虚構の戦い 終
繋ぎの回なので短めです!
「確かに、お前の推測通りではある」
そう言って、こちらに向かって歩いてくる女。
ゾーイは警戒した様子を見せたが、対する俺は無反応を装っていた。勿論内心では念のために警戒を解いていないが、しかしこの女が攻撃に移らないことも読めている。
やがて女は俺の前で立ち止まり、こちらを見上げてきた。
「実につまらん。この状況でなければ、血湧き肉踊る戦いに興じたかったが……」
「私は貴様との闘争に興味などない」
「そう言うな。俺とお前の仲だろう?」
「貴様とそのような仲になった記憶もない」
「何を言っている。俺とお前の視線が合うとはそういうことだろう?」
目と目が合えば戦闘が始まるバイオレンスな世界にでも生きているのだろうか、この女は。
「……まあ良い。お前とゾーイが組んで抵抗すれば、流石に間に合わん。気に食わんが、今回は俺の負けらしい」
女は一瞬だけ目を伏せると、そのまま背を向けて立ち去っていく。
戦意の類は既にない。それを見たゾーイは、ようやく肩から力を抜いていた。
「上位災厄の処理、ご苦労。今の小娘では、単独であれの処理は不可能だったろう。無駄死にが関の山だな。貴重な人材の保護という観点も考慮しつつ、管理人を通し、褒賞をくれてやる。マーニ様がお前に施す初のご厚意となるだろう。伏して受け取れ」
それだけを一方的に告げて、女は消えた。
少し遅れて、街に騒めきが戻ってくる。
避難から戻ってきた一般人が、破壊された街並みに驚いている様子を察知できた。
(……思えばこの光景。何も知らない一般人からすれば外壁を越えて災厄が暴れたように見えるのか)
その辺りも計算済みで暴れたんだとすれば、仕事と私情を絡まして誤魔化す方法が無駄に上手いなあの女。マーニの配下の中だと、所謂問題児枠だったりするのだろうか。……いや、流石にないか?
「ジル様!」
──と。どうやら俺が受け持っているクラスの学生達もここまでやって来たらしい。
どことなく尊敬……というより信仰心が高まっている気がするのは、決して気のせいではないだろう。
(とりあえず、ゾーイと話を合わせるとするか。あの女の件は、確実に伏せておいた方が良いだろう。……シャロンとは早々に話をしたいところだ)
今後の方針を考えつつ、俺はゾーイの首根っこを掴んで猫のように持ち運ぶのであった。
§
──第一都市。
「彼女相手にあそこまで堂々と振る舞えるとはね。アレは実際問題勝つ算段がついていたのか、それとも虚勢だったのか、どちらだろうか?」
「私は直接現場を見ていませんが、流石に虚勢でしょう。マーニ様がお認めになった者とはいえ、現段階であの女に勝てるとまでは思いません。地上で激突した経験を糧としたとしても、あの女には届かないでしょう。あの女が地上での戦闘データをよこさなかった辺り、何かはありそうですが」
「あの女、か。相変わらず、妹に対する発言とは思えないね」
「失礼。ですが事実として、彼女は怪物だ。ご存じのとおり、【三煌士】最強ですから。桶のように担がれていたセーグも『ビルコワイ。ムリ』とよく漏らしていましたからね。それに、我々は人としてはかなり多くの年月を生きていますから。正直、色んな意味でもはや妹とは思えないんですよ」
「セーグのアレはちょっと違うんじゃないかな……」
呆れたような表情を浮かべながら、マーニは遠いかこの記憶を思い返す。あの頃は自分含めて子供だったな、と。
「まあ後輩くんに関しては僕も概ねキミと同意見だ。地上から月を貫く……最低限の資格を持っているというだけで、後輩くんがあの彼女に勝てるとは思えないからね。だからこその土台作りで、彼にも信仰が集まるよう動いている訳だし」
「……【絶月】よりは使えそうではありますが、個人的に、そこまで目をかける必要があるかどうかには疑問が残りますね。マーニ様の計画に綻びが生まれる余地が生じかねません」
「本当に勝ちたいのなら、時には不確定要素を呑むことも大事さ」
「利用できる部分だけを利用しても良いのでは?」
「いいや、それはしないさ。文字通り、彼は僕の後輩だからね。最低限の力はあるし、頭も回る。加えて、ここまで悪くない道筋を辿っているんだ。利用するだけ利用してポイ……なんて真似をするつもりはないよ」
そう言って、マーニは笑う。
今のところ、物事は全て自身の計画に沿っている。
