軽い衝突
情報の出し方が変な感じするので、加筆はないんですが削除とわかりやすい語彙に修正はあるかもです。とりあえず投稿します。
「ほならまあ改めて自己紹介でもしよか。うちは兄ちゃんの名前知らんしな」
中央。
そう呼ばれたビルの最上階で、俺と管理人──シャロンは向き合う形でソファに腰を下ろしていた。扉の前には、成人済みに見える年齢層の男女が立ってこちらを見張っている。
中々に、シャロンへの忠誠心が高い二人組のようで、俺とゾーイに対して隔意がありそうな様子だった。とはいえ、ジルの観察眼やゾーイの勘でなければ見抜けない程度には、それを伏せるだけの精神性も持ち合わせているが。
「喫茶店でも言うたけど、うちの名前はシャロンや。つっても、この都市の統治をマーニ様から任されてる管理人……って説明の方が余人には分かりやすいんやろうけど」
不敵な笑みを浮かべ、シャロンは堂々たる名乗りを告げる。自らの絶対的な立ち位置を疑いもしていない様子だ。
いや事実、この都市においてシャロンは絶対的な立ち位置に君臨しているのだからさもありなん。月世界の頂点たるマーニを除けば、彼女は最も高い位にいる権力者なのだろうから。
「貴様が改めて名乗る必要性は見出せんが、律儀な事だ。良かろう、私の名はジル。理由があり、そこな娘、ゾーイと共に行動している身だ」
だがそれは、俺が謙る理由には決してならない。俺の返事を聞いた管理人は不愉快そうな表情を浮かべる──ことなく、むしろ愉しげに笑っていた。
「管理人ってだけで、大体の連中は萎縮するんやけどなあ。それも、うちの本拠地にいるとなれば尚更や。自分、恐怖心とかそういう方面の感情が欠落してるんか?」
「その大体の連中とやらと、私を同列に測る。その時点で、貴様の程度が知れるもの。……ふん。間抜けな振る舞いは疾く止めろ。貴様が私に接触した。それ即ち、貴様が私に価値を見出しているも同義であり、貴様自身が有象無象とは別の線で私を分類していることは自明の理。くだらぬ問いに答える気はない」
「いやいや、自分さあ……自覚、あるやろ? それを理由にこの都市の管理人たるうちが兄ちゃんと話し合いの場を設けてあげただけ……とは考えへんのか? 道端に宝石が転がってるから立ち止まるんと、家ん中に湧いた害虫を駆除する為に立ち止まるんとではまた変わるやろ?」
「つまらん仮定だが……まあ良い。可能性として全く考慮するに値せん、とまでは言わん。だがその場合、現況との矛盾が生じているだろう。貴様が私を真にそう認識しているのであれば、ここに至るまでの過程全てが無駄と言えよう。私が貴様の立場であれば、有無を言わせる余地すら無い」
「うちが優しくて慈悲深い管理人なんかもしれんで?」
「貴様の性根がどうであれ、管理人としての役割を半ば放棄する程の価値を私に見出しているのだとすれば、それがもはや答えと見るがな」
「……ほんま。ゾーイと同じくらい可愛くないなあ」
観念したように天井を仰ぐ管理人を見遣りながら、俺は思考を巡らせ続ける。一見この状況は俺に取って好ましい形で動いているように見えるが、しかし薄氷の上を歩いているに等しい状況なのだ。俺の存在そのものが、爆弾である可能性を除去しきれていないのだから。
(役割という単語に反応したな。ゾーイもよく口にしているが、この世界では重要ワードと見て良さそうだ。そして当然と言えば当然だが、やはり管理人は俺がこの都市の住人でない点に関して認識している。そしてその上で、俺との穏便な接触を図った。つまり、管理人自身も俺の処遇は決めあぐねている……というのが現況)
決めあぐねているということは、即ち、決めあぐねる余地がある……ということだ。
何を当たり前のことを、と思われそうだが、しかし俺が注目すべきなのは"余地"の部分である以上、ここの認識は重要である。「決めあぐねてるんだなーふーん」で思考を止めてしまうのは、愚か以外の言葉がないからな。
