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第7話 さとりなのです

 昨日、凍子(とうこ)が空腹で倒れた。

 凍子曰く、冷蔵庫の中の食べ物、どれが食べてもいいものなのかがわからなかったらしい。

 何を食べても良かったのだが、凍子なりの気遣いで手を付けられなかったようだ。


「凍子、炊飯器の中にまだ米残ってるから、それと、ふりかけは何でも使え。とにかくちゃんと食べろよ!」

「わかったのです! 今日はしっかり食べます!」


 今日はデザートでも買って帰ろうか。


「それじゃあ、今日も大学に行ってくるから。留守は頼んだぞ」

「任せてほしいのです!」


 なぜかどや顔をする凍子。昨日一日、空腹状態だったものの留守番は成功させたからだろうか。


「はじめー! いってらっしゃいなのですー!」


 今日も元気な凍子に見送られて大学に行く。

 母さん以外に見送ってもらうのは初めてなのだが、悪くない。


「今日は早めに終わって帰れるな」


 大学の講義は実に退屈だ。多くの生徒はスマートフォンをいじっていたり、ゲームで遊んだり、おしゃべりしている人たちだっている。

 講義によってはまるで動物園のようになっている。


「元さん、おはようございます」


 後ろから話しかけてきたのは昨日出会ったばかりのさとりだった。


「さとりか、おはよう」

「今日も会えましたね。大学って人が多いから、会えないんじゃないかって思っていました」

「俺もだよ。昨日さとりがまた明日って言ったとき、さすがに無理だろうって思ってたよ」

「さすがに今日は同じ講義はなさそうなので、よければ一緒にお昼ご飯でもどうですか?」

「さとりさえよければ、じゃあ昼にカフェで待ち合わせにするか」

「はい、お願いします。それじゃあ」


 さとりは軽く会釈したあと一人で歩いて行ってしまった。

 俺も早く教室に行かなくては。もうそろそろ講義が始まってしまう。


 それにしても、他に友達は本当にいないのだろうか。

 馴染めないとはいっていたし、何かと大変なのだろう。


「でもやっぱり、俺よりも他の女の子たちと食べたほうがきっと、さとりに友達ができるきっかけになると思うんだけどなあ」


 あんなにかわいいのだからきっとどこかでファンみたいなのができてるんじゃないだろうか。

 クールな雰囲気で近寄りがたいのはわかるが、結構人懐っこい、のか?





 いつの間にか講義は終わり、待ち合わせ場所であるカフェに向かう。


「さとり、もう待ってるかな……」


 昼は人も多い。俺ならこの人の中で一人で待っているのは正直辛い。

 やっぱり、俺よりも他の同い年の女の子たちと一緒のほうがよかったんじゃ……


「元さん、席、取っておきました」

「悪いな、待たせて」

「いえ、さっきまで空いていたので問題はありません」


 二限終わりと同時に人が一気に増えたらしい。


「本当にありがとう! ここ、人が多くて席取るの結構大変なんだよな。もしだめだったら別の場所に移動しようと思ってたところ」

「そうでしたか、でもゆっくりお話しできる環境ができてよかったです」


 さとりと向かい合って座る。

 目が合う。相変わらずさとりは目をそらそうとはしない。

 さとりの視線にはなかなか慣れそうにない。


「今日はサンドイッチにしたんです。元さんは?」


 カバンの中からサンドイッチと水を取り出すと微笑みながらサンドイッチの袋を開ける。


「俺は、おにぎりだな。朝あんまり時間なくて、コンビニに寄る時間ないと思ってさ、自分で作ってきたんだよ」

「家庭的ですね。私のはコンビニのサンドイッチです。私、コンビニのサンドイッチが大好きで、定期的に買ってしまうんです」

「俺も好きだな、コンビニっておいしいもの多いよなあ」

「はい、でも、ちょっぴり高いので毎日は買えませんが」


 おいしそうにサンドイッチを食べるさとり。

 本当にサンドイッチが好きなんだな。


「あと、朝は忙しかったんですか?」

「まあなー、いつも朝はあんまり余裕がないんだけど、今日はいろいろね」

「誰かと、一緒に住んでいるからですか?」

「ま、まあ、同居人らしきやつがいるな」


 さとりは感がいいというか、目を合わせたときもそうだが、すべてを見られている感覚がありちょっとだけ不思議な子だ。

 もしかして、どこかで凍子といるところでも見られてたのか?


