表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/168

上位災厄

2月は二回更新するという目標を成し遂げた。作者はまた一つ強くなった。3月は3回を目標としたい。したいんだ……。

 

「■■■■■■■」


 四足歩行の巨大な怪異──災厄が、都市を蹂躙せんと進撃する。

 万物を溶かすヘドロを脚から垂らして大地を侵食し、空間が弾けるようなスパークを纏いながら、それは少しずつ歩を進めていた。


 動きは特別早くないが故に、なんとか持ち堪えられてはいる。いるが、はっきり言って時間の問題だった。時間稼ぎが成立していると言えば聞こえは良いが、それも災厄の動きが遅いから成立しているだけ。決して、災厄処理部隊の功績とは言えない。


 災厄の足元から溢れるヘドロの影響で、近くに寄ることは不可能。

 ならばと遠距離から砲弾を炸裂させたところで、スパークに撃墜されるか、波立ったヘドロに無力化されてしまう。ならばと【贈物(ギフト)】を使った隊員もいたが、推定上位災厄を前には無意味だった。


 どうすれば良いんだ、と誰かが思った。

 何ができる、と誰かは歯を食い縛った。


 災厄。


 それは、世界を脅かす原因不明の超常現象。住人の命を絶やし、都市を壊滅させる破壊の権化。

 しかし発生原因こそ不明なれど、決して対処不能な代物という訳ではなかった。いや正確には、ある日を境に対処不能な代物ではなくなった、というべきだろうか。


 最悪の場合、直接視界に入れるだけで死亡するという記録が残されているのが災厄だ。

 誰も対抗できない理不尽にして、絶望の具現化。それは覆すことのできない道理であり、滅びを待つことしかできないとされていたが──


『よく頑張ったね。後のことは、僕達に任せると良い』


 後にこの世界を治めることとなるマーニと、彼に仕える三人の眷属が現れ、世界は文字通り変わった。ある日突然現れた彼らは災厄を退け、世界を救ったのである。

 どうしようもない絶望を覆したその姿はまさしく、人々にとって絶対的な救世主だった。

 それからもマーニはこの地に残り、災厄を祓って人々を救った。

 災厄の度にリセットされていた文明や技術の断絶が終わり、時間と共に世界は発展していくようになった。命だけでなく、生活水準の向上。人々の中で、マーニが■■化されていくのは当然のことだった。


 更に、マーニの偉業はそれだけに留まらない。


『僕達が庇護し続けるだけでは、キミ達は僕に頼り切ってしまう。そうすると、いずれキミ達の発展が止まってしまうだろう。それははっきり言って、好ましくない。加えて、あまりに世界のパワーバランスが僕達に寄っている。世界にとって、きっとそれはあまり良くないことだ』


『かといって、キミ達を見捨てるなんてこともあり得ない。というより、あってはならないだろう? だから僕に……キミ達へと、力を与えさせてくれないかな?』


 マーニは、人々に災厄に対抗する力までも授けた。

 これにより、世界は恒久的な平穏を手に入れたと言っても過言ではない。

 確かに、災厄は発生する。創世記から続く超常現象の発生そのものを、止められた訳ではない。未だに原因は不明であり、どうしようもない脅威であることに間違いはない。

 だが、それでも災厄に抗う術は手に入れた。マーニが災厄に抗う術を与え、見守ってくれているのだ。

 

 故に、災厄に対処できる才能を見出され、役割を与えられた身である自分達が、災厄に対処できないなんてことはあってはならない。


『──キミは災厄と相対する才能を有している。是非ともその力を役立て、僕に貢献してほしい。僕はキミの全てを認め、キミの全てを許そう』


 それは、マーニ様に対する裏切りだ。

 それは、マーニ様に対する侮辱だ。

 マーニ様は全て正しい。マーニ様から賜った役割を遂行するのは当然のことだ。故に災厄の足留めができないのは、自分達がどうしようもなく愚かであるからという理由に他ならない。


「どうすれば……!」


 まず最初に、都市を機能させるあらゆる電力が落ちた──否、災厄によって枯らされた。巨大な都市を機能させている電力を己の糧として、スパークを纏っているのだ。

 都市を運用するためのエネルギーを吸収する形で都市ごと世界を殺すその姿は、まさに災厄と呼ぶに相応しい。


 次に、都市を守る防壁に罅が入った。

 難攻不落という言葉ですら生温い防壁が破られるかもしれない。その事実に、隊員達は顔を青白く染め上げてしまう。

 