(姿勢が慎重かつ、消極的に探りを入れている様子を見るに、マーニから俺に関する情報の連絡が降りている可能性はほぼ無いと見て構わなさそうだ。そして、俺が問答無用で処理されないということはシャロンが得られる情報に不足があるか、月の外の人間であろうと即抹殺対象ではないと考えることもできる。もしも『月の外の人間は皆殺しだ』みたいな決まりがあったならば、決めあぐねる余地が生じることもないのだから)
この辺はシャロンの有する情報の全容が分からないとどうしようもないがな。シャロンが月の外──即ち、大陸について認識しているのかどうかさえ、俺は分からないのだから。
(加えて、有用性を示せば不審者でも無罪放免かもしれん可能性まであるという。一周回って罠の可能性を疑うが)
シャロンにとって、俺を生かすことで得られる利益が俺の殺すことによって生じる損失よりも大きいかもしれない。だから、殺すべきか生かすべきかを見定めたい。シャロンの思考の大部分を占めているのは、おそらくここだろう。勿論、マーニから殺処分を指示されていないことが前提……と付くがな。
(存外、優しい世界なのか?)
まあマーニがシャロンに丸投げしたせいで「ええ……そんなん困るわ……。殺しを命じてへんってことは、絶対に殺さなあかんって訳でもないってことやし……つまりマーニ様ご自身も……こんなんどないしたらええねん……」みたいな保守的思考なだけの可能性もあるといえばあるが、対面で観察した限り、その線は薄いと結論付けて構わなさそうだ。
となるとマーニのことは一旦脇に置き、如何にしてシャロンを利用するかに思考を回すべきだな。
(それにしても、管理人といえど強気には出ないのか。神々のことを思えば、もっと傲慢な姿勢でもおかしくはないと考えていたのだが……ふむ。明確な上がいるから慎重なのか、管理人としての利益面を計算してのことか──)
これまでの俺への対応。喫茶店に訪れた時点で分かってはいたが、今すぐに俺を殺そうとしていないことは明白だった。そしてそれに留まらず、こちらの意思を尊重する様子まである。正直、ここまで好待遇とは思っていなかったのが率直な感想だ。
その理由は、複数存在するだろう。その理由を完全に絞ることは、現時点では不可能だ。
とはいえ、
(ゾーイの存在が管理人としても無視はできない……というのも少なからずあるか?)
ちらり、とあやとりのようなもので遊んでいるゾーイを横目に見る。喫茶店では不機嫌そうな様子を隠しもしなかった彼女だが、今では幾分か落ち着いているらしい。その理由としては、シャロンが俺を問答無用で処分しようとしていないことが大きいのだろう。
そしてそんな彼女の同席を、シャロンは許している。シャロン側も、ゾーイから俺を引き離すとゾーイが癇癪を起こしそうなことは把握しているであろうにも拘らず、だ。
(ふむ。武力によるものか、立場によるものかで方針は変わりそうだが……。もう少し、ゾーイとシャロンの関係性を把握してから行動したい)
──と、そんなことを考えている時だった。
「ちょっと、私はめちゃくちゃ可愛いわよ。よく見なさいよこの顔を」
「いや、顔で判断して言ってへんわ。てか顔面偏差値だけで言ったら兄ちゃんの方が高いやろ。なんやねんこの顔。どないなっとんねん」
ずいっ、とシャロンが俺の顔を覗き込んでくる。年頃の少女が見ず知らずの異性に顔を近づけるんじゃありませんと叱責したいが、ジルのキャラクター的に無しであるが故、無言でシャロンを睨むことで退けようと試みる。鍛え抜かれた兵士であろうと顔を青くすること間違い無しの視線を受けて、しかし当人達は気にした様子もなく俺を挟んでの会話を続けていた。これが女子会の力なのか、と軽く戦慄する。
「は? あんた系統の異なる顔を同類の偏差値として比べようとしてる? 最悪よそれ。だって不可能だもの。国語の偏差値と数学の偏差値で高さを競うつもり?」
