第9話 交流会なのです
九尾の店に今日一日お邪魔することになった。
ゆっくりしていけと九尾がいい、さとりが持ってきたお茶を一口飲む。
「なんだこれ、うますぎる!」
今まで飲んだお茶の中で一番おいしいかもしれない。
「これは妾のお気に入りじゃ、そんなに喜ぶなんて思わなかったぞ」
九尾は嬉しそうにしている。
凍子はあまり違いがわからないような顔をして何度も飲んでいる。
「凍子、お前にはわからないのか?」
「わかるのです! でもどのお茶も飲むためにあるのです。私は細かいことは気にしないのです!」
飲むのをやめ、開き直ったような態度をとる。とても分かりやすい、きっとわからなかったんだろうな。
「元さん、なぜ雪女を凍子と呼んでいるのですか?」
さとりが不思議そうに聞いてきた。
この呼び方のせいでさとりも俺の心の中を見る時に少し苦戦したようだし、そもそも妖怪同士はニックネームや名前で呼ぶ文化がない。不思議に思うのも無理はないな。
「これは親しみを込めてそう呼んでるんだ。雪女だとなんだか他人行儀な感じがしないか?」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。仮にも一緒に住むんだ、名前で呼びたいじゃないか」
「彼女は雪女という名前では?」
うーん、難しい奴だな。でも妖怪同士にとってしてみれば確かにそうなんだよな。
妖怪同士で区別する名前が雪女やさとりであって、凍子っていう名前を付ける文化がない。
ここで異文化の交流がなされるなんてな。
「うむうむ、元の言っていることはとても人間らしい意見ではないか」
「まさか、九尾さんが理解を示してくれるなんて思わなかったぜ!」
「何年生きていると思うておる。それに、人間との交流もいくらかあったのでな、言いたいことは何となくわかっておる」
九尾はコホンと咳をし、さとりの方を見る。
「ひどい例えをするならば、犬に名前を付けるだろう。犬種で呼ぶのではなく、何かしら別の名前を付ける。そういったものじゃと妾は理解したぞ」
「元さんは雪女をペットにしているのですか……」
「それは誤解だ!」
ここにきてから誤解が多い気がする。
ペットじゃない、でも最近はペットのような感覚で接してしまうのもまた事実。
さとりはそれを読み取ったのだろうか。
「私は、凍子という名前をもらったときすごくうれしかったのです! 雪女よりも距離が縮まったって感じがするのです!」
「確かに、おぬし等をみていると仲の良さが伝わってくるな」
「実際、元さんは雪女のことを信頼しているみたいですしね」
「さとりの能力は本当に素晴らしいのです!」
俺は少し恥ずかしいが、凍子は満足げだ。
「それはそうと、雪女。なぜ人間と共に暮らしておる? 兄はどうした」
「そ、それは!」
凍子が突然立ち上がった。
顔を真っ赤にしている。前にもこんな顔をしたことがあったな。
それに、お兄さんがいるのか。知らなかった。
凍子は口をパクパクさせている。
「俺の家に突然凍子がクール便で送られてきて、それで成り行きっていうかいろいろあって一緒に住むことにしたんですよ。妖怪とはいえ女の子ですし、外に追い出すのも変かなって思いまして」
「そ、そうなのです! そういうことなのです!」
「それで、兄はどうした? 妹想いの良い兄じゃったが、今頃寂しいと嘆いておるのではないか?」
「お、お兄ちゃんには許可を取ってあるのです! むしろこれはお兄ちゃんの提案なのです!」
「ほう、お前の兄が……詳しく聞きたいものじゃな」
「俺も! 凍子が何で来たのか知りたかったんだ!」
凍子がうちに来た時、情報不足過ぎた。いつまでいるのかも、何もかも結局わからないままだった。
さとりは凍子をじーっと見ている。相変わらず鋭い。
「そ、それは、修行なのです……」
「修行? 確かに、おぬしは力のコントロールが苦手とみえるが、暴走するようになってしまったのか?」
「雪女、あなた、九尾さんに嘘をつこうとしているの?」
「さ、さとり! そんなつもりではないこともわかっているのでしょう! 卑怯なのです!」
さっき素晴らしいと褒めちぎっていたさとりの能力を卑怯と言い出した。一瞬で評価が変わる瞬間を見た。
それにしても動揺している。
俺も九尾と同じ意見だったが、修行の内容はそれだけではないようだ。
凍子は無意識のうちに周りを凍らすことがあったため、修行は力の制御かと思っていた。
ほかに考えられる修行は何かあっただろうか。
暑さに慣れるとか?
