それぞれの思惑 Ⅱ
『貴方の推測通り、あの遺跡は異界へと繋がっていたわよ。加えて彼女の調査の結果……神代と非常に近しい環境だと思われるわ』
「──そうか。悪くない報告だ」
この世界ではないどこか。暗黒に包まれた世界。光も届かぬ領域で、紅髪の青年は笑みを浮かべていた。
「これも推測に過ぎんが、その異界はあくまでも大陸の過去から分岐し、発展した世界だ。故に本命とは違うが、それでも神代に近いならば話は変わる。……ああ。分岐した世界といっても、どこぞの魔術師が提唱していた"可能性の世界"の理論とは別だぞ」
『そのくらい話の流れから分かりますわ。莫迦にしないでくれる?』
「そういう意図を込めた訳ではないんだがな。アレはアレで、俺様としては興味深い理論ではある。仮にありとあらゆる"可能性の世界"にいる全ての俺様を統合することができれば、莫大な力を──」
『"可能性の世界"への干渉も観測もできない段階から考える話ではないわね。誇大妄想はそれくらいにして、続きをどうぞ』
「誇大妄想と一緒にするな。……まあ、話が逸れるのも本意ではない」
まだ言いたいことがあったんだが、という言葉を呑み込み、エーヴィヒは続きを語り始めた。
「その世界は神代に近しいのではない──おそらく、神代のまま続いている世界だ」
『……つまり、神がいると?』
「いや、それは分からんよ。そもそも、神代の定義は研究者によって曖昧だ。安直に"神々の時代"を略して定義付けられている訳でもない。魔術師どもに至っては、神の否定すらしている。尤も、お前から聞いた魔術大国の裏の連中の見解は知らんが」
『貴方がご執心の彼を見たんだから、多少は動きがあるかもね?』
「さてな。まあいずれにせよ、神の実在性の認識すら不確かな連中の定義を前提として、考察を進めようとするのは好ましくない。神代が続いているという事実と、神の実在を結びつけるのは早計だな」
『……』
「故に、目の前にある事実から考察を進めていくとしよう。調査の結果と言っていたが、何も地質に関してだけ調査していた訳ではあるまい? 人間か、人間と似て異なる生物なのかまでは知らんが……何かしらの存在はいたのだろう? どうだ? そいつらに、何かしら興味深い点はなかったか?』
『そういうことなら、毎朝毎朝マーニ様とか言いながらお祈りを捧げているわよ。屋内の人達までは確認できていないけど、全体の雰囲気からして屋内でも変わりはないんじゃないかしら」
「ほう。祈りを捧げる対象がいるのならば、まあ、そういうかもしれんな。それにしても神ではなく個人名、もしくは個体名に対して祈りを捧げているときたか。ならばその世界にいる神……神を騙る存在はマーニとやらだけなのかもしれんな」
『……? どうしてそう言い切れるのかしら』
「簡単な理屈だ。神が複柱いるのだとすれば、一柱だけに敬意を払うなんぞ喧嘩の火種だろう。……いや、待てよ? ────とも考えられるか」
『……あーやだやだ。仕事が増える』
「状況次第ではあるが、俺様も足を運んでも良いかもしれん。レイスター。最低でも…………」
『……?』
「……」
『……』
「……あー、最低でも、アレだ。俺様が魔術大国で降誕した際の器程度には使える生贄を、見繕っておけ」
『サンジェル程度ってことね。彼もアレで、素養自体はかなり高かったんだけど。一応、【呪詛】は全部使えたし。そこまで見下す必要があるかしら』
「ハッ。素養の高さは前提条件だ。俺様が加点対象とするのは、その素質をどう伸ばすかと、素質を伸ばす意欲に対してなのだからな。器用さにかまけて質を上げんゴミに価値はない。あんなものは──」
『はいはい。……まったく。異界探索って時点で、最初からスフラメルを送っていれば良かったのよ。また残機が増えてきたでしょ、彼』
「数こそ増えてきたが、それでも致命傷は致命傷だ。あまり無理はさせられん。奴の仕事も、イケルスに大半を代行させている。ギリギリ処置こそ間に合ったが、それでも全てを一度に殺すあの【加護】とやらは厄介だったな。ルシェがいれば、もう少し楽に対処できたものを……。──ところで、本当にスフラメルに任せても良いのか? レイスター」
『……』
「俺様が言うことではないかもしれんがな。自分で為すべきことは自分で為す方が、後悔は少ないぞ」
§
遺跡から放り出され、辿り着いたのは全てが未知の世界。自分達が今いるのは大陸ではないどこか──それが、この場にいる者達の総意であった。