「いや、そんな厳密に比べへんわ。うちのフィーリングやフィーリング。どんだけ顔に拘りあるねん」
「先に顔面偏差値なんて言葉を持ち出したのはあんたでしょうが。偏差値よ、偏差値。めちゃくちゃ強い言葉じゃない。自分に都合が悪くなった瞬間に『いや、さっきの発言はそこまで本気じゃありませんでしたけど?』みたいな感じで逃げないでくれる? 私が反論しなかったら、さっきの自分の発言を本気にしてたんでしょ?」
「してへんわ! ほんまにめんどくさいな!?」
「あーあ。めんどくさいなんて言われて、私の心は深く傷ついたわ。早く家に帰って療養しないと……ということで、帰るわよジル。あんたは私の看病。お分かり?」
「結局うちと一緒の空間にいたくないだけやんけ!」
果たしてシャロンは管理人なのだろうか、と俺は真剣に考える必要があるのかもしれん。実はシャロンはブラフで、裏に真の管理人が潜んでいる可能性。
仮にそうだとすれば、シャロンの表情等からこの世界の俺へのスタンスを推測としても正確性に欠けてしまう。誤情報で俺の判断を誤せ、その隙を突くつもりか。なるほど管理人とやら、中々に謀略も長けて──違うそうじゃない。
(ゾーイとシャロンの関係性が謎だな。かなり気安い……というより、気安すぎないか? 神に近い地位にいる管理人に対しても不遜な物言い……マーニはこの関係性を許容しているのか? 職務の本質的な部分に触れていない範囲だから自由にしている可能性もあるが……)
マーニの性格や価値観、そして目的がイマイチ掴めんな。俺をここまで放置していることもそうだが、案外、マーニは温厚な性格をしていたりするのか……?
(いや、俺達を強制的に拉致している時点で何かしらに難はあるな。常識とか)
遺跡の女も過激だったし。
──と。
「……まあええ。さっさと本題に入ろか」
瞬間、空気が一変した。
ピシリ、と壁に亀裂が走り、扉の前にいた二人組からも剣呑な空気が流れ始める。
(……成る程)
今のシャロンを相手には、ゾーイとて易々と踏み込めまい。実力云々ではなく、権力的な立ち位置の違いが、それを明確にさせているのだ。それを理解しているのか、ゾーイは面倒くさそうにため息を吐いて、腰深く座り直した。
「ゾーイも、うちが接触してる時点でもう分かっとるやろ? 自分のやってることが、問題を先延ばしにするだけでしかないってことくらいな。少し、静かにせえ」
「……ちっ。分かったわよ」
「てな訳で単刀直入に訊くけどや──ジル。己はなにもんや?」
やはり来たか、と俺は内心で一人呟いた。とはいえ、俺の答えは最初から決まっているも同義なのだが。
「私が何者か、か。甚だ遺憾だが、私自身も完全には把握しておらん」
「煙に巻くつもりか?」
「否。単純に、私が己自身を記憶していないだけの事」
目を細めるシャロンと、それを真っ向から見下ろす俺。暫しの静寂の後、先に口を開いたのは、やはりと言うべきかシャロンの方だった。
「……記憶喪失って言いたいんか?」
「然り。とはいえ、貴様の言葉から、私がこの都市の住人でない事は把握できたがな。先の言葉は、貴様がこの都市の住人全てを把握していなければ出てこない類のものであるが故、な」
「……」
腕を組み、考える素振りを見せるシャロンを見ながら、俺はこの後の流れを再度計算し、予測を立てていた。
(……ゾーイは記憶喪失を流した。だがそれは記憶喪失の真偽がどうであれ、ゾーイとしては自分にとって望ましい答えを長期的に出せれば良いと考えていたからだ)
そしてそれは逆にいえば、さっさと答えが欲しい場合には、記憶喪失という事実を看過し難いということでもある。先程シャロンが言っていたように、誤魔化しているようにしか見えないのだから。
