月の頂点 プロローグ
シリル視点も進めようと思ったんですが、「いや流石にこの流れを切って1話の中の視点を多くするのはどうなんかな……」と思ってやめました。
7.5章ではあるものの、こっから新章スタートでそのプロローグみたいな感じになります。
上位災厄の脅威は去り、第四都市の復旧も完了して一日。
停止していたエネルギーは再供給され、外壁内外で崩壊していた建造物──外壁内はゾーイと遺跡の女が破壊したものだが──の類も全て元通り。三時間とかからず、都市は完全復活を遂げていた。
(いや、普通に凄いな。少なくとも復元精度に関してはジルの復元能力に匹敵するぞ。……いやこれに関してはむしろ、単独で都市や国を復旧できるジルの能力がおかしい気もするが)
まあジルの場合は良くも悪くも“完全に元通りにすることしかできない“ので、改良やら改善やらまでも可能という自由度については彼らの方が優れているだろう。どちらが優れているかどうかを、一概に決めることは難しい。
そしてそれほどまでに、作業に携わっていた方々の手際の良さや技術の高さは際立っていた。やはり月世界の住人は、どいつもこいつもオーバースペックをもって天職に就いているらしい。
本人達のスペックの高さはもちろん、彼らが保有する【贈物】も仕事向きなものというシナジー。
加えて、本人達のモチベーションも高い。やりたい仕事とやるべき仕事と適正が全てマッチしているのなら、その結果がどうなるのかは火を見るより明らかだろう。ぶっちゃけ、世界が就職活動の全面的バックアップをしているような状況である。好きこそものの上手なれを突き詰め、効率を図ったとでも言うべきだろうか。
(まあだからこそ、こいつや訳アリクラスのような連中には生きにくい世界なんだろうな)
ちらり、と俺は始末書と格闘しているゾーイを眺める。
彼女は適正として、災厄処理を可能とする。
彼女はスペックとして、災厄処理をやるべき人材である。
だが本人の価値観や性格上、災厄処理をやりたくない人物なのだ。
それはこの月世界にとって、異端な存在と言えた。
「ムカつくわ」
「喋る前に手を動かすべき状況に見えるが」
「気持ちが付いてこないのよ」
焼魚を咥えながら「なんで災厄と関係ない奴が暴れた結果生まれた被害の分も含まれてるの?」と苛立っているその姿は、正直普通に怖い。怒れる美少女というのは、時に言い知れぬ迫力を周囲に与えるものなのだ。これまで俺の周囲には彼女のようなタイプの女性はいなかったからか、余計にそう思ってしまう。
「ほんとムカつくわ。建物を破壊したのは災厄じゃないのに、災厄が破壊したということにして始末書案件って何よ。そこに関してはお咎めなしとかじゃない訳?」
「『ゾーイが能動的に建造物を破壊している姿が映像に映っていた』……と耳にしたが」
「必要経費よ」
「ならば貴様が暴れた分を災厄に擦りつける口実として、始末書程度甘んじて受け入れるべきだろうよ。必要経費とやらは、無から湧く類のものではない」
「お硬いわねえ。私の場合は例外として処理できる運用の構築くらい最初からしときなさいよ。ゾーイ特別経費とかで良いでしょ」
自由か?
