餌は蒔いているが、さて)
どうなることやら、と思いながら俺は玉座から立ち上がる。そして、隣で何やら奇怪な動きをしている少女へと顔を向けた。
「『加護』の調子はどうだ、ステラ」
「悪くないよー。ていうかこれ、面白いね。ボクとしてはこれを魔術と合成させて、相手の時間を停止させたりしたいな。ちょっと裏庭借りるよ」
「許す。励むが良い」
他にも、戦力の拡充なんかも重要な課題だ。個人的には、レーグルの面々には是非ともインフレに付いていけるだけの実力を身につけて欲しい。
考えようによっては、俺の能力が向上すれば、必然的に俺が力を貸し与えている連中の『加護』の能力も向上するはず。あるいは、連中の『加護』が向上するのに必要な土台は築かれるはずなのだから。まあそれはそれとして、彼ら本人が修行を怠ればインフレに付いていけるはずがないので、彼ら本人にも強くなってもらわねば。
(特にステラは、戦闘経験に乏しいからな。まずは多くの実戦経験を積ませるところからだ。この歳で無詠唱の超級魔術に至ってる時点で、才能は充分だしな)
今後の俺の行動指針は、大きく分けて六つある。
第一に、レーグルの完成及び強化。
第二に、大陸中に散らばる『神の力』を全て手に入れる。おまけとして、可能であれば未発見の『天の術式』を探す。
第三に、天下統一とそれに付随する皆からの信仰で強化を図る。
第四に、原作ではジルの配下にいなかった強者の従属化。
第五に、原作主人公の所在把握。あの主人公は色んな意味で謎が多い青年なので、なるべく早く所在は把握しておきたい。とはいえ謎すぎて、現時点でどこにいるのかも全く分からないのだが。
そして四つ目と被るが──第六に、海底都市との接触。
教会勢力以上に強大な組織……というよりもはや一つの世界であり、第三部で神々から逃げ延びた主人公達の避難所として偶然利用できた場所だ。
あそこの頂点とは、是非ともパイプを繋いでおきたい。基本的に世界の行く末には無関心で、神々に対しても「どうでも良い」というスタンスの男だが、神々と同等の力を有している存在を見過ごす訳にはいかない。
(ただあそこは本当に、本当に色んな意味で極悪難易度なんだよな……。住人全員が『新人類』とかいう謎の生命体と化してるし、何より『あの少女』がな……)
少なくとも、今の俺が訪れて良い場所ではない。というより、行く意味がない。
交渉材料もないのに訪ねたところで無駄骨も良いところである。まあそもそも、生きて帰れるのかという問題も発生するが。
(……六つ目の方針は後々、だな。とはいえタイムリミットがいつまでか分からないので悠長なことは言えんが)
原作だと神々が主人公を追って海底都市に攻め込んだ結果、なし崩し的に海底都市も巻き込まれたが──さて、俺はどうするべきか。
(他にも『魔王の眷属』について調べたり、アニメで名称と結果だけあった『人類到達地点』とか色々あるが……)
一先ずは、達成しやすい目的についてから考えよう。
ステラを裏庭に案内させる為に城内を歩きながら、俺は思考を巡らせる。
天下統一の為の、一手について。
◆◆◆
「神というのが何かは知らないけど──僕自ら攻め入り、滅ぼそうか」
冷徹な雰囲気と共に放たれた『龍帝』の言葉に、その場にいる誰もが凍りついた。
次いで、彼らの視線は『龍帝』の次に存在感を放つ『何か』へと向けられる。
「……」
その『何か』は『龍帝』の言葉に呼応するかのように静かな吐息を吐き、その瞳に鋭い眼光を走らせ、そして──
「──と、言いたいんですけどね」
そう言って、『龍帝』と『何か』は先ほどまで纏っていた凄絶な空気を霧散させた。老執事やメイド達がホッと息を吐き、そんな彼らを見て『龍帝』は朗らかに笑う。
「滅ぼしてやりたい気持ちは本音ですが……魔術大国に関しては、正直放置しておいた方が都合が良いので放置します」
「都合が良い、ですか?」
メイドの一人がおずおずと尋ねると、『龍帝』は困ったように眉を寄せた。
「あの国は正直色々な意味で面倒なんですよ。あの国の人達にとって、極端な話『国』なんてものはどうでも良いんです」
普通に考えて、国が消滅なんてしたらその国の人間は非常に困る。衣食住の問題は勿論、慣習や仕事その他諸々の面で問題しか起きないからである。
他国に亡命するにしても、難民を受け入れる事の出来る国なんてそうありはしない。そして数少ない受け入れ先の国にしたって、自分達をどういう風に扱うのかも分からない。
故に、普通は国が滅びましたなんて話になれば普通は困る。長期的には勿論、短期的にも問題しか起きない。
だが。
「仮に魔術大国という土地が吹き飛んだとしても、あの国の術師達は平然とした顔で適当な土地でこれまでと同じように魔術の研鑽に励むでしょう」
だが魔術大国に関してはその常識に当てはまらない、と『龍帝』は過去にそう結論を出している。
魔術というものを第一に置いた結果、睡眠や食事という人間の生命活動維持に必須なものさえ置き去りにしている異常者達。人間の三大欲求を全て『魔術』で埋め尽くしているような連中に、自分達の常識で物事を考えてはいけないのだ。
「業腹な事に彼らは頭がおかしいけど賢くて、同時に賢いけど頭がおかしいです」
魔術さえあれば無問題な彼らにとって、国は特に固執するものではない。なにせ、家が無くなっても「あらー」で済ませるような連中である。研究者気質の魔術師だと研究資料が消滅した時は鬼神のように暴れるが、衣食住が無くなる分には彼らは特に困らない。
「おそらく分が悪いと分かれば即座に逃亡しますよ彼ら。国なんてどうでもいいですから。となると、国が滅んだとしても人は残るんです」
