管理人会議 後
前半部分は20分くらいで書き終わったのに後半書くのに何週間もかかった話。うわぁん!もう作家として終わりです!!Twitterや活動報告では既に申してますが、書籍に関するお知らせは後書きにて。
「そうだね。とりあえず後輩くんには、各都市を一度訪問してほしいとは思う。僕の後輩という立場である以上、キミは全ての都市に対して強大な権限を有することになる。にも関わらず現場を全く知らないというのは、双方にとって不幸でしかないからね。第四都市しか知らないままでは、余計な諍いを生むかもしれない」
勿論第四都市が気に入っているのなら、そこに永住すること自体は構わないが……とマーニは微笑む。
「マーニ様もそう仰ってくれてることやし、ジルの兄ちゃんはこのまま第四都市に住んでくれてええで。マーニ様の後輩やからって誰も萎縮とかせんと思うから、気楽にな」
当然、第四都市の管理人であるシャロンはマーニの意見に乗っかった。彼女が懸念していた「ジルが他の都市に連れて行かれるのではないか……」という事態を避けることができそうだからだ。それはもう早口に、シャロンは「ここにいてええんやで」という意思表示をジルに伝える。なんなら、この話題をさっさと終わらせようと考えていた。
しかし、それは他の都市の管理人からすれば面白くない。
「おうぼうだー!」
「……なんやねんアリア」
「ジル様の権利と自由の侵害だよそれは! だって、ジル様は他の都市を知らないんでしょ? それじゃあ第四都市が選ばれて当然じゃん! そんなの不公平! シャロちんが第四都市しか知らない無垢な状態のジル様を誑かしただけ! 貧相な体で! 貧相な体で!」
「しばき倒すで???」
幼児退行して子供のように叫ぶアリア。真顔で「こいつほんまにしばいたろかな」と考えるシャロン。漫才のようなやり取りだが、しかしこれ幸いと他の管理人達も割り込んでいく。
「クハッ。アリアはアホだが、本質を突いちゃいるだろシャロン。テメェがジル様を利用して、第四都市の立場向上を狙ってる可能性はあるんだからなあ?」
「ふむ。確かに、ジル様はマーニ様の後輩じゃからのう。第四都市以外を知らぬ状態で、ジル様に居住地を決めさせるのは公平性に欠ける。それを一都市の管理人が率先して行うなど、些か度が過ぎているのではないか?」
マーニが「第四都市に住め」と命じたならば従うが、「キミが望むなら第四都市に住んでも構わないよ」とジルに裁量を投げた形であれば話は変わる。
何故ならジルはマーニに次ぐ立場と言えど、決してマーニではない。つまり、真の意味での絶対ではないのだ。限りなく絶対に近いだけ。
何より、ジルはまだ答えを出していない。ならば自分達にだって、ジルの意思決定に対して意見を口にする権利はあるはずだ。
そう結論づけた管理人達の行動は早かった。
アリアは朗らかな笑みを浮かべ、セシルは粛々と頭を下げ、カミラは妖艶な笑みを浮かべ、グレッグは不敵に鼻を鳴らし、グラシアは目を瞑り──ジルの勧誘に動いたのである。
「てことで、とりあえずジル様には一度私の都市まで来てもらおうかな〜。涼しくて第四都市より過ごしやすいと思うから、そのまま移住してくれて大丈夫だよ? 雪祭りが盛んなんだよね〜」
「黙れアリア。お前のような小娘の統治する都市が、住みやすい訳がないだろう。ジル様、我が第八都市は如何でしょうか? マーニ様もお気に召されている最先端の技術を披露させていただきましょう」
「ふん。確かに技術革新面のほとんどは貴様の都市が担っているが、完成品が他の都市にも流通している時点で目新しさは薄れよう。しかるに、貴様の都市には刺激が足りぬ。心を震わすような刺激がな……。よって、妾の都市にお越しになるのはどうじゃ、ジル様? スケールが他とは違うぞ。『男の子はこういうのが好き』と聞くのじゃが、如何に」