「羨ましいですね、どなたかは存じませんが、すごくかわいい女の子なんじゃないですか?」


 やっぱりさとりはすごい。

 この子の前では嘘をついたりしてもすぐにばれてしまうんじゃないだろうか。


「その通りだ。正直すごくかわいいが、なんていうか抜けてるところがあって、それで今日の朝も時間が無くなったってわけだよ」

「そういうことだったんですね」

「それにしてもよくわかったな」

「私、専攻は心理学ですし、元さんは嘘を隠すのが苦手なのではないですか?」


 そういうことだったのか。それにしても心理学ってのはすごいな。

 よく顔に出るタイプだとは言われていたが、こんなにも顔に出ているものか?

 心理学ってそこまでわかるものなのか?

 

 そういえば、智則も一時期心理学を学ぼうとしてたっけ。


「そろそろお昼の時間も終わりだな、さとりはこの後授業あるのか?」

「はい、なのでそろそろ失礼しますね」

「そうだな、今日は誘ってくれてありがとうな」

「いえ、また近日中に会えるかと思いますので、それじゃ」

「お、おう」


 なんだかよくわからない子だ。

 でも、また近日中に会えるか。もう少し仲良くなってみたいな。

 あと、同級生ともお昼ご飯一緒に食べたほうがいいぞって言うの忘れてた。


「まあ、他の授業では誰かと一緒かもしれないしな」



 講義が一通り終わり、大学からやっと解放される。

 毎度大学が終わるとこの解放感にすっきりする。他の奴らはバイトやらサークルやらで大変そうだが、俺はそういった点では自由だ。


「今日は凍子のためにもデザートを買っていくか!」


 家の近所にあったコンビニでアイスクリームを買う。

 他のエクレアやケーキも目に入ったが、きっと雪女ならアイスクリームのほうが喜ぶだろう。

 おいしそうに食べる凍子の顔が浮かんでくる。


「おーい、凍子! 今日は大丈夫かー!」

「おかえりなのです! 元!」


 リビングから元気よく凍子が飛び出してきた。

 今日はしっかりご飯も食べて無事だったようだ。


「元、その袋は何なのですか?」


 凍子が俺の持っている袋の中身を見ながら言った。


「これは今日のデザートだ! お風呂に入った後にでも食べようと思って買ってきた」

「デザートですか?」

「そうだ、凍子がこれからも留守番を頑張れるように、先行投資しようと思ってな」

「元は最高なのです! これからも家を守り続けるのです! この家を脅かすものは全て氷漬けにしてやるのですよ!」


 いつになく張り切る凍子。

 その意気込みはありがたいが、当分通販サイトは使えないな。宅配便のお兄さんが氷漬けにされては困る。


「とりあえず、アイスは冷凍庫に入れておくから、あとで一緒に食べような」

「アイスは冷凍庫、ということは、ついに冷たい食べ物なのですか!」


 みるみる元気になっていく、アイスを選んだのは正解だったようだ。


「そうだ、アイスは冷たい、そして暑いと溶ける! そういうものだ!」

「なんだか少し親近感なのです。楽しみなのです!」


 凍子はおもむろに服を脱ぎ始めた。


「おい! 何してんだ!」

「お風呂に入った後で食べることができるのでしょう? なので早く入ってしまおうかと思って!」

「夕ご飯の後にお風呂、アイス、その順番だ! それに、もう少し恥じらいを覚えろ!」

「申し訳ないのですー!」


 今日も凍子は相変わらず凍子だった。



「元、とってもおいしかったのです!」


 そして、アイスを満足そうに食べる凍子の姿を見た俺は、明日も明後日もアイスを買ってあげたいと本気で思ってしまった。まあ、買ってきて本当に良かった。

 今度多めに買ってストックするか。

 


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