虚構の戦い 前編
中途半端になりましたが、一旦これで投稿。後編はほとんど出来ているので、部分的に加筆とか見直しとかしている際に矛盾なければ明日には投稿できる。はず。
一瞬だけ、ノーマンの雰囲気が変わった。
その瞬間を見逃さなかったシリルが「何かありましたか?」と問いかけると。
「……第4都市に上位災厄が出たようだ」
「上位災厄ですか。それはまた、対処が難しそうですね」
「ああ。しかし、第4都市か……」
「気になる事でも?」
「第4都市は最も住人が多いが、これまで上位災厄が出た事は一度もない。加えてあそこにいる【絶月】は──……いや、まあ良い」
§
眩い光が世界を覆い、光が収まったと思った直後には災厄が消えた。
それが意味するところは即ち、災厄処理は完了したということ。
災厄処理の役割を担う【絶月】が出るまでもなく、災厄という脅威は去ったということだ。
そしてもう一つの戦場も、終幕を迎えようとしていた。
「もう少し愉しみたかったが……脆いな、小娘」
「ぐっ……」
息も絶え絶えといった状態で、両手両膝を突くゾーイ。
ミルキーホワイト色の髪を持つ女はそれを冷然と見下ろしながら、ゾーイが基盤から引き抜いた高層ビル複数を用いたジャグリングに興じている。
「確かに、当初の予想よりはそれなりに動けていた。建物を用いた攪乱攻撃も悪くはない。【贈物】を使えば、まだ舞えただろう。大層優しく、そして甘く見積もってやれば……及第点といったところか」
だが──と女は高層ビルを全て弾き、上空で爆散させる。パラパラと落ちてきた瓦礫が、大地を重く揺らした。
「災厄は鎮んだようだぞ。お前の出番を必要とせずにな」
「……あんたが、邪魔したからでしょうがっ」
ゆっくり、ゆっくりと、ゾーイは立ち上がる。その目は死んでおらず、仮に災厄が健在であれば、女をぶっ飛ばしてから現場に向かっていたであろう程の気概を示していた。
だがそんなゾーイの姿も、女の心には響かない。
「はっ。笑わせるな。俺の邪魔など物ともせず、災厄を鎮める力を魅せれば良かっただけだ。俺は全力どころか、本気すら出していない。お前が一定のラインを越えれば、この場は退いてやっても良かった」
だからお前が悪い、と女は右手を伸ばす。
何を? とゾーイが訝しんだのも束の間。ゾーイの意思とは関係なしに、彼女の体が宙に浮き始めた。
「最初の一撃から少しは動けるかと期待したが……中途半端だったな。これなら問答無用で叩き潰し、上位災厄の現場を眺めていた方が愉しめたぞ」
「……っ、!」
「正当に評価を下せば、お前は落第だ小娘。【贈物】を使えなかった点も含めて、そこがお前の限界だ。【絶月】という肩書きも、俺にとってはなんの価値もない。都合の良いことに、災厄を処理できる人材も現れたようだしな?」
──ジルのことを把握している。
女の言葉から、ゾーイはそれを読み取った。
だが、それを読み取ったところで事態は変わらない。
(く、そ……)
──結局、こんな世界を好きになんて、なれやしなかった。
やりたくもないことを強制される人生。
全能の君臨者として謳われる割に、何故自分が災厄の処理をしなくちゃいけないんだと思った回数は数え切れない。
それができるのだからやりなさいなんて、そんな気持ち悪い理屈があってたまるか。
本当の意味で全てが思うがままなら、こんな、こんな──
ゾーイから抵抗の意思が弱まるのを見て、女は更なる落胆を抱いた。敵意も戦意もない訳ではないが、諦観の念があまりにも強い。
(どうやら、本当の意味で終わりたいらしいな)
つまらん。
そう切り捨て、女が更に力をこめようとした瞬間。
「……」
ピクリ、と女の眉が僅かに動いた。
「──何をしている、女」
直後、ゾーイの体を縛っていた力が霧散する。
受け身を取れずに体が地面に落下し、ゾーイは呻き声をあげた。
「……思っていたより、早い到着だな」
女が振り向き、やや上げた視線の先。
半壊したビルの頂に、銀髪の青年が悠然と佇んでいた。
青年は視線だけで周囲を見回したと思うと、やがて視線を一点に固定させ──
「存外、仲間意識があるのか?」
女が目を細めて振り返った直後、銀髪の青年はゾーイの近くに降り立っていた。
青年はゾーイの姿を見下ろし、愉快げに表情を歪めると。
「くくっ、ゾーイ。随分と愉快な姿を晒しているように見えるが、如何に」