(加えて、ゾーイは俺が災厄から出現した異常現象を見ているから、『あんなものに巻き込まれていたんだから記憶喪失ってのもあり得るかもしれない』と思えた部分も大きい。だが何より決定的なのは、ゾーイとシャロンとでは、文字通り立場が違うということだ。結局は一般人に近いゾーイと、統治側のシャロンでは私情を優先できる度合いに差がありすぎる)
シャロンは統治者であるが故に、私情よりも優先すべきものが多く存在する。私情を優先した結果、都市の統治に不備が起きるなんてことがあってはならないからだ。彼女の放つ雰囲気がガラリと変化したのが、その証拠。
元々常人では受け入れ難い空気を発していた──俺やゾーイ、彼女に忠誠心がある者でもなければ、自然体で受け答えなんて不可能な程度には──が、今の彼女からは、攻撃性のようなものすら放たれている。ここからの対応を誤れば、間違いなく"決定的な敵対"は必至だろう。
それはあまりにも俺にとって不都合な展開であり、避けなければならない未来である。
(だが単純に、敵対を避けることに注力しても意味がない。それなら災厄の時に出しゃばらず、大人しく引きこもっておけという話だ)
管理人と対面しておきながら、この場で何も変化を起こせないのは愚の骨頂。「敵対を避ける為にめちゃくちゃ無難に対応する」なんて選択は、事態の停滞を招くだけで好転にはなり得ないのである。
(故に、変化を起こす為の種を蒔きつつ、決定的な敵対を避ける。これが、俺の必須事項だ)
俺がこの場で蒔いておきたい種は、主に三つ存在する。種同士を厳密に深掘りすれば被っている部分もあるのだが、ここではあえて三つとした。
一つ、シャロンに己の有用性を示すこと。
二つ、ゾーイを完全に俺の側に引き込むこと。
三つ、シャロンの手札を一枚切らせること。
この三つの種を蒔くことができれば当面の間──少なくともマーニと接触するまでの間は安全が確保されるし、マーニとの接触、シリル達との合流に近づけるというのが俺の予測だ。
(しかしまあ残念ながら、世の中は甘くない。確実に三つの種を蒔きつつ、決定的な敵対を避けるには……悲しいことに、シャロンと一時的に衝突する必要は出てくる)
決定的な敵対を避けたいのに、一時的に衝突する。矛盾しているように見えるが、それが俺にできる最善策の一つなのである。
(とはいえ、超えてはならないラインを見極めつつだがな。そうじゃないと決定的な敵対をしてしまい、本末転倒だ)
シャロンと衝突するのは良いが、それが決定的な亀裂になってはならない。互いに手札の一枚を切る──牽制程度のレベルで目的を済ませられるのがベストだ。
(シャロン個人を相手に敵対するだけなら、まあ構わない。油断や慢心ではなく、その程度は対処できないと今後が話にならないからだ。だがこの場合、シャロンの背景がネックとなる)
はっきり言おう。都市の全てを敵に回す展開になると、俺は絶対に勝てない。都市全てと敵対することになれば、最終的には月の世界全てとの戦争にまで発展する可能性が高いからだ。
それを避ける為にも、あくまでシャロンとのタイマン勝負に持ち込む必要がある。
(これらを念頭に置きつつこの場の主導権を握り、目的を果たさなければ。調整やタイミングはシビアだが、やるしかない)
──尤も、未知数の存在と衝突する時点で、どれだけリスクヘッジをしたところで俺の安全性は別に高くはないのだが。
(……ふう)
それに、シャロンの行動には不可解な部分が幾らか見受けられる。それもあって、博打の部分が生じてしまうのは俺としてはあまり好みではないのだが……あの時、遺跡で女に負けてしまったのだから仕方がない。
これは必要経費として割り切って、俺の望む展開を手繰り寄せて巻き返すとしよう。幸いにしてシャロンの性格は──俺からしてみれば、比較的やりやすい。
「都市間の移動は基本的には認められへんし、例外にしたって双方の都市管理人の許可無しには不可能や。仮に自分が他の都市の住人やとしても、この都市に入って来てる時点で、うちが把握してへんのはあり得へん」
