2︰私という存在の価値
「ここで、働かせてください!!!!」
「…は?」
昨夜、朔夜さんに連れられて…いや、ダジャレのつもりは無かったんです。許してください。
…えー、気を取り直して。
昨夜私はこの御屋敷に着いたのだが、早々に誰と会うことも無く私の部屋だという場所に押し込められ、天蓋付きベッドというどこの王族だとツッコミたい程豪華な物の中で眠りに落ちたのだった。
そして二日目、今朝だ。
使用人だといううさ耳メイドの美少女達に起こされ、食事を与えられてお風呂まで済ませたあとにに、私は気づいてしまったのだ。
『ヤバい。コレは完全にヒモだ』と。
早速この状況を打破すべく、お世話になる代わりに何か仕事をしようと考えたのだ。
「意味がわからないな」
「いえ、だからその、何もしないでお世話になるのは気が引けるというか…」
「はぁ…。真剣な顔してこの部屋に来るから何かと思えば…。
なぁ、ひとつ聞きたいんだが、この世界においてお前のような『落ちてきた者』がどれだけ価値があるか分かってるのか?」
「え…」
私の顔を見て大体を察したのか、朔夜さんは大袈裟にため息をついた。
それから目線でソファーを指して、そこに座れと促される。
「いいか、まず昨夜、お前は狸の子供達にからかわれた」
「はい」
「それから暁にまんまと騙され、屋敷に連れ込まれそうになった」
「…はい」
「…これでも気が付かないと?」
「……。私は、美味しい?」
「それもある」
ふぅ、と息を吐いて朔夜さんが高級そうな1人がけソファの背もたれに体重を預けた。
それからパチン、と指を鳴らすと、突然部屋の扉が勢いよく開かれて執事服を着た茶髪の男性が入ってきた。
……ちなみに、耳も尻尾も生えている。
「コイツはウチの仕様にの1人、ルイだ。種族は犬な」
「よろしくお願いします!」
「で、ルイ、コイツは…」
そこまで言って私の顔を見る朔夜さん。
成程、ここからは私のターンか。
そう思って口を開こうとすると、眉間に皺を寄せて朔夜さんがこちらを見ているのに気がついた。一体どうしたのだろう。
「…そういやお前、名前聞いてないな。なんて言うんだ」
「名前も知らないのに御屋敷に連れてきたんですか?!?!?!」
「いやまぁ、私も朔夜さんの名前は暁さんが呼んでるの聞いて知っただけですし…。
ちなみに私は相月結です」
流れるように会話に入ったルイさ…いや雰囲気的にルイくんかな。
ルイくんは目をまん丸にして驚いている。
確かに、屋敷の主人が招いて1晩泊めてやった客人が、まさか名前も把握してない輩だったとはびっくりするよね。
「という訳でだ」
「何でしょうね、この空気をぶった切って本題に入る感じ…」
「文句があるなら聞くが?」
「いえどうぞ続けてください!」
ちらりと朔夜さんがルイくんを見ると、ルイくんは素直に朔夜さんの隣にやってきた。
本当に良く躾られた犬みたいだ。
「ルイ、お前が知ってる『落ちてきた者』についての情報を話せ」
「はい!
えっと、まず結さんのような方々は3年に1度くらいのペースでやってきます。
あなた達の肉はとても上質で、一部の裕福な人には高額で取引されますし、そうでなくても肉食の方々なら一生に一度は味わいたいと思う食糧です。
ですが残念な事にこの世界に落ちてくることが稀なので中々手に入らないんですよね…」
「完全に食糧なんですね…」
あれ、そういえば犬も肉食べるような…?
アレ????烏もたべるよね…??アレ????