「武器が、兵器が機能しない!」

「ゾーイ様が到着するまでの時間を稼げないなんて……!」

「そんな、そんなことはあってはならない──!」

「役割を、役割を果たさねば!!」


 隊員達の胸中を、絶望が埋め尽くしていく。

 災厄を前にしたから絶望しているのではない。自らの死に対して絶望している訳でもない。

 マーニの期待に応えられないという事実に対して、自らの無能具合に対して、彼らは果てしなく絶望していた。


「ぎ、【贈物(ギフト)】で抵抗を……」

「もはや我々の領分を超えているが、ゾーイ様がお越しになるまでは……」

「なんで、なんでゾーイ様は今になっても来ないんだ」

「管理人様は何を──」


 直後のことだった。

 怪異が大地を踏みつける、発声した衝撃波に呼応しヘドロが津波のように押し寄せる。

 外壁ごと都市を呑み込んであまりある規模の一撃が、極超音速を遥かに凌駕する速度で迫る。もはや絶体絶命かと思われた、まさにその時だった。


「災厄風情が私の授業を妨害するとはな。頭が高いにも程があろう」


 眩い光が空間を走り、津波と激突する。

 その光の正体は、超々巨大な壁だった。それが、隊員達を津波から遮るような形で展開され、津波を防いだのだ。

 その光景に唖然とする隊員達の後ろから、ゆっくりと一人の青年が現れる。


「あ、貴方は……」

「──退け。アレは貴様らの手に余る」


 青紫色の双眸に射抜かれると同時、隊員達は自然と青年を避けるように整列していた。彼らの胸中にあるのは、絶対的な安堵感。しかしそれは、決して自分達の命が助かるからなんて可愛らしい理由ではない。


(……これは、なんだ?)


 戸惑う隊員達。己の感情の正体を掴めず、彼ら表情は困惑に染まっている。


「命が惜しくば外壁の内へと帰る事だ。有象無象を慮り続けるほど、私は酔狂でないが故」


 そしてそんな彼らを一瞥することなく、青年は跳躍して壁の向こうへと消え去った。


 §


(あらゆるものを溶かすヘドロ……それも災厄が放ったものといえど、流石に【光神の盾】を破壊する次元の概念やら性質やらを持ち合わせている訳ではないらしい)


 俺の手札の中で最強の防御手段とはいえ、未知の攻撃に対して過信するのは良くないが故に、万が一の可能性は考慮していた。この【天の術式】の由来であろう光神ご本神の肉体よりは、防御性能という側面では劣っているだろうし。


 だが結果として、問題はなかった。ならばとりあえず、都市の安全は一時的に確保できたと考えて──本体を叩くとしようか。

 そう結論づけた俺は【光の剣】を怪異の頭上に顕現させ、上空から高速で落下させるように射出する。剣軍は奴を貫くものと思われたが──


(連中と怪異の攻防は少しだけ見れていたが……成る程、下位とはいえ【天の術式】の軌道を逸らす程のスパークだったか)


 それはまあ、ゾーイが来るまでの足止めが主な職務の災厄処理部隊程度では無理だろうな。


(いずれはゾーイも来るだろうが……災厄処理を悠長にしていては、周囲から俺の実力が過小評価されかねん。俺単独で、さっさと終わらせるとするか)

 

 とはいえ、俺は現状ある程度の制限を己に課すことにしている。その制限の範囲内で削り切れれば良いんだが……。


 ちなみに制限の具体的内容は、光神関連の【天の術式】以外は使わないというもの。【権能】は勿論のこと、他の神々を由来としている術式は禁じる所存だ。


贈物(ギフト)】という単神(マーニ)を由来とした力が主なこの世界で、複数の神々の力を使うのは少々悪目立ちしてしまいそうで避けたいというのが主な理由である。せっかく好感度を稼げているのだから、下手に落としたくない。


(好感度が高い状態の方が、調査はしやすいからな)


