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第8話 九尾さんなのです

 今日は大学が休みの最高の日だ。

 いつもなら一人、優雅に休日を過ごす。

 といっても、ゲームか大学で出た課題を進めるくらいのことしかしない。主にゲームなのだが。


 だが、今は雪女の凍子(とうこ)が家に住んでいる。

 今日は自分のしたいことじゃなくて、凍子のしたいことでもしてやるか。


「おはよう、凍子」

「元、おはようございますなのです! 今日はだいがくとやらにはいかないのですか?」

「今日は講義が無いんだ。だから今日はいかないよ」

「そうなのですか!」


 凍子は少し笑顔になり、足取りが軽いように見えた。


「今日の朝ご飯はなにかなー! なのです!」

「今日は鮭もついてくるぞ! なんせ時間があるからな!」

「お休みは最高なのです!」


 俺もそう思うよ。

 お休みは本当に最高だ。そして、人間には必要不可欠のものだ、と俺は大きな声で言いたい。


「そうだ、今日はお前のしたいことをしようと思ってんだけど、何しようか?」

「え、今日は私のしたいことでいいのですか?」


 箸を持ったまま固まってしまった。

 なにやら少し悩んでいるようだ。


「あの、九尾さんのところに行きませんか?」

「九尾のところか?」

「あ、嫌ならいいのです! 元はつまんないかもしれないですから!」


 いずれ行かなくてはいけないとは俺も考えていた。

 他の妖怪に会って、凍子のことをもっと知るべきだし、凍子も妖怪同士交流を広げるべきだと思う。


「わかった、俺も行きたいと思っていたから一緒に行こう」

「本当にいいのですか? 妖怪のお話はつまらないかもしれないですよ?」

「いいよ、俺、お前と少し過ごしてたら妖怪について興味がわいてきたしさ」

「ありがとうございますなのです! それじゃあ、九尾さんのところに一緒に行きましょう! きっと、九尾さんならいろんなお話をしてくれると思うのです!」


 嬉しそうにしていて安心した。

 でも、俺のことは気にせず妖怪同士、妖怪の世界の話をしてほしい。

 聞いているだけでも面白そうだ。


「前に九尾さんからもらった地図を頼りに出発なのです!」

「案内頼むぜ!」

「私はここら辺の土地勘が全くないので、それは元にお願いするのです!」

「おいおい、地図がわからなくても妖怪同士なんかないのか?」

「さすがに遠すぎるのです! そんな感じていたら家の中で落ち着けないのですよ!」


 ごもっとも。

 俺が地図を読んでいき、九尾の気配を感じたら凍子が知らせるという作戦に決まった。


 凍子、二回目のお出かけ。

 今日は結構晴れているせいで、日差しが強く、暖かい陽気だ。

 俺たち人間にとっては普通だが、雪女の凍子にとってはどうだろうか。


「あ、暑いのです……」


 案の定溶けかけている。


「凍子、大丈夫か?」

「でも、行くと決めたのです。それに室内はきっと安全なので、早く到着すれば問題ないのです」


 凍子の周りに粒子はない。

 やはり、雪女は普通の人間と同じ感覚ではないのだ。そりゃ寒さに強ければ、暑さには弱いだろう。

 湯舟を凍らせるくらい彼女は冷たいのだ。

 夏が来る前には何とか自分のいた場所に帰ったほうがよさそうだな……


「凍子、何か感じるか? この路地の奥だと思うんだが」

「ううーん、何となく感じるような気がするのですが、はっきりとは感じられないのです」

「もう少し近づかないとダメか」


 ジュスコの時もそんなに離れていない距離で察知した点を考えてもそれが妥当だろう。

 しかし、九尾の奴ももう少しわかりやすいようにしてほしいものだ。地図があまりにもシンプルで少し不安になる。

 目印のヒントが少なめだ。


「元! きっと近いのです! 左側にから感じるのです」


 左側を見ると、何もないように見える。


「ただの壁だぞ?」

「元、任せてほしいのです」


 凍子が壁に手を当てる。

 すると手が壁に入っていく。まるで壁が溶けたような、透けているような、見たこともない現象に驚きを隠せない。


「私の手をつかんでおくのです。そうすればきっと一緒に行くことができますよ」

「俺のこと、よろしく頼むぞ!」


 目を思いっきり瞑る。

 正直怖いのだ。どうなるんだろう、このままこっちに戻ってこれなくなったりしないだろうな……?


