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 パッセは、助手席のシートに体を預けていた。

 ろくに確認もせず、あの老婆がノーキンの母親だと思い込んでしまった。

 やはり焦っているのか。

「母親か……」

「何か言いましたか、パッセさん」

「おまえの母親は、どんな女だった」

「えっ、おふくろ? 別に普通っスよ」

「優しい母親だったか?」

「まさか。口うるせえだけっしたね」

「元気か?」

「まあ、たぶん」

 パッセの真意を計りかねて、チンピラは運転席で首をひねった。

「俺の母親は体が弱かった」

 病室で、母はいつも弱々しい笑みを浮かべていた。

「あんな男のために、倒れるまで働くことはなかった」

 父は下らない喧嘩で殺された。

 母もその後たった一年で、十も二十も老け、死んだ。

「もうすぐ夏至のお祭りね」

 花火が好きだった母は、マレンツォで毎年夏至の日に行われる花火を、いつも楽しみにしていた。

「どん、どどん」

 あの日。

 母と迎えた最後の夏至の日。

 病室の窓から夜空に咲く大輪の花を見ながら、母は歌うようにつぶやいていた。

「どん、どどん」

 まだ十歳になったばかりの、小さなパッセの背中に触れながら。

「来年も二人で見れたらいいわね」

 まるで叶わぬ夢のようにそう言って、母は笑っていた。

 夏至の日は、もうとっくに過ぎている。

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