 この世界の人々の感知能力は不明なので杞憂かもしれないが……その辺が確定するまでは、気を付けておいて損はないだろう。


(ベストなのはマーニの力で起動する【天の術式】だけを扱うことだったんだが……ないんだよな)


 教会に保存されている【天の術式】は、【天の術式】全てを網羅している訳ではない。グレイシー曰く、「引きこもる際のゴタゴタで、幾つか失われたから」だ。だから、マーニ(月神)関連の術式がないことは決しておかしいことではない。単純に、運が悪かっただけ。

 まあそれにそもそも何度か【光神の盾】は使っているため、光神関連以外を使いづらいというのもあるのだが。本当に、色んな意味で運がないな。


(そう。運が悪かった、それだけだ……それだけだと思いたいが)


 原作でマーニが登場しなかったこともそうだが、教会で学んだ術式の中にマーニ関連のものがないという事実は、少々不自然に感じる──なんて考えてしまうのは、些か穿ちすぎだろうか。

 

 なんてことを、考えている時だった。


「む」


 衝撃が走り、俺の体が後方に吹き飛ぶ。

 衝撃の正体は、災厄の放った咆哮が物理的威力を伴って俺の全身を叩いたことによるもの。ガードが間に合ったためダメージはないが、不可視の遠距離攻撃まで持ち合わせている事実には少々驚かされる。


(だが、その程度だ)


 飛ばされた先にあった【光神の盾】を蹴り、跳躍した俺が接近を試みようとした瞬間、再び放たれる災厄の咆哮。


 しかしそれが、俺の全身を叩くことはなかった。


 確かに不可視の攻撃は厄介だが、初見時でさえ後出しのガードが間に合った以上、二度目であれば回避は容易。そういう攻撃手段があると分かっているのであれば、どうとでもなるのだ。


 そうして咆哮による攻撃を潜り抜けた俺は災厄を直接蹴り飛ばさんと足を引き絞ったが──災厄は自身が纏っているスパークを収束させ、シールドを展開。俺の蹴りとスパークが激突し、空間が爆発した。


(! スパークを集中させて障壁のようにすることも可能なのか。随分と多彩……)


 内心で舌打ちをしながらも、俺はシールドごと押し込まんと足に力を込める。災厄側も大地を強く踏み締めることで抗っていたが──ついにはシールドごと災厄を蹴り飛ばすことに成功。災厄の体がヘドロの海に叩きつられ、水柱のようにヘドロが(まく)れ上がった。

 だが、


「……硬いな」


 シールドを破壊することは叶わなかった。

 業腹だが、大したダメージにはなっていないだろう。正直、あのシールドの防御力は厄介だと認めざるを得ない。とはいえ、不可解な点もあるのだが。


(流石に硬い。否、硬すぎる)


 部隊と災厄の攻防や、【光の剣】を弾いたスパークの威力から逆算するに、あれほどの硬度を有しているのはあり得ない。

 起き上がると災厄がヘドロの津波を起こす。それを弾き飛ばしながら災厄の懐に飛び込んだ俺は、災厄の顔面へと拳を放つ。


(!)


 しかしそれは先程以上の硬度を誇るシールドを前に、俺の拳の方がダメージを受けてしまうという結果に終わった。

 その結果を理解しているのか、災厄の全身からスパークが炸裂する。雷速で迫るスパークの雨を紙一重で避けながら災厄と距離を置き、光の剣を解き放つことで牽制。


(そうか。これは──)


 俺が有する最強の防御手段である【光神の盾】は、災厄のヘドロから都市を守るため、大地に接するような形で展開し続けている。そして災厄のスパークは、都市から吸い上げたエネルギーで生成している力の塊だ。

 つまり──


(この災厄。大地と接続している【光神の盾】からもエネルギーを吸収し、己の力に還元しているのか)


 つまり【光神の盾】を展開し続ける限り、この災厄は【光神の盾】からエネルギーを吸収し続け、強化されていくという訳だ。

 しかし一方で、【光神の盾】を解除すればヘドロの海は都市を蹂躙し、住民ごと全てを沈めるだろう。生き残れるのは、災厄に耐性を持っていてなおかつ実力者であるゾーイとシャロンくらいだろうか。


(倒すだけならやりようはある。だが)