救出時の状態が嘘のように回復し、無敵街道を闊歩する元気が出たのは良いことだが……いや、この辺は今は置いておくか。
「タダ飯も食えなくなったし、最悪よ本当……」
上位災厄の件で休校となり、給食が食えなくなってしまったゾーイ。彼女は学生でも教員でもないので本来は給食の支給はないのだが、そこは色々と特例ということで理事長室でシャロンと一緒に給食を食べていたらしい。
『これで少しは学生気分を味わえて楽しいかもしれへんやろ?』とはシャロンの談。個人的にはシャロンとゾーイの年齢差が色んな意味で気になるところではあるのだが、ジルのキャラ像的な意味でも女子への質問的な意味でも自重した。ジル然り、外見年齢が変わらん人物の年齢は分かりづらいのが難点である。
「精々足掻く事だな。私はマスターの下へと赴き、腹を満たすが故」
「は?」
「口ではなく手を動かせと申したはずだが? にも拘らずそれを果たせぬのは、貴様の怠慢に過ぎん」
「ちょ、あん──」
ゾーイを無視し、俺は立ち上がる。
普段なら昼餉を堪能している時間を過ぎているが故に、枯渇し、腹を満たすものを渇望しているのだ。とはいえ、俺も鬼ではない。テイクアウト料理くらいは持って帰ってきてやる程度の心算はある。
(尤も、俺が食べる分の一部を慈悲として与えるという形にはなるがな)
基本は俺が食べる。それがこの世の道理というものである。
なおこれは決して、食いしん坊キャラに成り果てている訳ではない。喫茶店に訪れる皆々様から貢物として与えられる料理を、ありがたく頂戴する形である。決して、決してブュッフェで山盛りの皿を大量生産するかの如き振る舞いをかます訳ではないのだ。
「ではな」
そう言って、俺は玄関の扉を開く。
視線だけを背後にやると、こちらに右手を伸ばしてくるゾーイの姿が視界に映った。しかし俺はその手を振り切り、我が道を行くことを決めた身。我らの道は既に違えたのだと知らしめるべく、俺は無慈悲に玄関の扉を越えようとし──寸前、俺の背筋に戦慄が奔った。
「お待ちしておりました」
門の先に立っているのは、身長190センチを超える長身の美青年。
服の上からでも、鍛え抜かれた筋肉質な肉体が手に取るように分かる厚い体格。特に背中は広く、真正面から見ていても逆三角形の背筋が一目瞭然の状態だ。
加えて嵐の前の夜のような不気味な静けさを纏った雰囲気と、体内に押さえ込まれている莫大なまでの圧力。深く考えるまでもなく……怪物の一角だ。
(……笑えない。あの女とほぼ同格か?)
あの女の方が強いとは思うが……現状は未知な【権能】だとかを考慮すると、最終的にはほとんど同格になるのではないだろうか。少なくとも、ゾーイやシャロンより格上であることは間違いない。
推定される男の実力に、内心で顔が引き攣る。
口にする気は皆無だが、「こんな化け物と二日連続でエンカウントとかふざけるなよ」と言いたい気持ちが生じるほどだ。
「ふん。人様の拠点の前で、断りもなく待ち伏せか」
だが、一応想定していた事態ではある。タイミングは想定外だが、誰かしらが俺にコンタクトを取りにくること自体は予想通り。そして男の実力からして、俺が望む理由である可能性は極めて高い。
ならば混乱は最小に。
尊大に堂々と、ジルの仮面を被って対応するだけだ。
「随分と、不快な趣味を持っていると見える」
「失礼いたしました。どうか謝罪をさせていただきたい。私としましても、事前に連絡を入れることができなかった点は深く反省の意を示すところですので」
丁寧な言葉遣いと姿勢ではあるが、全く心の込められていない男の言葉が、空間を叩く。その事実に、俺は内心で軽く舌を打った。
(あの女はあの女自身も少なからず俺に興味関心を抱いていたが、こいつは無関心。独断専行で、俺にとって不利な形に動いてくるかもしれん)
月の世界は立場──あるいは実力──が高ければ高いほど、マーニに対して盲目的に従わない説……という仮説が俺の中で浮上している。ゾーイやシャロン、あの女が独自解釈やら己の価値観を主軸にし、臨機応変に行動しているように見えるからだ。
ならば目の前の男もマーニの命令を独自解釈で歪める可能性は高く、そんな彼がジルに対して無関心である以上は、「ジルを半殺しにしても構わない」程度の認識で行動してくるかもしれない。そう思い至った俺は、内心の警戒を最大限に引き上げた。予測しているマーニの目的の本質を考えれば可能性としては極めて低いと思うが、目の前の男の知能レベルが把握できていない以上は、警戒していて損はない。
「申し遅れました。私の名は、ヒューキと申します」
言いながら、腰を折った男──ヒューキは言葉を続ける。
「マーニ様のご命令により、貴方様を第一都市へとご招待しに参りました」
その口から紡がれたのは、ある意味において、俺が待ち望んでいた言葉。
恐怖と歓喜──その他様々な感情がごちゃ混ぜになった形容し難い感覚を抱きながら、俺は静かに口角を吊り上げる。
僅かに目を見張る男と、飛び出してくるや否や固まったゾーイ。それらを無視して、俺は内心で言葉を溢した。
──ついにご対面のようだな、神の一柱。
やっとここまで来たか。長すぎる旅路だ…。
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ほんと、打ち切りになりませんように(切実)