「雪女よ、どのような内容であっても怒りはせん。手伝えることがあれば手伝ってやろう」
「そ、それはありがたいのですが、こんなことで九尾さんの手を煩わせるわけにはいきませんのです……」
「それなら私が引き受けましょう。確かに、九尾さんが出るような内容の修行ではないもの」
「さとり! さとりには私の事情が分かっているのですか? お手伝いしてくれますか?」
「ええ、多少意地悪してしまったし、私もそこまでひどい妖怪じゃないから」
凍子はさとりの手を握り目を輝かせている。
さとりは冷たいと言いながら目をそらしている。
「よくわからぬが、話は丸く収まったわけじゃな」
「はいなのです! 九尾さんがここに呼んでくれなかったら、さとりとも出会えてなかったのです! 大感謝なのです!」
「ここには他の妖怪も遊びに来ることが多い。気軽に来るとよい」
凍子は九尾に何度もお辞儀をしている。
忙しい奴だ。
九尾は笑いながらその様子を見ている。
「それじゃあ、雪女。早速だけど、予定を聞かせてもらえる?」
「私はいつでもおっけーなのです! 基本元のお家でお留守番しているのです!」
「じゃあ、私の予定に合わせてもらうことにするから、大体の予定、頭に入れておいてくれる?」
二人で何やら盛り上がっているようだ。
系統は違うがお互い美少女、美少女同士が楽しそうに会話している姿はとても素晴らしいな。
「人間、一人でここに来たいと思うか?」
突然九尾に話しかけられ驚く。
「ま、まあ。でも、俺、人間だが、いけるのか?」
「妾の店じゃぞ? 今日だっておぬし等が来るのはわかっておった。店の前に誰かが立ち止まればそれでわかる」
「そうだったのか。それで、どうやって入れるようになるんだ?」
「簡単なことじゃ。おぬしが来たときに妾が扉を開ければよい」
めちゃくちゃ簡単なことだった。
自分の店だもんな。それくらいはできるか、それに誰が来たのかわかるようだし。
「それじゃあ、その時はよろしくお願いします」
「妾も人間とこうして話すのは久しぶりで楽しい、いつでも来るとよい!」
九尾の笑顔はいつもの九尾からは想像できないような可愛さがあった。
「元! さとりと作戦会議終わったのです!」
「元さん、雪女と住んでいて大変じゃないですか? 私はさっきの会議で疲れてしまいました」
凍子とさとりでは性格のタイプも違うし仕方がない。凍子の元気すぎるところについていけなかったのだろう。
「九尾さん! 今日は本当にありがとうなのです! 元、九尾さんに失礼なことはしていないですか?」
「当たり前だろ! 俺でも知ってる妖怪だし、九尾って言ったら滅茶苦茶に強いイメージだからな!」
「うれしいものじゃな。だがあんまり怖がらなくてよいぞ、元。おぬしを悪いようにはせん」
「元さん、だからといってあまり不敬な態度を取っているといけませんよ」
「そうなのです! 九尾さんはとても強いのです!」
「そんなに人間を怖がらせるでない、妾は元を呪おうと思ったことはまだ一度もないぞ」
まだ、という言葉にすごく引っかかるが、俺はまだ大丈夫らしい。
ていうか、二人が強い強い言っているが、どんだけ強いんだよ!
「そろそろ日も暮れてきたので帰るのです!」
「そうだな、あんまり長くいても申し訳ないしな」
「そうか、気を付けて帰るのじゃぞ」
「九尾さん、私が送っていきます」
九尾に見送られながら三人で店を後にした。
その後、凍子とさとりは仲良くなったようで二人楽しそうにしながら帰っていた。
家まで来ると、さとりはまた九尾のところに帰ると言って、軽く会釈し去っていった。
「今日は楽しかったのです!」
「いい休日だったな」
さとりとも九尾とも仲良くなれたような気がする。
さあ、また明日から頑張るぞ。