そして、と『龍帝』は人差し指をあげた。
「それさえ残っていれば、彼らにとって国が消滅するなんて歴史的事件であろうと朝寝坊して仕事に遅刻した程度のものです。つまり彼らはたくましく生き残り、世界各国に散らばり、色々あって大陸全土が魔術大国的な価値観に染まる恐ろしい世界が完成します」
なまじ強く、賢く、そして魔術狂。
そんな連中が『国』という檻を脱獄して世界に散らばるなど、そんな恐ろしい未来はあってはならない。それはまさしく人類滅亡の一手であると『龍帝』は語る。
「つまり、魔術大国とは凶悪犯罪者を纏めて収容している施設のようなもの、ということでしょうか?」
「まあそんな感じですね。魔術大国に関しては放っておけば平和ですよ。あそこは自国内で色んな意味で完結していますからね。凶悪犯罪者が一斉に脱獄したら地獄でしょう?」
「地獄ですね……」
「それと同じです。あの国を破壊するということは、そういう檻を破壊することに近い。いや本当に、魔術大国の上層部は頑張ってると思いますよ? 今後も是非とも頑張って、住人を外に出さないようにして頂きたい」
つまるところ、『龍帝』としては魔術大国に進軍する価値を見出せないということなのだろう。むしろデメリットの方が大きいと判断しているが故に、彼は魔術大国を放置すると決めていた。
(それに、僕の読みでは戦争では最強の『氷の魔女』もいますしね……)
という言葉を、彼は脳内に留めた。
わざわざ言う必要はないし、今重要なのはそこじゃない。
「──だからこそ」
彼にとって重要なのは、今の魔術大国の状況は想定外も想定外ということなのだから。
「あの魔術大国が魔術以外のものに対して絶大な関心を抱くなんて事態は見過ごせませんね。今更、あの国が神を叫ぶ……? 他の国ならばともかく、魔術以外に興味関心を寄せない国の民が……?」
理解不能だ、とばかりに『龍帝』は表情を歪めた。
「少なくとも何かしら『原因』があることだけは明白です。なんの理由もなく、あの国が変化したりはしないでしょうから」
◆◆◆
魔術大国が突然"神"を信仰する国に早変わり。
そんな異常事態に対して、各国がどう思うかというとだが──正直、大半の国は「あ、ふーん」で終わらせてしまうというのが、魔術大国の魔術大国たる所以である。
(元々頭がおかしい大国扱いされていたからな……突然主義を変えても「まあ魔術大国だしな」で終わってしまうのが、あの国の可哀想なところだ。どんなベクトルだろうと、変人であることに変わりはない)
これが別の大国であれば「どういうことだ?」と探りを入れられるのだが、魔術大国であれば各国は何かを察してこれまで通り触れないようにするというのが悲しい現実である。上層部は泣いていい。
(……だが)
だが、一部の人間は気付く。
そして気付いた上で大国相手にも行動出来る勢力となると、その数はかなり限られてくる。限定されると言っても過言ではないだろう。
(……とりあえずは、餌に獲物が釣れるのを期待しておこう。俺の読みが正しければ──)
◆◆◆
「それで、どうでしたか?」
「ハッ。シリル様の読み通り、最近魔術大国はとある小国と同盟関係を結んだそうです」
老執事の言葉に『龍帝』──シリルは「やはりそうですか」と顎に指を添えて思案する。
珍しく固い表情を浮かべる主人の様子を見て、メイドの一人が「どうかされましたか?」と尋ねると。
「流石にあっさり点と点が結ばれすぎなんですよね。上手くいきすぎです。これはおそらく『餌』だと思います」
「餌……ですか?」
「はい。時期的に、十中八九その小国とやらは魔術大国が変化した原因です。勿論違う可能性もありますが……視察することは決まりですね」
ですが、とシリルは言葉を続ける。
「僕の読みだとおそらく相手……ここでは便宜上『偽神』とでもしておくその人物はそれなりに頭が回り、なおかつ慎重な手合いです。にも関わらず、こうも容易く繋がりを露見させてくるとなると……獲物を釣るための餌でしょうね」
◆◆◆
(俺の読みだと餌に食いつくのは『龍帝』。そして『龍帝』であれば、これが餌である事は確実に読んでくる)
多少なりとも頭を使う連中は違和感に気付く。
そして大国相手にも探りを入れる事の出来る人員を保有しつつ、なおかつ真正面からぶつかっても打ち負ける事はないなんて国は大国以外には存在しない。
だが、他の大国でさえ魔術大国にはあまり触れたくないというのが実情だ。そして触れたくないものに触れてでも状況を把握しておきたいと考える国は、大陸を統べようとする野心ある人間が頂点に座す国以外にあり得ない。
そして俺の原作知識から推測するに、上記の条件に該当するのは『龍帝』のみ。
(普通に考えれば、餌だと気付けば手を引くが──)
◆◆◆
(餌だとは分かった、しかしだからといって引く訳にはいきませんね)
シリルは思考を巡らせる。
相手の最終的な目標はおそらく、自分と同じものだ。そして恐るべきは魔術大国に自身を神として崇めさせるという手段をもって、大国をも手中に収める手腕。
放置していれば、どれだけの速度で勢力が拡大するのか読めたものじゃない。大国をも染め上げる手腕を有しているとなると小国程度であればあっさりと陥落する可能性があり、そうすると時が経過すれば四面楚歌の状況に持ち込まれる可能性があるからだ。
(武力以外の方法で支配したということは、『偽神』が保有する戦力自体は小国らしく大したことがないと推測出来ますが……)
だとすれば、自分を釣る理由はなんだ?