「その発言を真とする判断できる根拠を、私は持ち合わせておらんがな」
前提として、俺の存在は管理人の視点から判断するならば、有無を言わさず処分するか、マーニに報告して指示を仰ぐかになるレベルの危険物である。にも拘らず、そのどちらもしていないのにはそれ相応の理由があり、仮にその理由が消失したらその時点で決定的な敵対関係に移行するのは、火を見るより明らかだろう。
ならば話は単純だ。理由が消失しない範囲で理由を弱めて、シャロン側のメリットを一時的に小さくしてしまえば良い。即ち、ギリギリの綱渡り。俺がこれまでやってきたことと、何一つ変わらないものだ。
「真偽は重要とちゃうやろ。兄ちゃんが真実を語る分にはなあ」
「ふん。記憶が無い、と言ったはずだが? 故に私は、私が得た情報から逆算して己の状況を推察し、語る他ない。その判断材料となり得る情報の真偽を懸念するのは、至極当然だろう。それとも貴様は偽りの情報で事の審議を行うのか? 管理人が聞いて呆れるな」
嘲るように、俺は口元に弧を描いた。あからさまな挑発だが、月の住人にはこの手の挑発が有効であることは、これまで得た情報から容易に予測できるものだ。
「貴様が私をどこまで把握しているのか、その情報の提供すら無い以上、己の記憶を失っている私から語る事は皆無と知れ」
「自信満々に『自分は何も分かりません』なんて言うてんちゃうぞ。うちが己を不審者として処分できることくらい、想像できへんか? うちが己に多少は価値を見出しているから、安全地帯にいるとでも過信しとるんか?」
「面白い。ならば実演してみろ管理人。貴様が私を呼び出し、こうして詰問している時点で、処分が貴様の裁量権を超えていると判断できるがな」
「はっ。記憶喪失も含めて、その強がりがどこまで続くか見ものやな」
シャロンの発言がどこまでが真実なのか、そこに対する思考や観察も忘れてはならない。
ブラフやハッタリ、意図的な情報の秘匿で場を掌握しようとしているのは相手も同じこと。シャロンはこう口にしているが、実は俺が大陸の人間であることを最初から把握していたのかもしれない──そんな0に等しい可能性に対する対策も、頭の片隅の片隅では練っておく。
あらゆる可能性に対する対策を全てを並行して行い、正面からの騙し合いを上回れ。
「それくらいにしなさいよ、シャロン。私はこいつを拾ってからそこそこ一緒にいるけど、別に悪い奴じゃないわよこいつ。律儀だし」
「黙っとれ。そんな私情で判断できへんわ。どこまでほんまなんかも判断できへんしな」
「……けど、こいつは──」
「管理人に同意というのは業腹だが、ゾーイ。貴様は下がっていろ。今は私と、この娘の論争であるが故」
「えらい自信家やな浮浪者。災厄の現場におった以上……ゾーイの立場、全く知らんって訳やないんやろ? 援護はいらんのか?」
「くく。貴様を相手にするのに、他者の手を借りるなど、己に対する裏切りも同義。そもそも貴様風情が私を相手どるなど、これ以上なく力不足であろうに。その誇りは買うがな」
……さて、そろそろか。
「私は、自らの情報を何一つとして知らん。自らの怠慢を私に被せるとは、管理人が聞いて笑わせる」
「……そうか。それが、己の答えか」
表情から感情を消し、小さく呟いたシャロン。その様子を見て、俺は自らの気を引き締め──
「代行権限、心肺停止」
──直後。俺の心臓の鼓動が、瞬時に停止した。
◆◆◆
「っ! シャロンあんた──」
「記憶喪失? んなもんで、この場を誤魔化そうなんざ甘いねん」
掴みかかるゾーイを無視して、シャロンは冷たい眼差しで青年を眺めていた。自らの胸元を抑え、顔を俯かせた青年を。その様子を見て、思わず【贈物】を発動しかけたゾーイだったが。
「今すぐ真実を吐けえ。そしたら心臓を動かすことを許したるわ」
