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 どん、どどん。

 どん、どどん。

 ぱあん。

「はなび、きれいだね、ママ」

「そうね」

 どん、どどん。

「また来年も、二人で見ようね」

「うん、ママ」

 ぱあん。

「どん、どどん」

「あははっ、どん、どどん」

 ぱあん。

「……どん、どどん。どん、どどん」

「ねえママ。なんでないてるの?」

「どん、どどん。どん、どどん……」



 ドン!

 胸に銃弾を食らった男が、目を見開いたまま、ゆっくりと運河のなかへ落ちていった。

 宵闇よいやみ

 拳銃を発砲した若いチンピラのもとに、銃声を聞きつけた仲間が集まってくる。

「殺しちまったのかよ」

「この野郎、銃を持ってやがったんだ」

「だからって、何も殺っちまわなくても……」

 するとそこに、高価なスーツを着た一人の男が姿を見せた。三十代後半の、細身だが、鷹のように鋭い眼光の男だった。

「あっ……」

 チンピラたちが慌てて場所を空ける。

「誰が殺した?」

「へえ、俺です」

「誰が殺していいと言った?」

 スーツの男の手が、素早く動いた。

 次の瞬間には、若いチンピラの眼前に、拳銃が突きつけられていた。

「す…すいやせん、あいつが銃を持ってて、つい……」

「薬は?」

「それが……」

 チンピラが言いよどんだ。

 男の細い目が、さらに鋭利さを増した。

 チンピラは「ひっ」と声にならない悲鳴をあげた。

 殺される。

 皆、一様に息を止めた。

 ……銃声はない。

 静寂のなか、やがて男は銃を下げた。

 チンピラたちから、安堵の息が漏れた。

「何としても探しだせ。取引がある三日以内にな」

 男が命令すると、チンピラたちは弾かれたように散っていった。

「…………」

 男は、暗闇のなかで、運河に目を向けた。

 運河に落ちた男の死体は、淀んだ流れに乗って、じわじわ進んでいる。いずれどこかの岸に引っかかるか、汚泥おでいのなかに埋まるか。

 住人が騒ぎだす気配はない。

 スラムでは、こんな騒ぎなど日常茶飯事だ。たかがチンピラの死体など、気に掛ける者もいない。

「おまえも馬鹿な男だな、ノーキン」

 流れる死体に向け、男は無表情に……わずかに哀れみの表情を浮かべながら吐き捨てた。

 背後に気配を感じたのは、そのときだ。

「誰だ」

 咄嗟とっさに振り返り、拳銃を構えた。

「…………」

 不規則な足音がして、路地裏から人影が姿を見せる。

 杖を突き、腰の曲がった老婆だった。おぼつかない足取りで歩いている。

 男は肩の力を抜いた。

「婆さん、いつからそこにいた」

 だが、男の問いかけに老婆は答えない。男を見ようともしない。

「おい婆さん、聞いてるのか」

 男は拳銃を手にしたまま、老婆に近付いていった。

 老婆はようやく遅い歩みを止め、顔を上げて男を見た。

 その目は、黄色くにごっていた。

「目が悪いのか」

「あ。誰かおるんかね」

 老婆は唇を震わせながら、弱々しい声を発した。

「婆さん、今ここで起きたことを見た……いや、聞いたのか?」

「はあ。夏至げしはとっくに過ぎたよ」

「何だって?」

 そのとき、けたたましい足音とともに、路地裏から薄着の女が飛びだしてきた。

 男は、今度はそちらに銃口を向けた。

「な…なんだよ、あんた」

 女はびくりと身をすくませた。

 だが悲鳴をあげるようなことはなかった。

 これがスラムの女だ。

娼婦しょうふか」

「だから何だい。悪いけど、今日はもう店仕舞いだよ」

「この婆さんの知りあいか?」

「そうだよ。あたいのアパートの下の部屋に住んでるんだ。もう、ばあちゃん。探したよ」

 女は、老婆の肩を優しく抱いた。

「早く帰ろう。今夜はシチューを作ったんだ」

「へえ、雨は降っておらんぞう」

「何言ってんの。ほら早く。ああ、あんた」

 突っ立っている男に向かって、女は申し訳なさそうに言った。

「婆さんが何かしたんなら、大目に見てやっとくれ。この通り、目も見えないし、もうずっと前からこんな調子なんだからさ。昔はよく、あたいらの面倒めんどう見てくれたもんだけどねえ……」

 それだけ言うと、女は溜め息を吐きながら老婆の背中を押し、路地裏に消えていった。

「花火はまだかのう」

 老婆の声が聞こえ、女が何か答えているようだった。

 二人が去っていった後も、男はじっと老婆の歩いていった暗闇を見続けていた。

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