「アホか。テメェの都市は無駄に色々デケえんだよ。そのせいで生活が不便で仕方ねえだろうが。てな訳で、うちはどうだいジル様? 自慢じゃねえが、かなりアツい都市だぜ?」
「勘違いを生む発言で興味を惹くことしかできないのは虚しいですねグレッグ様。確かにアツいですが、貴方の都市は物理的にアツいのです。何せ平均気温が1000度を超える都市ですからね。その辺りの説明をしないのは、一種の詐欺かと。ジル様、我が第二都市は現状、第一都市に次ぐ規模を有しています。貴方様が棲まうに相応しい都市がどこなのか、今一度ご検討を」
「ジル様なら既に完成している都市より、まだまだ発展の余地がある都市を発展させることに興味を持つよねー!」
「自らの未熟さを自慢げに露呈するなど愚かな。常に最新を往く我が都市こそ──」
「ジル様なら──」
アリアの勧誘を皮切りに、管理人達は矢継ぎに「まず自分の都市へ来てほしい」旨を口にする。というか、移住を求めている。現状ジルを抱き込んでいるシャロンの表情が引き攣る程度には、かなり強い勧誘の姿勢だ。
(けどあかん、正論ではある。指摘された以上は今第四都市に住んでるからって理由で有耶無耶にできひん。マーニ様の後輩って立場は、あまりにも強すぎる)
シャロンもジルが【絶月】に任命される可能性は考えていたが……流石に後輩という立場に収まるとは思ってもみなかった。流石にこれは、シャロンの権力でどうにかできる領域を超えている。後継者とは異なるが、しかし似たような立ち位置の存在になってしまったからだ。
自治都市においては代行権限という非常に大きな権力をマーニから与えられている管理人と言えど、月郷全土という尺度で考えれば無敵ではない。独裁者として振る舞うことは不可能なのだ。
他の管理人は完全に同格だし、【絶月】や【三煌士】だって強大。何より究極的には、マーニが白と言えば黒でも白くなる。
故に、シャロンは勧誘を止めることはできない。シャロンがどれだけジルに価値を見出しているとしても、強硬を通すことはできない。
内心歯噛みしながら、シャロンはこの状況を静観するしかなかった。
§
会議が終わると、次々と管理人達が出ていき──やがて部屋に残っているのは、俺とマーニの二人だけという状況になった。余人が存在しない以上、マーニが「キミ以外には語れない事情もある」と言っていた話の内容を訊くことだって可能な状況。
だが俺は、今この場で核心に迫るような内容の会話をするつもりはなかった。そしてそれは、マーニの方も同じだろう。機を改めて、相応しい時と場所で語るつもりに違いない。
故に俺は若干不機嫌そうに「早く家に帰るわよ」と言って部屋を出たゾーイの後を追うべく、部屋を出ようとして──
「──彼らのことをどう思ったかな? 中々に個性的だろう? 気に入ってくれただろうか」
──出ようとして、背中から掛けられた声に足を止める。
「個性的? 気に入る? 不思議な事を言う。然様なものに興味はない。管理人と言えど、それだけならば有象無象と変わらん。故に重要なのは私に相応しい価値を提供できるか否か。それだけの事」
「そうかな? キミは第四都市で教師をする中で、問題児達に対しても親身に接しているだろう? キミにとっては問題児の方が可愛らしく映るのではないか……と思うのはそこまでズレていないと思うんだが」
「ふん。アレを親身と捉えるか。……まあ、好きの反対は無関心とも言う。あの学園の教員どもと比較すれば、私の対応は親身かもな?」
マーニの発言に、俺は内心目を細める。俺が問題児達のクラスを受け持った事を把握している……上位災厄を処理するまでアプローチを掛けて来なかった割には、かなり深くまでこちらの動向を把握しているらしい。教師の真似事をしているくらいまでなら、把握していても不思議ではなかったが。