冷や汗が止まらない。
チラリと朔夜さんを見ると、面白そうにニヤニヤしている。
ちょ、無駄にいい顔すぎてムカつくやらむず痒いやらで…。
「でも、一概に食糧として扱えない点もあるんですよ。
それが今結さんが保護されているような状況を作っているんです」
「なるほど!」
「露骨に嬉しそうな顔だな」
「当たり前です!!」
食べるつもりは無いというのがわかっただけでも、ここは本当に安全だと思えるからマシだ。
ただ、私が思っていたよりずっと人間というのは貴重だったらしい。
「まず、この世界と結さんの世界では文明の進み具合にとても差があると分かっています。
過去に何度か持ち込まれている四角い機会…スマホ、ですね。
これだけでも驚きです」
「成程、確かに御屋敷とかは中世っぽい感じしましたね」
「その中世というのは分かりませんが、そういう訳なので、貴重な異世界の話を聞いたり、その技術を取り入れるには結さん達が必要不可欠なんです。
過去には落ちてきた者の力によって新兵器を開発して、戦争で圧勝した領主もいました」
この世界でも戦争があるんだなぁ、とほんのりシリアスな感じになる。
あれ?でも、文化が発達してないって言ってたけど…。
「私が朔夜さんとか暁さんにあった場所は、普通に私の世界と変わらない景色でしたよ?」
自販機の辺りで狸の子供とあったんだから、それは見間違いでは無いはずだ。
「それは恐らく、この世界とお前の世界の重なり合う点だったからだな。
お前にはどう見えていたか知らないが、少なくとも俺には単なる放牧場に見えていた」
「あそこ放牧場だったんですか?!?!」
動物がもれなく擬人化していると言っても過言でないこの異世界で、一体何が放牧されているというのだろうか。
何となく知るのが恐ろしい気がする。
「その辺りはもういいだろう。
兎に角、お前1人で領主争いにまで影響を及ぼすくらい、相月結という人間には価値があると覚えておけ」
「はい……。
いやでも、屋敷内での仕事くらい出来ますよね?」
「……………」
「朔夜さん?」
「……………チッ」
舌打ちしたよね今?
「おいルイ、コイツに仕事教えてやれ」
「!!!!」
「はい!分かりました!」
「という訳だ。おいお前、用は済んだんだろ?
ルイに話があるから少し外してろ。自室にでも行っていい子にしてろよ」
「分かりました!ありがとうございます、朔夜さん」
「…あぁ」
ムスッとした顔をしているけど、こうやってちゃんと返事してくれる辺りはなんだかんだで優しいと思う。
お願いは聞いてもらえたし、言われた通り大人しく部屋に戻るとしますか!
「良いんですか?仕事させても」
「本当は俺だって危険なことはやらせたくない。
だがな、アイツがあそこまで言うなら仕方ないだろ。
それに言い分も十分理解はできる。
………ふ、それにしても、大人しく世話になればいいものを。わざわざ『仕事をさせろ』なんて言う辺り俺は結を気に入ったぞ」
「そうですか…。でも僕、正直一緒に仕事してたら我慢できる自信ないですよ?」
「それは我慢してくれとしか言えないな。
案外、愛らしくて仕方ないペットに変わるかもしれんぞ?」
「あはは。それならそれでいいかもしれませんね。まぁ、頑張ります」
-------❁ ❁ ❁-------
「それでは、まずは厨房から頼まれている野菜の採集から始めましょう!」
「はい!」
ポカポカとちょうどいい陽気の中、ルイくんに連れられて私は屋敷の庭に出ていた。
手渡されたメモを見るが、どうしよう…。
字は読めるんだけど、名前だけ見てもどの野菜の事言ってるのか分からなすぎる…。
「あぁ、それなら…。
僕がまず野菜を抜くので、それと同じものを書いてある個数分、採ってもらえますか?」
「あ、それなら…。ありがとうございます」
「いえいえ」
見せられる野菜を見ては収穫していくのだが、これが意外と面白い。
人参そっくりなのに紫色だったり、どう見てもトマトなのに名前が赤瓜だったりするのだ。
「えーっと、これと…」
「………」
「…これと」
「………」
「………あのー。ルイくん?」
「はい、なんですか?」
「その、近くない?」
先程から、野菜を収穫する私のすぐ後ろをピッタリとくっ付くように、ルイくんが追いかけてくるのだ。
それも無言&真顔で。
「いえ、その、すみません…。
余りにいい匂いがするのでボーッとしていたようです…」
「へっ?!い、いい匂い…?」
どちらかと言うと、農作業もして汗臭いと思うんだけど…。
犬は鼻がいいと聞くが、その辺はどうなのだろう。
「す、すみません!!