 ──背後を守りながら戦うには、少々面倒な手合いだな。


 一瞬だけ【光神の盾】を解除し、ヘドロが都市を沈める前に倒すというのが楽そうだが、その一瞬の間で、災厄がスパーク生成に用いているエネルギーを枯渇させるというのは正直言って不可能だろう。

 何せ一都市を機能させている電力に加えて、【天の術式】を媒介に光神の力をも吸収しているのだ。単純なエネルギー総量だけ見れば、とんでもなく面倒な量になっているに違いない。

 

(【光神の盾】を展開し続けるための【神の力】も決して無限ではない。奴のエネルギーが増える一方で、俺の【神の力】は減少していく。持久戦(我慢比べ)はこちらが不利になるだけ。……さて、どうするか)


 飛んできたスパークを片手で弾く。弾かれたスパークによって無人のビルが三棟ほど消し飛んだが……「この程度か?」と俺は内心で眉を顰めた。


(攻撃として放ったスパークの威力がそこまで強くない……エネルギーの節約か? 都市壊滅という目的達成には持久戦が有利と考え、防御に力の大部分を回すという戦術を取ってきている……? それなりに知能もあるということか? 加えてそうだとすれば、災厄には明確な目的意思がある? それとも本能的なものなのか……?)


 ゾーイが災厄について気にしていたことを脳裏に浮かべながら、俺は災厄を見下ろす。

 見下ろして、空中を駆けた。


 §


「こん、の……!」

「……くっ。衣装もそうだが、不恰好な踊りだな」


 重力に抗いながら道路を駆け、接近を試みようとするゾーイを視界で捉え、女は思わず失笑を漏らす。


「俺と直接拳を交えようなど、浅はかにも程があるな。身の程を知れ」

「ごっ……!?」

 

 直後、女が軽く蹴った大型のダンプカーが砲弾のように飛んだ。ゾーイにかかる極大の重力が一瞬だけ止んだと思った瞬間には、ダンプカーはゾーイの肉体と衝突する。

 爆発と、舞い上がる炎。

 黒煙の中からゾーイの体が真後ろに吹き飛び、そのままビルの壁を複数棟貫いていく。轟音を立て、ビル群が崩壊する。


「軽すぎるな」


 ディストピア世界のような光景を生んだ女は欠伸を漏らしながら──上空から降ってきたビルを片手で受け止めた。


「ああああ! もう! 街がめちゃくちゃなんですけど!? 私が弁償することになったらぶっ飛ばすわよ!?」

「ビルを破壊し投げておきながら、よく喋る口だな。鏡を見ると良い」

「あんたのせいで壊れたビルよ!」

「知らん。災厄が壊した。俺は悪くない」

「ふざけ……──っ!?」


 ゾーイが言葉を言い切る寸前、世界が真っ白に染まる。

 顔を上げたゾーイは、外壁を越えた更に向こうに、超々巨大な光の壁を見た。絶句するゾーイと、僅かに口角を上げる女。


「接敵したか。これまでは身を潜めていたが、流石に派手に立ち回るしかないようだな」

「あんた、何を……」

「さて」


 女がグッと力を込めると、ビルがミシリと軋んだ。やがて罅は広がり始め、瓦礫が降り注ぎ、大地が震撼していく。


「第二幕といこうか」

矛盾発見次第修正を入れます。

また、色々と落ち着いてきた(ような気がする)ので感想返信していきます。(目は通してたんですが放置していて申し訳ない…)

感想、お待ちしております。



【プチ告知】

第二巻の発売は2024年4月30日を予定しています!よろしくお願いします!!

https://twitter.com/asukadesu777/status/1760607959158325368?s=46&t=Bw2KI2RpbpgY7clVXZTp1g

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 第二巻、楽しみです! 絶対に買います・・・!! [気になる点] 【光神の盾】すら飲み込む上位災厄、この時点で元世界の有象無象よりかなり厄介+思ったより強そうですね・・・ 能力をセーブしたジ…
[良い点] とりあえずジル様が大活躍!信仰獲得!神格化!までは読めた …喫茶店のマスコット、教師、災厄対処 あらゆる『役割』を完璧に果たすジル様に月の民達は熱狂不可避 [気になる点] …あー…マーニ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