「よく来たな、雪女、人間よ」


 目を開けるとそこには何やら怪しげな場所の中央に九尾の姿が見える。

 たくさんの本や謎の雑貨、部屋の中もなんだか薄暗く、まさに妖怪の部屋という印象だ。


「九尾さん! 今日は人間の姿じゃないのですか?」

「こやつは人間であるが、雪女と共に行動しておるのだろう? ならば、今更本来の姿を隠す必要もあるまい」


 狐……まさに九尾。九本の尻尾に、耳。

 あの日見た人間の姿とは全く違っていた。とにかくもふもふしてらっしゃる。


「一緒に来いといったのは、そうしないと人間はここに入ることができないからじゃ」


 九尾がこちらを見る。

 人間の時よりも少し怖いな。強い力のようなものを感じる。


「九尾さん? 誰か来たのですか?」


 聞き覚えのある声が奥から聞こえてくる。

 凛としているような、少しクールな、でも、まさかな。


「こっちにおいで、雪女が来ておるぞ」

「雪女……ああ、あなたが凍子でしたか」


 現れたのはそのまさかだった。


「初めまして、さとりです。元さんは、初めましてじゃないわね?」


 口調は大学にいたときよりも少々高圧的だったが、明らかに彼女は大学で覚心さとりと名乗った後輩だった。


「さとり、なのか。お前、人間じゃないのか?」

「あら、さとりという名前の妖怪を知らないの?」

「元、さとりは心を読める妖怪なのですよ」

「心を読める妖怪……」


 そういえば心当たりがある。

 何度も心の中を見透かされていたような感覚もあったし、今思えば名前だって聞いたんじゃなく見ていた?

 他にも、心を読める妖怪らしいところはいくつもあった・


「元さん、やっと気が付きましたか。誰と同居しているのかと思えば、凍子とは雪女のことだったのね」

「なんじゃ、さとり、この人間と知り合いだったのか」

「はい、大学で妖怪の匂いのするものを見つけたので近づいたら人間でした。まさか、人間と住んでいる妖怪がいただなんて」


 凍子をにらみつける。

 だから気になるとさとりは言っていたのか。凍子と呼んでいるのは俺だけだし、雪女だとわからなかったんだろう。

 俺から妖怪の匂いがしていたのは驚きだが。


「さとり、何でもっと早くに言ってくれなかったんだ? 見えてたんだろ?」

「何を言っているんですか? 私は妖怪、さとりですよ」

「元はさとりに遊ばれたのですよ、いい妖怪ばかりではないのです」

「雪女は私を悪い妖怪だと思っているの?」

「妖怪と仲良くできる人間を騙したのです、そう思っても仕方ないのです!」


 さとりと凍子が言い合いをしている。九尾はにこにこしながらただ見ているだけだ。


「まあ、だまして悪かったわ、元。大学では後輩だけど、ここでは先輩だし、いつも通りでいかせてもらうわ」

「本当は結構高圧的なんだな」

「尊敬している人にはもちろんそんな態度ではないけど、あなたは尊敬していないもの」


 さとりの前では嘘がつけない。だが、本人も嘘をつけない性格なのか、物事をずいぶんはっきりと言ってくる。

 本当はこんな奴だったのか、あの頃の可愛いさとりが懐かしい。


「これからも私は可愛いさとりよ」

「え?」

「元! さとりのことを可愛いと思っていたのですか!」

「人間は単純じゃな、私のことはどう思う?」

「威厳が感じられてかっこいいと思ってます!」

「嘘です、もふもふ、そう思っております」

「もふもふ?」


 さとりは九尾を相当尊敬しているらしいな。

 九尾は不思議そうな顔をしている。


「それは良い意味なのか?」

「人間らしい、いやらしい表現ですね、九尾様、お気を付けください」

「そういう意味じゃない!」

「まあ、お前が私に勝つことはできまい、どう思おうがおぬしの勝手じゃ」


 誤解がそのままになっている気がする。

 むしろ、少し悪化している気がする。


「元はいいやつなのです。九尾さん、仲良くしてほしいのです」

「雪女を見ていればいいやつなことはわかる。助けてもらったのだろう」

「そうなのです! さとりも、あんまり警戒しないでほしいのです!」


 凍子……!

 一番初めに仲良くなった妖怪がお前で本当に良かったよ!


「せっかく来たのじゃ、ゆっくりしていくといい」


 目の前にテーブルが現れ、お茶が運ばれてきた。


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