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第4話 おでかけなのです

(はじめ)、起きるのです!」


 誰かが俺を呼んでいる?

 でも、俺一人暮らしだし。無視しよう、学校もないし。


「もう朝なのです! 元、いい加減起きて欲しいのです!」

「いったあああ!」


 誰かに思いっきり平手打ちをされた。最悪の目覚めだ。


「元、おはようございます!」

「おはよう、凍子(とうこ)か、起こしてくれたのは」

「私以外に誰がいるのですか?」


 そういえば昨日凍子がクール便で届いたんだっけ。

 正直、夢だと思っていた部分がある。

 現実味がなさ過ぎて昨日は妙に疲れたし、倒れるように寝てしまって凍子には申し訳ないことをしたと思う。


「昨日、ごめんな、勝手に寝たりして。一人暮らしの癖っていうかさ」

「良いのです、妖怪が突然現れたら誰だって初めは混乱すると思うのです。それに関してはこちらこそ申し訳ないのです」

「ていうか、昨日はお前どこで寝たんだ?」


 素朴な疑問だった。ベッドは俺が占拠しちゃってたみたいだし、この家には客人用の布団もない。

 もしもこんな可愛い女の子を固いフローリングの上で寝かせていたとしたら、と考えるだけでも怖い。


「昨日ですか? 昨日は元の上で眠ることにしました!」


 今、この子、なんて言っていたのだろうか。俺の聞き間違いでないならば、それは、


「俺の上?」

「元の上なのです!」


 聞き間違いじゃなかった。ってことは、一体どういうことなんだ?

 そもそも雪女である凍子が俺の上に乗って寝ていたとしたら、俺は今頃凍死している頃だろうし。こんな短時間で人は耐性をつけられるものなのだろうか。


「凍子が人の上に乗ったら、いや、そんなに近くで寝たら凍死とかするもんじゃないのか?」


 俺の言葉を聞いて凍子は笑い出した。


「私は元の上で寝たといっただけで、元の上に乗って寝たとは言ってないのですよ」

「上で寝たんだろ?」

「だから、元の上、浮遊しながら寝ることにしたのですよ!」


 なんだと、勘違いしていた俺がすごく恥ずかしい。

 相手は人間じゃないんだから地上だけで物事を考えた俺が間違いだった。

 そういや、昨日も浮いて俺のこと見てたっけ。


「床で寝るのは嫌ですし、ベッドは元がいて使えないので消去法で宙に浮くのが一番安全だと思ったのです」

「ああ、俺もその選択が一番良かったと思うよ」


 今日の夜も宙に浮いて寝てもらうっていうのはなんだか気が引けるな。

 それに、着物のまま寝たのか……それなら今日最優先にすべきことが決まる。


「凍子、今日の予定、決まったぞ」

「突然どうしたのですか?」

「買い物に行こう」

「お、お買い物ですか!」


 凍子は目を輝かせている。好奇心旺盛な性格なのか、凍子は自分が楽しそうだと思ったことや興味のあることにはすぐに食いついてくる。

 それにすごくわかりやすい。俺の中の雪女のイメージに反して凍子は感情豊かな雪女だな。


「よし、そうと決まればさっさと準備していくぞ! 朝ごはん作るからテレビでも見てちょっとだけ待っといてくれよ!」

「うむ!」


 凍子は子供向けのアニメ番組をすごく楽しそうにしてみている。昨日のバラエティ番組の時より心なしか楽しそうだ。

 

 今日の朝ご飯は白米に味噌汁、お好きなふりかけもセットにして。

 朝はやる気が基本ないのでこんなもんになる。いくら料理のスキルがあろうがやる気がなければそれは発揮されないのだ。


 ふと、昨日凍子が入っていた段ボールに目が行く。

 勢いで凍子をこの家に住まわせることになってしまったが、この段ボールに凍子がどこから来たのか書いているかもしれない。そうしたら、凍子をもとの場所に返してやれるかもしれない。


「差出人は……って、不明かよ」


 思わず大きなため息が漏れる。それじゃあ、凍子はいったいどこからきて誰が俺に送り付けたんだ?


 凍子だって、今は好奇心が勝って何とかなっているかもしれないが、内心不安だったり寂しさが勝っているかもしれない。今のところあまりそんな様子はなさそうだが。


「さ、凍子、そろそろ行くぞー!」

「待ってましたのです!」


 凍子は張り切っている様子で腕を高く振り上げた。

 

 こうして誰かと外に出歩くなんて、本当に久しぶりだ。友達とも大学の中で交流するくらいで外であまり会わないからな。

 まさか久しぶりに外出する相手が雪女になるとは思わなかったが。


「お出かけといいましたが、何をしに行くのですか?」

「今さっきお前が入ってた段ボールを見たんだが、送り主が不明だったんだ。どこかから来たのは確かだろうけど、それがわからないうちはいくら雪女とはいえ女の子だろ? 外に放り出すのも男としては避けたいわけよ」

「元は優しいのです、元のところにお届けしてもらえてよかったのです!」


 凍子は笑顔で話す。

 外に出た凍子は日の光を浴びてより一層神秘的だ。きらきらと舞う粒子はいつも以上にきらめきを増し、澄んだ空気が俺と凍子の周りを漂う。


「本当に元のところでよかったのです。元はご飯も作ってくれるし、テレビだって見せてくれますし、優しすぎるのです!」

「でもまあ、いつまでもうちにいられても困るけどな」


 凍子の周りを舞っていた粒子の輝きが曇る。凍子の顔も驚きの表情をしている。


「当たり前だろ? 突然お前が送られてきて、気が動転して正常な判断ができなかったんだ」

「待って下さい! 昨日の夜に和解したのではないのですか!」

「冷静に考えて、突然やってきた身元の分からない女の子と一緒に住み続ける選択肢はないだろ」

「しゅ……なのです……」


 バタバタしていた凍子の動きが突然止まる。俯ぎながらもごもごと話しているようだが外の音に紛れて聞こえない。


「今なんて言ったんだ?」

「修行なのです!!!!!!」


突然凍子の大声が響き渡る。凍子の真っ白な顔は真っ赤になっていた。


 なんでそんなに顔を赤くして言うことなのか俺には全く理解できない。かっこいいじゃないか、妖怪が修行に行くなんて、魔力とかやっぱりあるのか妖怪ってのは。

 だた、修行に行く手段がクール便というのはなんだかかっこよくはないと思ってしまうのだが。


「修行? いいじゃないか、かっこいいぞ?」

「全然かっこよくないのです! かっこよくない理由なのです!」

「じゃあ、その修業が終わったら帰るのか?」

「その、元……」


 凍子が申し訳なさそうにこちらを見る。


「私、帰り方を知らないのです」


 正直、まだまだ分からないことだらけだが、とにかく凍子はどこから来たのかわからなければ帰ることができないことだけはわかった。

 

 そして俺たちはデパートの目の前に到着した。


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