「なんにせよ、今後も教師を続けても構わないよ。先程も言ったように第四都市に住むのなら、それもキミの趣味の一つとして神生を彩るだろう」
「私を後輩と称された事も奇妙な心地ではあったが……貴様が統治する第一都市に移住しろ、とは言わぬのだな」
「仮に移住を強制したとしても、キミは従わないだろう?」
「くくっ、それに理があるならば聞いてやらん事もないが? 尤も、その理とは貴様が私に何かを命じるに値する者かどうかの評価も含めるが」
「成る程、話の風通しは良い方が好ましい。それなら僕も、キミに認められるように頑張る必要がありそうだ。……なんて言いつつ、個人的にキミと僕はほとんど対等な関係であることが望ましくてね。そもそも上から押さえつける類の命令はあまりしたくない」
俺の不遜な言葉に、マーニは気分を害した様子を見せない。むしろ、より嬉しそうな雰囲気を醸し出してすらいる。
加えて、そのように演じているという素振りも一切ない。心の底から、彼は俺とのやりとりを楽しんでいる。上位存在たる神としては異常な発言である「対等でありたい」なんて言葉にすら、嘘がない。正直、俺にとって都合が良すぎて逆に不安になるレベルだ。「実はドMなのか……?」という大変失礼な可能性が脳裏をよぎる。
(いやあるいは、マーニも狂信者に頭を悩ましまくった過去でもあるのでは)
俺がキーランや半裸教の連中よりも、ヘクターやエミリーが癒しなのと似たような理屈かもしれない。途端に親近感が湧きそうになったが、それを抑える。親近感は時に、目を曇らせるのだから。
「それに、僕は今のキミにとって快適な都市が一つでもあることに安心しているんだ。そんな都市から移動させるなんてことは、僕の心情としても避けたい」
「……ふん、過保護な事だ」
単純にマーニがお人好しである可能性……は、ないな。それならあんな強引な方法でジルを月郷に拉致したりはしないだろう。それに、月郷に不満を覚えているゾーイに対して何かしらの救済措置を与えていても良いはずだ。つまり、マーニの性格がお人好しという訳ではない。
「キミは記憶を失っていることに対して不安があるかもしれないが、月郷の全てを知る僕が断言しよう。キミが元いた環境よりも、第四都市の方が秀でていると。間違いなく、今のキミの方が幸せになれるだろう」
「……」
「正直、キミの境遇には僕でさえ同情を禁じ得なかった。残念なことに、僕も全てを完璧に導ける訳ではない。災厄を未然に防げていない事実然り、ね。だからこそ月郷の支配者として、キミのことを嘆かわしく思っていた」
「……くだらん。貴様は月郷の支配者であろう。些か、私一人を贔屓しすぎではないか?」
「確かに感情移入はしている。が、月郷での評価基準から逸脱してはいない。キミが資格を示さず埋もれていたならば、他の民と同じく最低限の救済に留まっていただろう」
今回の待遇はあくまでもキミが実力と価値を示したからこそさ、とマーニは続ける。
「そう。偶然、偶然だ。偶然にも僕の感情と、今回の評価が噛み合ったに過ぎない。第四都市に流れ着き、その才能を開花させて災厄を完璧に処理してくれたことが、僕とキミにとって好都合だった。僕はキミを後輩として指名する大義名分を得た。そしてキミは、今の待遇を手に入れた──いや、勝ち取った。不審に思うことなく、享受すると良い。それだけの価値を、キミは示したのだから」
マーニの言葉に、俺は眉を顰めた。
マーニの主張は、ストレートに受け取れば「記憶を失う前は月郷の中でも酷い環境で生きていたから過去を忘れて生きていけ」という趣旨に聞こえる。なんなら「劣悪な環境で生きていたキミを後輩として指名することで保護した」という受け取り方もできるかもしれない。月郷の住民であれば「真の意味でマーニに選ばれた」とでも思うのだろうか。