魔術師曰く、「環境の空気がおかしい」
研究者曰く、「現代には存在しない生物が確認された」
そして大国の王と冒険者曰く、「このような地域は知らない。大陸のどこにも存在しない」
どれか一つなら、偶然や知識不足という線もあるのかもしれない。だが、それが三つ四つと重なったのならば、それはそういうことだろう。
何より、全員の共通認識──遺跡で戦闘を行った女から告げられた言葉。これだけの状況証拠が揃っていて、それで察することができない程の愚者は、この場に存在しなかった。
故に、彼らは潜伏した。自らの能力を駆使して、他者に依存することなく彼らは生き抜いた。生き抜きながら、観察を続けることで情報収集に努めていたのだ。
不幸中の幸いとでもいうべきか、シリル達が目覚めたのは自然豊かで人口密度が非常に低い土地だったので、彼らのその行動は問題なく続けることができた。
そして。世界の観察を続けた結果、シリルはこう分析した。
──そもそもこの地域に、果たして一般人はいるのでしょうか? と。
§
「……」
第三都市と呼ばれる場所。
天からは光が注ぎ、大地が緑で覆われた都市の一角に、一人の少年が佇んでいた。
「最近は何やら騒がしい時間があると思ってはいたが」
無機質な瞳と、抑揚のない声音。
全てが退屈だと言わんばかりの雰囲気を纏ったその少年は、茂みの中から現れた巨大な体躯の獣に目を向ける。
「成る程。面白い」
そのまま獣を眺めながら、少年は表情を動かすことなくそう口にした。
「見たことがないし、住民にとっては脅威的な力を有しているが……災厄ではない。それどころか……成る程、こういうものが出現する可能性もあるのか」
無警戒のまま未知の神獣に近づき、持論を述べる少年。
余人が見れば愚かと判断しそうな行動だが、しかし少年自身はこう答えるだろう。
──これに警戒する理由がない、と。
「地上関係か。だとすれば、多少は地上に対して興味を持てるかもしれない。良ければ教えてくれないだろうか。そこの貴方達」
そして、少年は無機質な瞳をある一点に向けた。
視線の先には何も存在しない──かと思われたが。
「失礼しました。そして、初めまして。僕の名前はシリルと申します。以後、お見知り置きを」
「以後があると考えるんだな」
「勿論です。貴方の性格と価値観上、我々を排除する事に対して理由を見出せなければ、実行に移す気はない。違いますか?」
「違わないな。自分と会話をする資格は与えよう」
「ははっ、資格ですか」
口調だけ見れば両者共に穏やかものだが、その声が纏う空気はまるで真逆。
橙色の髪を持つ青年の声音は穏やかだが、対する少年の声音には一切の温度が存在しないのだ。もしもジルがこの場にいれば、「機械のようだ」とでも評しただろう。彼らのいる場所が神秘的で微睡みを抱かせるようなものだからか、少年の異質さはより際立っていた。
「最初から自分の性質を理解できていたにも拘らず、保険として動物を犠牲に最終的な意思決定を行う。あまりにも慎重に過ぎる。凡人の工夫としては悪くないが、賢者の計略ではない。あまり退屈させるな」
「これは手厳しい。ですがそれは、最初から神獣と我々の関係性を察していながら、それを悟らせないような発言をしていた貴方にも言えるのでは?」
「貴方達があまりにも慎重だったからな。臆病者を釣るのには、これが一番手っ取り早い」
ジッと、両者の瞳が交錯した。
「それにしても、地上の住人は自らの弱さを補うために動物を使役する形で戦力を拡充させているのか? だとしても、こちらに送る先遣隊として最低限の戦力を有しているとは思えない一方で、捨て駒にするには惜しいであろう駒もいる。これなら全戦力を投入する方が幾分かマシだと思うがな。一貫性がない」
「興味深い内容ですね。できれば詳しく知りたいところです」
「知恵はあるが知識がない。成る程、迷い込んだのか。いやというより、誘い込まれでもしたな。しかし同時に、マーニの目的そのものでもないと。大方、この場にはいない仲間でも探しているのか」
「理解が早くて助かります。我々としては、是非とも貴方のご協力を得たい。貴方が今の状況を退屈だと思っているのでしたら、悪くない提案だと思いますが? 何故なら貴方は──今の世界の在り方に、心が動かないのでしょう?」
「……成る程、新鮮ではある。それに」