「……っ」
ゾーイの瞳が、揺れる。
(こいつ……なんで……)
ジルが記憶喪失かどうか。その真偽は、正直ゾーイにも分からない。だがそんなゾーイでも、ジルの先の発言に関して、確実に言えることがあった。
(なんで、災厄から出てきたってことを言わなかったのよ……)
ゾーイとジルの邂逅。その時はジルに意識はなかったが、しかし自分からそのことを聞いて、把握していたはずなのに。
(それを言っていれば、シャロンの性格的に、多少は温情をかけてくれたかもしれないのに。なんで……)
災厄の真実、延いてはこの世界の真実について知りたい。そう考えるゾーイとしては管理人に隠したいことだが、しかし、ジルがそうする理由はないはずだ。そんな、権力者と敵対してまで伏せる必要はなかったはずなのだ。プライドが高いとはいえ、己の境遇を聞かれて隠すような情報ではないのに。
何故、何故──
『私はこいつを拾ってからそこそこ一緒にいるけど、別に悪い奴じゃないわよこいつ。律儀だし』
……。
(まさか、私への義理立て……? 確かに、こいつは意外と律儀だけど、でも……そんな、この世界の住人が管理人からの言葉を拒否してまで貫く程のものじゃないはずで……)
あらゆる疑問が、ゾーイの思考を埋めていた時だった。
「──成る程。それが管理人としての力か」
「……ほー」
心肺が停止したはずの青年が、平然とした様子で顔を上げた。そのことに、驚きを示すゾーイと、少しばかり感心した様子のシャロン。
「ジル、大丈夫なのあんた」
「心肺が機能停止した程度やったら、そこまで苦にならんか。想定通りっちゃ想定通りやけど、やっぱ【絶月】でも上の方の実力は──……いや、待て」
シャロンの目が、驚愕によって見開かれる。
「苦痛に感じてへん? いや、ちゃう。そんなんとちゃう。まさかお前……」
「眼には眼を……という言葉を知っているか、管理人」
まあ知らなくても関係ないが、という声がシャロンとゾーイの耳に入った直後。
「こういう意味だ」
シャロンの体が吹き飛び、轟音と共に壁を貫いた。
矛盾あれば修正します。あとなんか読みにくい表現や流れになってるなと思ったら随時修正していきます。
今話は投稿前にいつも以上に見直しと修正しまくってるんですけど、一周回って分かんなくなってる感も否めないので、感想でご指摘いただけますと嬉しいです。
Q.心肺停止させられたり、壁を破壊する勢いで外に放り出されたりしてますけど、これは軽い衝突なのでしょうか?
A.軽い衝突です。
『かませ犬から始める天下統一』の書籍に関する情報とか呟いたりする作者アカウントです。イラストとか公開していくので、良ければフォローいただけますと幸いです。
https://twitter.com/asukadesu777?s=21&t=GUmS3Qe8iy_o8Tr__NAM_g
追伸:リンク貼れてねえ!ってなりました。活動報告にリンクあるので、コピペとかその辺が面倒な方は活動報告から飛んでください…。
また、書籍化に関する続報です。読後感がアレするのもアレなので、簡潔に済ませます。お時間とらせてしまい大変申し訳ございません。
この度、マイクロマガジン社様のGCノベルズ様から、書籍化させていただくことになりました。今年の秋頃に発売されます。
拙作のイラストを担当してくださる神は【狂zip】先生です。今回はステラのキャラデザを発表させていただきます。こんなにも可愛い子が月に来る前に遺跡でマーニの眷属から心臓ぶち抜かれて「いたたー」で済ませたんだなーと思っててください。ステラ出る時はこの女の子を思い浮かべてください。
https://twitter.com/asukadesu777/status/1689215197159084032?s=46&t=iSfj0O_yUh6LbDtewYjJag




