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第5話 お買い物なのです

 この近くで一番大きなデパートであるジュスコに到着した。

 ジュスコにはいろんなお店が入っているから、行けば大体のものは揃うありがたい場所だ。


「ほら、ついたぞ」

「は、恥ずかしい思いをしているうちに、もう着いたのです!」


 誰かと話をしながら歩くと目的地まであっという間に感じる気持ちはよくわかる。俺も凍子(とうこ)と同じ感想だからな。


「大きいのです、迷ってしまいそうなのです」

「人も多いからなー」


 そして今、脳裏に恐ろしい内容がよぎる。

 もしかして、俺、ひとりごとの大きな超危険人物になっていないだろうか。

 凍子は雪女、つまり妖怪だ。俺に見えているのが何らかの奇跡であって、他の一般人には見えてないなんてこと、あり得るんじゃないか?


「と、凍子さん?」


 周りを気にして少し小さめの声で話しかける。


「どうしたのですか(はじめ)、声が小さいのです」

「だって、凍子って他の人間には見えてるのか? もし見えてないとしたら俺、かなり危ないやつになっちゃうんだけど」

「それなら安心するのです。私は妖怪ですけど、雪女は基本人間に見える妖怪ではないですか!」


 正直、妖怪の世界についてあまり詳しくない。

だから、雪女っていう妖怪も、雪のある所に突然現れ、人、特に男性をだます美女くらいにしか認識していなかった。そもそもそれも正しいかどうかわからない。


 しかし、これが正しいかどうかは別として、人間をだますためには人に認識される必要があることに気が付く。


「なので、元は私と二人で歩いて、会話している、正常な人間なのですよ」

「よ、よかったあ……」


 安堵も束の間、それはそれで気恥ずかしさがこみ上げてくる。

 

 俺の隣にいるこの美少女が他の人たちに見えるってことは、俺は傍から見れば美少女とデートしていると思われる可能性があるってことだ。

 つまり、俺が超絶イケメンではない限り、不釣り合いだと思われるに違いない。


「どうしたのですか? それでもまだ心配なのですか?」


 どう思われたって、美少女と歩けていることはステータスだと思おう。

 凍子は何も気にしていないようだ。俺も何も考えずに今は買い物を楽しもう。


「いや、ちょっと考え事をしてただけだ。凍子も楽しめよ」

「楽しむつもりで来ているのです! 何を見ましょうか?」

「とりあえず、最初は凍子がうちで生活するにあたって必要なものでも揃えるか」


 とはいえ、何から攻めようか。


「昨日宙に浮いて寝たらしいが、それって快適なのか?」

「私はいつでも宙に浮いたりすることができるので特に気にはなりませんが、気持ちとしてはお布団が恋しいのです」

「じゃあ、布団から見に行くか」


 布団を見るために、ジュスコ内の家具屋に入る。

 いろんな種類の布団や、家具が置いてある景色に凍子は好奇心を抑えられないでいるようだ。


「いろんなものがたくさん並んでいるのです! それになんだかきれいなのです!」

「布団以外にもいろいろ見て回るか」

「わーい! 見てなのです! コップが色ごとに並べられていてすごくきれいなのです!」


 こいつ、コンビニに行ったりしても興奮しそうな勢いだな。

 きれいに整頓されて並んでいるものに対して美を感じるのは俺もよーくわかるが、凍子の場合普通よりも少し基準が低いように思える。


 特にカーテンがずらりと並んでいるところでの凍子は子供のようにカーテンを一つ一つ触って裏と表を確かめていた。

 

「さ、本題の布団選びするぞ!」

「これもまた、いろんなものがあるのですね!」


 そういうとあたりを物色し始めた。触ってみたり、なぜか遠くから見てみたり……

 