学校の教師をやるという話を目にした時は介入する必要が生まれるかもしれないと身構えたが、それも問題ない位置に着地していた。
おそらく彼自身も、自らの特性自体はある程度認識しているのだろう。決して、有象無象とは近くならないような位置をキープし続けている。
マーニから見て、ジルは十分にやってくれているのだ。
(仮に虚勢だったとしてもビル相手にもあの態度を取れるなら、より合格ラインな訳だしね)
マーニ以外にあの光景を見ていた者達の視点にも、ジルは強者として映ったことだろう。ビルが本人の趣味趣向を満たしつつも、自身の思惑には反しないように行動してくれた結果、計画はかなり大きく前進した。
管理人や【絶月】相手にも、ジルが本気で舐められるということはないだろう。管理人に関しては自身の言葉でどうにでもなるが。
「アース神族でも、ヴァン神族でもない。只人の身から、神の座へと昇華する。その最低条件を、彼は満たしている。まあ、そういう風に設計され、創造されたんだから当然と言えば当然なんだけど」
「……まるで人形ですね」
「その通り、彼は神々にとって都合良く創られた人形だよ。その事実として、地上では神代回帰が始まっている」
「つまり」
「うん。現時点でも、僕なら裏技を使って地上に降臨できる。ギリギリね」
弱体化は避けられないから、まだ降臨する気はないけれど──とマーニは続けて。
「古来より、月は特別視されている。ビルの報告では地上の文明も発展しているようだけど、それでも太陽が沈んだ暗い夜、月明かりに救われる人間は多い。集落や旅人の類もまだまだあるようだ。故に神が去った世界だとしても、月には一定の信仰が集まる。そこに神に対する信仰の概念はなくともね。そこに僕の性質が合わされば、神の中で僕だけは地上に降り立てるんだ」
「成る程。ですが、仮にその時が来ればまず我々が地上に降り立ちます」
「過保護かな?」
「貴方にはこれくらいが丁度良いでしょう」
「……そうかな。まあ、そうかもしれないね」
どこか呆れを含んだ様子のヒューキと、少しばかり腑に落ちない様子のマーニ。
マーニは暫し思考し、「まあ良いか」と玉座に腰深く掛け直した。
「さて、では後輩くんと直接会う機会を設けよう。彼は月郷で、僕に次ぐ信仰対象になってもらわないといけないからね」
「承知いたしました。それでは謁見の許可と場の設定を手配します。場所はここ、第一都市でよろしいでしょうか?」
「うーん。どうしようか? 僕自ら第四都市に出向くのも悪くはなさそうだ。少し考えよう」
§
──第四都市、管理人執務室。
「あそこでビルが大人しく引き下がるなんざ、うちは夢でも見てるんか……? てか、あのビル相手にジルの兄ちゃんの胆力えげつないな。いやそれとも実力的にも互角なんか……? あかん力関係が分からん。けどなんちゅうか……やっぱ地上の民なんかなあ」
先の映像を見返し、シャロンは天を仰いだ。
超重要秘匿事項として、現在は管理人だけに通達されている“地上“と呼ばれる世界。
仮にジルがそこを出身とする人物なのだとしたら──
「……いや、大丈夫や。大丈夫。第四都市は無事やし、あの様子やとジルの兄ちゃんも問答無用で消されるなんてことはないやろ。悪いようにはならん」
それに管理人を通して褒賞を与えると言っていたし、ジルとマーニが直接会うこともなさそうだ、と気を取り直した。
(マーニ様とは別に、個人的な褒賞も用意せんと)
後日「ジルがマーニに謁見する場を設けられた」という通達を受けることを、シャロンは知らない。
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そして現在、書籍版の二巻が発売中です。
GW納めに、本作の二巻とか、どうでしょう?
現在外出中の方は是非ともこのままのテンションで本屋さんに寄って頂いて、現在お家でゴロゴロされている方は是非とも本屋さんに向かって頂くなり電子版をアレして頂くなり……とか、どうでしょう?
それはそれとして、皆様キーラン成分が足りていないと思うので、挿絵の公開です。
とてもかっこいいな〜。きっと作中でも常にかっこいいんだろうな〜〜。
レーグルの面々の戦闘シーン挿絵が詰まっているので、是非とも。
書籍とWEBを同時に追うから楽しめる要素も入れている(つもり)。