「……別に。よく分かんないけどいきなりそいつが吹っかけてきたのよ。ああいうのってなんて言うのかしら……通り魔ってやつ? あんたも気をつけた方が良いわよ、ジル」
「因縁もなく襲撃された、と。然様か」
そこまで言って青年──ジルは顔を上げた。
どこか似た雰囲気を纏う二人の視線が交錯し、そして。
「……ふん。成る程な。理解した」
§
ゾーイがとんでもなく怖い女によってボコボコにされていた件について──なんて、やや現実逃避気味に思う。
(なんでこの女と喧嘩してるんだ。シャロンとしててくれ。それなら簡単に仲裁できたというのに。災厄の最中に管理人と喧嘩されたら別の意味で勘弁してくれとは思うだろうが、そっちの方がかなりマシだった)
内心で愚痴りながら、俺は目の前の女を見据える。
(俺が外壁を越えた瞬間には気づかれた気配があった。ゾーイに意識の大部分を割いててアレだったのならこの女、索敵能力も異常だぞ……)
女の方にはほとんど消耗がなさそうな辺り、ゾーイとの実力差もそれなりに大きかったと見える。
……いや。ゾーイは【贈物】を使っていなさそうだから、正確な実力差は測れないか?
(ゾーイを見捨てる選択肢は“なし“だ。だが……)
救出する手段が問題だ。
土下座して見逃してもらうなんてのはジル的にあり得ないが、物理的に女を排除するのも不可能なのだから。
(戦意も殺意もない状態でこの圧力……マズイな)
はっきり言って、今この女と戦っても勝てる気がしない。仮に激突すれば、ほぼ間違いなく俺は敗北するだろう。
遺跡の時より上手く立ち回る自信はあるが、それは向こうにも言えることだ。俺の方が圧倒的に上手く立ち回れるという確証が得られていない今の状況で、喧嘩を売るのは愚行でしかないだろう。
加えて、俺が自らに課している制限のこともある。全力を出しても勝てる可能性が低い相手に、舐めプ状態で挑めばどうなるかは明白。
業腹だが……俺と女の間に隔たる実力の壁は、それほど高い。
(そして俺が敗北することは周囲……特に、この場を監視しているであろうシャロンから「ジルって実はそこまで大したことないんじゃ……」と思われてしまう結末を意味する。そうなると今後の展望に不都合であるし……何よりそれは、ジルのキャラ像的に許されない結末だ)
災厄が鎮んで警戒体制が解かれたからか、人々が戻って来ようとしている気配も感じる。
避難所から出てきた連中がやって来るまでの時間は、あまり残されていないだろう。
敗北姿を衆目に晒すのは、俺にとってはもはや死に等しい。
そして俺と女が戦えば、そうなってしまう未来は秒読みだ。
(……あくまでも戦えば、な)
確かに俺と女が戦えば、俺は敗北する。
しかしそんな事実は、実際に激突さえしなければ虚構で塗り替えられる程度のものだ。ジルの威信を保つことは、決して実現不可能なものではない。
何より……似たような状況は、以前にもあった。
(あの時とは対峙している相手も、環境も、取り巻く条件も、勝利条件も違うが……)
二人の少女を脳裏に浮かべ、俺は内心で微笑む。
格上と対峙する経験は、今の俺に活きている。
(さて)
前提として、女相手にビビらず、一歩も引かず、時に上から目線で物を語る。これは絶対だ。これを守るだけで、実際の実力を棚に上げ、俺が女と同格であると周囲を騙せるのだから。
(不良がサングラスをかけて目の泳ぎを見られないようしておけば、舐められにくくなるのと同じ理屈だ。動揺を悟られさえしなければ、後は周囲が勝手に想像してくれる)
誰もジルの強さの上限を知らず、同時に、誰も女の強さの上限を知らない状況であれば、周囲に「あの二人の実力は拮抗している」と誤認させることはそう難しくないのだ。
加えて、ジルは上位災厄を下し、女はゾーイを下した。この時点で、俺達の実力は「どれだけ低く見積もっても月の世界で上から数えた方が早い位置にいる」という事実が成立しており、認識の共有が可能な状態をも作れている。
後は周囲の想像を掻き立ててやるだけで、皆からの認識は勝手に「俺の実力と女の実力は拮抗する」ことになるのだ。実際問題どうなのか、という点は問題視されない。そういう立ち回りを心がける。
だがこの策には決定的な問題点……もとい、弱点が存在する。
それは、女が「知るかボケ」という具合に問答無用で殴り掛かってきた場合は、全くもってどうしようもないという点だ。圧倒的理不尽の前では、有象無象の小細工は無意味と化すが故に。
加えてもう一つ、懸念点が存在した。