だが果たして、マーニの発言をストレートに受け取って良いのだろうか? というより、ジルは月郷出身でないし、|そのことをマーニも把握している点《実》を思えば、ストレートに受け取るべきではないだろう。
なんというか、マーニの発言からは“嘘は言っていないが、何か本音を隠している“人間の言葉と似たような印象を抱くのだ。
(しかしそれは裏を返せば、マーニの発言には真実も内包されているということになる)
都合よく解釈するならば「ジルの境遇に同情を禁じ得ない」という発言が意味するのは──マーニ本人としては、神々がジルを舞台装置として利用することに対して思うところがあるのかもしれない……と受け取れなくもない。事実として、マーニはジルを好待遇で迎えているのだから。
(まあ、今回はこのくらいが頃合いか)
核心に触れない会話では、マーニの思考をこれ以上深く掴むのは難しいだろう。
(とりあえず、行動範囲が大きく広がったのは行幸だ)
まあ、俺が最もやるべきことは至極単純……というか、依然として変わらない。ズバリ、マーニからの好感度を稼ぐことだ。マーニと手を組むためには、マーニの中でのジルの価値を向上させる必要があるのだから。
(マーニも神々の力は認識しているはず。神々と敵対して尚、俺と手を組む価値があると思わせなければ。そしてそのために手っ取り早いのは、シンプルに好感度を稼ぐこと)
合理より好嫌を優先する性格ではありそうだからな。少なくとも、好感度を稼ぐことが悪手にはならないだろう。
それにマーニの判断がイコール管理人達の判断でもある以上、マーニからの好感度を稼いでおけば問題なく、管理人達からの好感度管理は二の次で良い──なんて安易な結論を出すのは早計である。
確かに、最終決定権はマーニにある。しかしマーニが結論を出すための判断材料の一つとして、管理人達の意思や意見が多少なりとも反映されることは今回の会議やマーニの態度から伺えるところ。故に、管理人達からの好感度を稼ぐことも重要だ。いやなんなら、管理人達から攻略して外堀を埋める方が色々と手っ取り早いかもしれん。
セシル、カミラ、そしてアリア。この三人は分かりやすい。先に彼らから攻略していくべきだろう。「一見単純だったが実は深くて複雑怪奇」なんて事例はありふれているので、油断するつもりはないが。
一方で、マーニの好嫌を考えればシャロン、グレッグ、グラシア。この三人の中から二人は取り込んでおきたいところだ。シャロンはほとんど取り込めたに等しいから、グレッグかグラシアを確実に攻略しよう。
そこまで思考をまとめて、俺は踵を返した。
「生憎と、座して手に入れた幸福を享受するような怠惰は好まん。精々他の都市も見定めてやろう。私が腰を下ろすに相応しい都市を見定めるべく……な」
「それはそれで嬉しいね。キミが月郷を気に入ってくれれば、それは本当に喜ばしいことだ」
次回はゾーイ絡み予定。本来はゾーイ絡みを最序盤に入れる予定でしたが、次回にした方が良さそうと思った経緯があったり。
矛盾あれば修正します。面白いと思っていただければ感想評価ブクマをとても非常にめちゃくちゃ大変お待ちしております。
三巻についてですが申し訳ございません。Twitterでは10月にご報告しましたが、諸般の事情により1月へ発売延期となってしまいました(涙)詫び加筆をしたかったんですが文章はとっくに増やせない段階だったため、アンケートSSでなんか面白いことできたら良いなあと思ってます。思ってますが、構想はあるけど実現できるのかこれみたいなエピソードなので、期待薄で……。
また、今週か来週のどっかで五話と八話を分割しようと思うのですが、なろうは新規で割り込み投稿という形しかできないので通知いくかもしれません。すみません。
今後ともよろしくお願いいたします。




