閑話 ジル不在時のヘクターのお話
というわけで、予告通り閑話です。2500文字くらいなのでかなり短めです申し訳ない。
俺はただ、そう……強い奴と戦うのを求めて自分の国を出た。
傭兵として金を稼いだりしながら、自分と戦闘の領域に立てる強者を求める日々。
そんな日々の中で、あの男と出会った。
『───フッ。強者を追い求め、なおかつ貪欲に力を求めるか。その姿勢、実に気に入ったぞ傭兵』
これまで出会った人間の中で最も超然とした存在感を放つその男は、地に沈んだ俺を見ながら愉快そうに笑っていた。
まさしく絶対者とでもいうべき男は俺の側にやってくると、俺の背中に手を当てて『何か』を注ぎ込み。
『上を目指す人間は好ましい。何故なら、神などというこの世界に不要な存在に縋る脆弱な人間ではないからだ。私の手足として、貴様なら十分……故に、力を与えてやろう。尤も、使いこなせるかどうかは別だがな?』
ああ、ボス。
俺はあの時確かに誓った。
アンタは力をくれたし、力を使うに足る強者との戦闘の場を用意するという約束もしてくれた。
だから俺は、アンタに付いて行くと決めた。
けど、けどな、けどよ───。
「皆の者。黙祷───」
俺は視線の先にいる異様な集団を眺める。
男女年齢一切関係なく、全員下着だけの姿になって信仰を捧げる、その異様なカルト集団を。
(なんだこれは……夢か……? いや、現実だ……)
目の前に広がる異常すぎるこの光景は、紛れもなく現実。悪夢のような光景だが、現実。
俺のボスにしてこの国の王、ジルに対する信仰の儀なのだ。どの辺が信仰を捧げている事になるのか、俺には全く分からないが。
「ヘクター様。我々の信仰の儀は、如何だったでしょうか?」
暫くしてから、先頭にいた男が俺に尋ねてくる。その面持ちは真剣という他なく、如何にこいつがこの信仰に本気なのかを示していた。
けどな、ほぼ半裸なんだ。
(如何だったでしょうかじゃねえよ知らねえよそんなの)
服を脱ぐ理由は、特にない。
いや「服を着ていたら不敬」とか「キーラン様が言ってるんだから間違いない」とかなんとかそういう理由らしいが、服を着ていない方が不敬に思うのは自分だけだろうか。何かしら彼らなりの偉大な信念があるわけでもなし、はっきり言ってよくわからない。
(キーランあいつほんと……)
本気で内心で頭を抱える。
しかしこの場にいないクソ野郎に殺意を抱いたところで非生産的だし、彼らだってキーランがいなければ普通の日常を過ごせていたはずなので八つ当たりなんて以ての外だ。
なので俺は行き場のない怒りを強引に沈めつつ、カルト集団に向かって口を開く。
「あー。まあ、良いんじゃねえの?」
こんなもんの良し悪しなんざ分かる訳がない。そんなものが分かるのは、キーランと教会の連中くらいだろう。
ちなみにセオドアが初めてこの光景を見た時は『……バカバカしい。なんだねこれは? 私は何時から宗教団体に属していたのだね? 裏方の仕事は私がやる。ジル殿の命令以外では私は決して、表には立たない』と至極真っ当な事を言って逃げた。
卑劣な真似を好む陰気臭い奴だと思っていたが、セオドアはこの世界で数少ないまともな人間だったのだ。
それだけで俺は奴と仲良くなれる気がしてきたし、時間が空いたら研究室に足を運んで差し入れを持って行ったりしている。
するとセオドアが『……はあ。コーヒーくらいはくれてやろう。そこに座っていたまえ』とか言ってちょっとした和やかな時間を過ごす事が出来るのだ。
今の俺の、数少ない癒しの時間。
まさかセオドアの野郎とあんな時を過ごす日が来るとはな。ボスが帰って来たら、ボスも混ぜて慰安旅行的なものをしても良いかもしれない。
キーラン? 放置に決まってんだろうが。
(てかもういっそのこと、グレイシー以外の教会の人間も連れて来たら良いんじゃねえの?)
カルト集団と化した国民に関しては、もう同類である教会の人間に丸投げしてしまえば良いのだ。
特にソフィアとかいう女であれば、普通に会話が成立するし奇行に走ったりもしないし問題ないだろう。
何よりあの女は非常に強い。それこそ、今の俺では届かねえくらいには。
(それにしても、教会の連中とボス、そして俺達が本腰を入れればこの世界くらい制覇出来そうだがな……)
ボスの最終的な目標はこの世界の王として君臨する事のはず。
教会とかいうカルト集団に対して苦手意識を抱いているのはなんとなく察しているが、ボスの性格的に使えるものはとりあえず使いそうなもんなんだがな。
となると。
(……最終的な目標の、先がある?)
この世界の頂点に立つ事以上に困難な何かを、ボスは見据えているんじゃねえか? という考えに至る。
(……まさか、本当に神なんてもんがいるなんて話じゃねえだろうな。概念的な存在ではなく、実在しているんじゃねえだろうな)
だとしたら、ボスは教会の連中と最終的には敵対する可能性を考えている?
神々に加えて、教会の連中との敵対……だとしたら───
(今の鍛え方じゃ全然足りねえ、もっと鍛えねえと……)
ボスは強い。
化け物みたいに強いし、その胸に宿している野心も常人を遥かに超越したもの。
けれど、けれどそんなボスの奥深い内心は、多分俺達とそう変わらない普通のものだ。
だからボスと並び立てる存在がいないと、きっとボスは……どこかで折れちまう。
(やってやろうじゃねえか)
一度主人として仰ぎ見た以上、俺のやる事は決まってる。
俺に出来る事は戦う事くらいで、ならばそれで他の連中に遅れを取るわけにはいかねえ。
ボスの隣に立って、ボスが仮想敵としている神々の相手をしてやろうじゃねえか。
……まあそれはそれとして、カルト集団の相手をするのはもう勘弁だが。
早く帰ってきてくれねえかなボス。
この時の俺は、まさか五日もボスが不在になるとは思わなかったし、セオドアを引っ張り出すハメになるとも思っていなかったし、仲良く気を失うとも思っていなかった。
ああボス。アンタの代わりなんて誰にも出来ねえよ。だからボス、アンタがこの国の王だ。そんな訳で国民に関しては、どうにかしてくれ……。
というわけで、ヘクターさんのお話でした。次回から三章になります。