(女の素性がどういうものなのか。そしてその素性はどこまで知れ渡っているのか。それが懸念事項だった)
間違いなく、女の立場は高い。
それはゾーイを一方的にボコボコにできる実力を有していることもそうだが、月の世界では秘匿事項と思われる“大陸“に直接派遣されていたという点、何より【贈物】や【代行権限】ではなく【権能】を自称し行使していた点から簡単に推測できる。
これは即ち、実力面だけでなく、権力面でもこちら側が不利であることを意味しているのだ。
ただ誤解されたくないのだが……これは決して、直接的に権力に屈したという意味ではない。
権力者に歯向かう図式を認識されてしまうのは、月の世界においては間違いなくマイナスに働く。マーニを絶対視している連中が、推定マーニに準ずる権力者である女をどう思うかは自明の理。
シャロンのように周囲からあまり好ましく思われていない場合は話が変わってくるが、アレは流石にレアケースだろう。そんな希望的観測に縋る気にはなれない。
つまり、女と敵対することは月全体を敵に回すに等しい──そういう可能性が、あった。
(幸いにして、活路は見えたがな)
活路を見出すべく、俺はゾーイに対して「ばり間抜けな姿になってるけどなんかあったん?」と煽り交えに訊ねることで情報の引き出しを画策したのだ。
そして見事、ゾーイが女について何も知らないことを把握できた訳である。
(この様子からして知り合いじゃないどころか、情報すら皆無)
【絶月】という立場に属し、喫茶店に入り浸っては周囲の雑談をBGMに茶をしばき、自宅でもテレビを見ている程度には世情に詳しい──少なくともその辺の住人よりは詳しいだろう──ゾーイが「知らない」という事実。
これが意味するところは即ち、
(ゾーイが知らないなら、他の住民もこの女について知らないはず。精々、都市管理人のシャロンが知っているかも……くらいのものか)
これが意味するところは即ち、この女はとんでもなく偉いかもしれないが、しかしその存在は秘匿されている可能性が極めて高いということ。暗部……というか、表向きには伏せている特殊戦力みたいな扱いなのかもしれない。
(であれば……ああするのが最上か)
必要なピースは揃った。
女がとんでもなく偉くて、それが周知の事実だった場合はもう少し色々と下準備をする必要があったが、そうでないならば問題ないはず。
ジルに対する周囲からの評価を保ちつつ、ジルの格を落とさず、安全安心に、ゾーイを救出してみせよう。
(……改めて言葉にして考えると、かなり絶望的だな)
本当に嫌な状況だ、と内心で冷や汗をかきそうになる。
が、俺は努めて冷静を装った。頭の中ではどれだけ焦っていようが、ビビっていようが、逃げたいと思っていようが、ジルの仮面だけは完璧に取り繕う。
虚構だろうが虚像だろうが偽物だろうが関係ない。
堂々と物を言い、絶対的強者として振る舞い続ける。ただ、それだけだ。
「……ふん。成る程な。理解した」
さあ始めよう。
勝敗とは何も、物理的実力だけで決するものではないと、この世界に教えてやる。
矛盾あれば修正します。
感想お待ちしております。
第二巻のカラーイラストを公開します!
今話や次話にて、ジルが冷笑を浮かべてる時はこんな表情と雰囲気なんだなってイメージができるので是非。
そしてなんと、第二巻の発売日を告知するのを忘れていました。ご指摘ありがとうございます。ご指摘なければ気づきませんでした。とんでもない作者ですね。
第二巻の発売日は2024年4月30日(火曜日)となっております!
https://gcnovels.jp/book/1662
既に店頭に並べてくださっている書店様もあるようです。もしも三連休で本屋さんにお立ち寄りされて見つけた場合は、是非ご入手してみてください!
また、Twitter(現在X)で本の感想とか投稿していただけるとそれを発見した作者が喜びます。
特典に関する情報はこちらから。
https://gcnovels.jp/news/342
一巻同様、アンケートSSにはほぼ本編見たいな内容を一部含んでおります。今回はイラストも付いておりますので、よろしくお願いいたします。
https://twitter.com/gcnovels/status/1783065848258953696?s=46&t=Ngk3qK2HqJPNzPhzSPyKvw