チラ、と少年は視線をシリルの背後に移した。彼の瞳が映すのは、水色の髪の少女と紫色の髪の年若い男の二人。少年の視線に気付いたステラが、首を傾げると。
「ん? どうかした?」
「いいや、少し興味深いと思っただけだよ」
「へー。まあ確かに、キミからは強く感じるものがあるね」
「……成る程。面白い。実力はともかくとして、光るものはあるか」
「では……」
「構わない。シリルさんと言ったか。この場では、貴方の言葉に乗ろう」
そう言って、背を向ける少年は「ついてこい」と視線だけでシリル達に促した。
それを受けた面々は互いに目配せを行うと、少年の後ろを歩き始める。
「どこに向かうのですか?」
「自分の家だ」
「え、家に入れてくれるの? ありがとう」
「サバイバルでもしていたのだろう? 流石にそれに付き合う気はない」
それにしても絶妙に運が足りないな、と少年は続けて。
「もしも貴方達が出会ったのが、【絶月】の一番目か二番目であれば、望む未来が訪れていたかもしれないのだから」
§
そして、第四都市。
「ではこれより、授業を行うとしようか」
「なんであんたが教師なのよ。ていうかなんで私が学校に通うことになってんのよ」
「いやまあ、ノリ?」
「こいつのノリで新クラスが新設されるの? 都市管理人兼理事長としての自覚ある?」
「ゾーイ。私語を慎め。有象無象が涙を流して拝聴すべきこの私の授業を、無駄にするな」
「普通に授業を進めようとしないでくれる? で、どうなのよシャロン」
そこでは、ジルによる授業が執り行われようとしていた。
尤も、授業を受ける側であるゾーイとしては不満が大きいようだが。
「自覚もクソもなあ」
ゾーイの言葉を受けたシャロンは、右手で頭を掻くと。
「うちからしてみれば、自分が学校通ってへんかったことにもどかしいもんがあったからなあ。ある意味では、渡りに船ってやつや。ジルの兄ちゃんは仕事も早そうやしな。喫茶店での評判的に」
「あんた直接見たわよね? こいつ椅子に座ってケーキ食って紅茶飲んでるだけって知ってるわよね? それなのに他者の評判で採用を決めるの? おかしくない?」
「まあ言うなや。管理人としてはな。ジルの兄ちゃんにこの都市を好きになってもらえたらと思っとるんや」
これは割と本気でな、とシャロンは己の胸の内にそう零した。
ジルの口から「この都市の教育水準を測ってやる」と告げられた時は非常に驚いたものだが、シャロンとしてはまさしく渡りに船だったのである。
「そもそもなんで私一人の特別クラスなのよ。こういうのって普通、複数人いるもんでしょうが」
「いやまあ、うちの生徒が喫茶店勉強教えてもろた実績があるとはいえ、いきなり本番ってのもおかしいやろ? 流石に見極めるもんは見極めんと」
「さっきの言葉と矛盾してない? 後そいつって身分証明書ないのよ? 不審人物の極みよ? 分かってる?」
「その不審人物の極みをお気に入りの喫茶店に紹介した奴が言うなや」
「重みが違うでしょうが重みが。私とあんたの社会的地位の格差を考えなさいよ」
「自分で言うてて悲しくならへんか? てかそんな話は別にええねん。てことでよろしく頼むで、ジル先生」
「くくっ。そこでしかと見ているが良い。そこの無知無学な娘に、完璧な教育を施してくれる」
「記憶喪失で無知と化したあんたが言えることじゃないでしょうが」
「面白い。では貴様に、この問いを投げてやろう。解けるかどうか見ものだがな」
「やってやろうじゃないの」
「ま、頑張りやー」
Twitterで見た方はご存じでしょうが、特典SSで更新が遅くなってすまない…。急いで書いたからなんか違和感あるかもしれない……。
矛盾があれば修正します。
シリルと対面した少年の口調は元々は敬語だったけど、流石に敬語キャラが同じグループに3人いるのは小説だとややこしいかなぁと思ってこの口調にしたら、クソガキ感が滲み出ている感じになってしまったので、敬語に修正というか戻すというかをするかもしれません。
性格や価値観は変わないのに、口調による印象って偉大だね……。もっと無機質感というか「全てが平等にどうでも良い」を出したいので、本来の設定にあった敬語に戻しそうです。シリル 、ルチアと敬語が被るけどまあ大丈夫でしょう。きっと。
さて!では恒例のイラスト公開です!
誰が誰でどの場面か分かるでしょうか?
カラーイラスト
挿絵