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第3話 お風呂なのです

 謎の段ボールが届いてから本当にあっという間に時間が過ぎていった。

 誰かが家にいるとこんなにも早く時間が過ぎていくものなのか。実家を出てからはずっと一人きりだったせいで全く知らなかった。


「妖怪って風呂とか入るのか?」


 特に雪女は。女の子だからきっと清潔に保ちたいとは思うが、雪女って風呂とか入ったら死んでしまうんじゃないだろうか。

 むしろ、寒がりで熱めの風呂が好きだったりして。


「もちろん、大多数の妖怪は入ると思うのです」

「大多数って、凍子(とうこ)はどうなんだよ」

「雪女のお話を知っていますか? お風呂に無理矢理入れると姿が消えてつららの欠片が残っていたというお話」

「初めて知ったけど、じゃあ、入れないってことか?」

「ふふん、伝承ですからね、私は入るタイプの雪女なのですよ!」


 妖怪に対するイメージなんて結局のところ人間の俺たちが勝手につけたものなのかもしれない。

 でも、熱さに強いという訳ではなさそうだし、今日のお風呂はぬるま湯にしてあげよう。


 湯船にお湯を張りにいく。

 リビングからはテレビにずっと話しかける凍子の楽しそうな声が聞こえてくる。


 リビングに戻ると凍子はテレビに釘付けになっていた。


「おい、そんなに近くで見ると目を悪くするぞ」

「どちらかというと、私よりもこいつらのほうが先に降参するのです!」


 見てみるとテレビの端がほんの少し凍っていた。


「て、テレビが! 壊すなよ?」

(はじめ)、でもこいつらは私が話しかけても無視をするのです。問いかけに答えても勝手に話を進めてしまうのです! ひどいとは思いませんか?」


 本気で言っているようだが……妖怪っていうのはこんなにも世間知らずなのか?


「凍子、そいつらに俺らの声は聞こえないよ。テレビっていうのは見て楽しむものなんだよ」

「でも、中にいるこいつら同士で会話をしていますのです」

「その会話を聞いて楽しむんだよ。面白いこと言ってるなあ、とかって感じでさ」

「そうなのですか、私はもっと誰かとお話がしたいのですが……」


 妖怪だし見えない人のほうが多いのか?

 そのせいでなかなか人と話してこなかったとか?

 とはいえ俺も霊感とかそういうのがあるわけじゃないと思っていたのだが……話せる相手が俺くらいしかいないなら後で話でもしてやるか。


 そろそろお湯がたまる頃だろう。

 俺の後に風呂に入るのは嫌だよな。それに家に来たばっかりだし、一番風呂は凍子に譲ろう。


「話し相手なら後でなってやるから、今は先にお風呂に入って来いよ」

「元が先でなくてよいのですか?」

「初日だし、一番風呂もプレゼントするよ」

「元がいいのなら、そうしますのです!」


 そういうと凍子は勢いよく立ち上がりそのまま風呂場へとかけていった。


「適当に置いてあるバスタオル使ってくれ、他に何かあれば遠慮なく言えよー!」

「わかったのです!」


 雪女のイメージはもっとクールなイメージなのだが、凍子はどちらかと言えば親しみやすいタイプだった。

 もしも人間なら、男女問わず友達が多くて、話の中心にいそうなタイプじゃないだろうか。


 お風呂場からは特に叫び声も聞こえず、思っていたよりも静かだ。

 凍子のことだから、シャンプーとかリンスとか使い方が分からない、とかなると思っていたのだが。


「妖怪だって、それくらいは普通にするよな。テレビは見なくても」


 安心したような少し残念なような複雑な気持ちになる。

 ドアが開く音と共に凍子の声が聞こえる。


「ふいー、お待たせしたのです!」


 目の前には白いバスタオルを身にまとった凍子が立っていた。

 心なしかその透明感はより一層増し、濡れた長い髪が美しく、白い肌は彼女の透明度をより一層際立たせる。


「おい、あの、着物は?」

「後で着ますよ? 濡れたまま着たら気持ちが悪いですからね!」


 確かにそうなのだが。確かに濡れたまま服を着ると気持ち悪いのはわかるけど。


「は、恥ずかしくはないのか?」

「あまり気にしてはいないのです。それより元とお話しする約束を優先するので早めに出てきたのですが」

「それはありがたいけどさ、俺もこれから風呂だからまだ話せないかな」


 凍子は少しため息をした後、騙されたような顔をした。ため息が冷たい。


「それじゃあ、俺、さっさと風呂入ってくるから」


 凍子をリビングに放置することにしてさっさと風呂に入らなくては。遅いとまた何か言われそうだからな。


 脱衣所はなんだかいい匂いがした。俺と同じシャンプーなのにこうも匂いが変わるものなのか?

 俺の時はなんだか男臭いのに。


 ……なにか、視線を背中に感じる。


 凍子はリビングにいるはず、それとも俺が過敏になっているだけ?

 いや、ついに、霊感とかいう能力が開花したか。雪女とこんなに普通に話せているんだ、ほかに怖いものはない!

 思い切って振り返る。こういうときは真後ろじゃなくてちょっと上にいると聞く。

 そこにいたのはもちろん幽霊でもなく


「凍子、何してるんだ?」

「その、ここから元とお話しようかなって思って、タイミングを見計らっていたのですが」


 そこにいたのは音もなく忍び寄った雪女、凍子だった。

 少し浮いて上の方から俺を見ていたようだ。やっぱり妖怪だったと浮いている凍子を見て改めて確認した。


「後で話すから、覗きはやめてくれえ!」

「覗きではないのです! ドア越しにお話しする予定なのです! 言いがかりはやめてほしいのです!」


 凍子の後に入った風呂の湯船にはうっすら氷が張っていて、めちゃくちゃに冷たかった。

 これは今後話し合いたいポイントだな。


 そして、結局、このあと俺は疲れ切ってしまい激しい睡魔に襲われた。

 騒ぐ凍子をなだめて今日は早めに眠りにつくことになった。


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