あの、汗だけでも舐めさせて貰えませんか…?」
「んんん?!?!?!?!?!?!」
どういう事?!汗?!
いい匂いって汗の事だったの?!もう犬って意味わかんないね?!
「ごめんなさい…。もう限界です…!」
「ひゃ?!?!」
思い切り押し倒されたかと思うと、べろりと首筋を舐められた。
ゾワゾワとしてつい首を竦めると、予想外の強い力で肩を抑えられる。
「ちょ、ルイくん…?!」
「あぁ、美味しい…」
「ひっ?!?!?!
食べないでお願いだから!!!!」
「食べませんよ、なんの為に汗で我慢してると思ってるんですか…」
「………ちょ!!………!!」
ほんと、耳元で囁かないでお願いだから!!!!
思わずぎゅっと目を瞑ると、クスリと笑い声が聞こえた。
何も考えずにパッと目を開けてしまって後悔した。
酷く蕩けた顔のルイくんが視界いっぱいに映っていたからだ。
「可愛いですね…」
「?!?!?!」
心臓がありえないくらい早く動いていて、顔は火を吹きそうで、今にも逃げ出したくなる。ついでに言うと逃げ出そうにもルイくん馬鹿力すぎてビクともしない。
再びルイくんの顔が近づいてきて、思い切り顔を背けた次の瞬間――
「はいそこまで」
「ンンンんンンン!!」
急に覆いかぶさっていたものがなくなって目を瞬かせる。
誰かの手が視界に入り込んできたので、それを取って立ち上がると、目の前には暁さんが立っていた。
「あ、暁さん…?」
「うん、暁だよ。それにしても、昨日の今日で襲われてるとは思わなかったよ」
「結さん、すみませんでした!!!!」
「あ、いえいえ…」
苦笑いしてルイくんに答えると、ふむ、と頷いてから暁さんが私の手をぐっと引いた。
「わ?!ちょ、何するんですか!」
「ふふ、結ちゃんはもう少し危機感を持った方がいいと思ってね」
体制を崩してそのまま胸に飛び込んだ私の腰を、暁さんは両腕で抱えるように抑えた。
「あ、あの…?」
「さっきのルイを見ててわかったと思うけど、大抵は結ちゃんの匂いに我慢が出来ずに引き寄せられるんだ。こういう風にね」
「?!」
ちゅ、と可愛い音を立てて、暁さんは先程舐められていた首にキスをした。
ルイくんも慌てたように暁さんを責めていて、当の私も必死に腕から抜け出そうとはしているんだけど、この人も同じく力が強すぎてビクともしない。
そうこうしているうちに、どこか楽しそうに赤い瞳を細めて暁さんが顔を近づけて来る。
「ちょ、あの、暁さ、や、やめ…
――――昨夜さァァァァァあん!!!!!!!!!!!!」
そこからは早かった。
突然支えを失った私は庭に放り出され、脱兎のごとく庭から出ていく暁さんを、屋敷の2階の窓から飛び出してきた朔夜さんが確保した。
「そ、それじゃあ私は…」
「あ、僕も…」
「結、ルイ」
「「はい!!」」
この隙に逃げようなどと浅はかな考えをしていた私とルイくんだったが、そんなこと叶うはずもなく。
「何があったか説明してもらうぞ。このまま執務室に来い。
それから結――」
「はい!」
「今みたいな事は何時でも起こりうると思っておけ。
…まぁ、俺を呼んだことは褒めてやる。次からも何かあれば俺を呼べ」
「は、はい!!!!」
こうして、2日目は終わった。
この後私とルイは正座で説教されるのだが、それはまた別の話。