「魔術大国だから」という先入観で思考を止めない人間であれば誰だって『神』という存在の正体に注目するが、しかしそこから実際に行動に移すとなると話は変わる。価値観の壁もあるが、何より能力的な壁が参入障壁として存在するのだ。
そしてそういう風に点と点を繋いでいくと──『偽神』とやらは、『龍帝』を釣ろうとしているのではないか? という疑惑に辿り着くのだ。
(間違いなく相手はそれなりに頭が回る……はず。しかしおかしい。所々おかしい。所々だが僕の思い描く『偽神』らしくない結果が生まれている。『偽神』以外にも行動している人間がいる……? いやもしや『偽神』を神として崇めさせようとしている黒幕のような存在がいる可能性……)
様々な可能性を考慮し、そしてシリルは頭を横に振った。
(いずれにせよ、自分の眼で確かめるのが手っ取り早く確実……。そう、自分の眼で……ね)
よくよく考えれば、自分だけを特定して釣るなんてそもそも不可能のはずだ。
なにせ、向こうは自分のことを知らないのだから。確かに自分の性格や目的、価値観、その他諸々を把握しているならばこれは『龍帝』専用の『餌』としての機能を十全に果たす。
しかしそうでないなら、これは不特定多数に対して巡らせた餌に過ぎない。たまたま、その餌を取るのが自分というだけだ。それによくよく情報を整理すれば、『偽神』のやり方は無駄が多すぎる。はっきり言って、スマートじゃない。
(であればこれは、僕相手に限定した餌ではない)
見え透いた罠。それも有象無象に対しての罠程度、この身が真正面から打ち破ってやろう。
そう考えて、シリルは冷たく笑った。
◆◆◆
(──という結論を向こうは叩き出すはず)
俺の有する最強アドバンテージ『原作知識』。
向こうは俺が向こうのことを把握していることを知る訳がなく、であれば「考えすぎだろう」という結論を出さざるを得ない。
『龍帝』は聡明で、野心のある男だ。だがそういう人間はある意味読みやすく、何よりも扱いやすい。
ようは罠と分かっていても引けない時がある、という訳だ。まあそれはジルという仮面を被っている俺にも言えることなのだが。挑発なんぞされようものなら、笑顔と殺意を振り撒きながら応じざるを得ないので。
(さて、来るが良い『龍帝』。俺は手始めに、お前の国を崩す)
◆◆◆
(仮に対象を僕に限定しているとしたら……魔術大国の次は僕の国を崩そう、とでも考えているのでしょうね。確かに大国を二つも崩せば、実質的に世界は獲れたようなもの。しかも、周囲はその事実に気付かない。というより、気付ない。なにせ魔術大国を裏から支配している以上、表向きはこれまでとなんら変わらない世界ですからね。強襲をかけるには打ってつけの状況が整う訳だ)
ですが、とシリルは床を鳴らしながら歩みを進める。そして巨大な『何か』の前で立ち止まると、ゆっくりとそれを見上げた。
(逆に言えば、『偽神』の国を僕が裏から取り込めば僕は実質的に魔術大国も保有していることになる。一気にアドバンテージを得られるという訳ですか)
つまりこれは勝負だ、とシリルは結論を叩き出す。
地力。武力。財力。駆け引き。その他諸々を駆使して、どちらが大陸の支配に王手をかけるかの真っ向勝負。
(良いでしょう。ならば、静かな戦争を始めましょうか)
面白い、乗ってやろうと『龍帝』は眼を細めた。
「──『龍帝』」
「──『偽神』」
「私は私の全てを以って」
「僕は僕の全てを使って」
「「貴様の全てを手に入れる」」