 急に凍子が小走りで俺のもとに駆け寄ってきた。


「元! 素晴らしいものを発見したのです!」


 凍子の指さした先にあったものは、ひんやりマットという商品だった。


「これはすごいのです! 触ると他のものよりはちょっぴり冷たいのです!」

「確かに、今まで触ったことなかったけど思ったよりも違うもんだな」

「私はこれを使いたいのです! 少しでも涼しさを求めたいのです!」


 凍子自体から若干の冷気が出ていると思うのだが、本人にしてみれば暑いのか。雪女だし、仕方がないか。


「よし、じゃあこのクール布団セットに決定だな」

「嬉しすぎるのです! 今晩は眠れないのです!」

「そこはぐっすり寝てくれよ」


 レジを済ませ、ジュスコをまた見回ることにする。


 突然凍子の足が止まった。


「元、なんだか感じませんか?」

「何がだよ、俺は特に何も感じていないが」

「この気配は人間じゃないのです。ジュスコの中に私のような妖怪が紛れ込んでいるのですよ!」


 おいおい、まじかよ。妖怪って他にもいろんな種類がいることは知っていたが、こんな身近に、それにデパートの中にいるなんてことがあるのか?

 まさかこの短時間で、凍子以外の妖怪にも会うことになるなんて。


「きっとあちらの妖怪も少なからず気が付いてはいると思うのです。ですが、全員が人間に優しい妖怪ばかりではないので、元も少し気を付けていて欲しいのです」


 戦い、なんてことにならないよな。妖怪戦争、みたいな。

 修行しているっていうのも、勝つために強くなりたいっていうのに納得がいくことになるし。


「そのほかの妖怪が見つかれば、お前の帰り方もわかるんじゃないのか?」

「いい案ですが、いたずら好きな子だったら遊ばれてしまうのです」


 少しあたりを見回し、気を付けながら進む。


 ジュスコの中でこんな風に歩く日が来るなんて思わなかった。妄想とか漫画の世界のようでちょっと緊張感あるな。


「元、私が前を歩くのでちゃんとついてくるのでって、うわあ!」

「と、凍子!」


 後ろを振り返ると凍子は誰かに抱き付かれていた。


「雪女ではないか、こんな場所にいるとは珍しい」

九尾(キュウビ)さん! 九尾さんこそどうしてここにいるのですか?」


 抱き付いていたのは九尾という妖怪だったようだ。

 俺のイメージとは違い、耳やもふもふの尻尾もない。


 しかし、この九尾さんも凍子に負けず劣らずの美しさだな。妖怪っていうのはそういうDNAでも持っているのだろうか。


「妾はちょっとした買い物に来ていただけじゃ」

「私たちもお買い物をしていたのです!」

「私たち? おぬし、その人間と共に行動しておるのか?」


 九尾は少し睨みつけるようにこちらを見る。


「そうなのです!」

「初めまして、霧島元です。よろしくお願いします、でいいのかな」

「ふふ、礼儀の正しい者は好きじゃ。初めまして、元。妾は狐の妖怪、九尾じゃ」


 九尾は鋭い表情から一瞬で柔和な表情に変化した。

 嫌われていないようでひとまず安心か。


「そうじゃ、この近くに妾の店がある」


 そう言って笑うと、カバンの中から紙を取り出した。


「これがその地図じゃ。そこの人間も連れて一緒に来るとよい」

「ありがとうございますなのです! 近日中にはお邪魔させてもらうのです!」

「それがよい、また今度な、雪女と人間よ」


 九尾はそのまま食品コーナーの方へ消えていった。


「九尾さんがお店をしているなんて初耳なのです!」

「ああ、狐がやってる店ってどんな店なんだろうな」

「きっと九尾さんのお店ですから、いろいろすごいのです!」

「とりあえず、俺たちも他の買い物済ませてそろそろ帰るか」

「そうするのです!」


 他にちょっとしたものや食料を買いそろえて家へ帰った。

 他の妖怪にも会えたことで凍子も少し安心したんじゃないだろうか。





「はじめえー、寝ているだけなのにわくわくしてしまうのですー!」

「俺は先に寝るからな、せっかくのお布団のためにも早く寝ろよ」

「ううーん、興奮さめやらぬってやつなのですー!」


 その夜、凍子はひんやりマットの上でじたばたしてなかなか眠れなかった。


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