第2話 お近づきの印なのです
目の前にいるこの可愛らしい女の子は雪女らしい。
今の子は着ないような白い着物姿だがそれもまたとても似合っていて可愛らしい。
雪女の周りには粒子が舞っている。それになんだが少しひんやりと冷たい。こういうところは本当に雪女っぽいけど、話をしてみると人間のように思えてくる。
「なあ、本当に雪女なのか? もしもかなり特殊な家出なら一緒に家まで送ってやるけど」
雪女は不思議そうにこちらを見ている。そんなにおかしなことは言っていないつもりだったのだが。
「家出? 私の家はたったさっきここだと決まったところなのですよ?」
「いや、唐突すぎてついていけねえよ!」
「元だって握手してよろしくって言ってくれたじゃないですか!」
「あれは、なんていうか、その場の流れで!」
「元は不誠実な人間なのですか? 氷漬けにしてしまってもいいのですよ?」
「なんか、お前に言われると冗談に聞こえないな」
そう、本当に雪女ならば冗談に聞こえないのだが、会話を続ければ続けるほどただの可愛い女の子にしか見えない。
彼女の周りが少しひんやりしていることと、彼女の神秘的な雰囲気のおかげでなんとか雪女だと思えるくらいだ。
「本当にお前って雪女なのか?」
「まだ疑っているのですか? まあ、無理もないのですよ、最近の人間は非科学的なものを信じない傾向にあると聞きましたのです」
「そうだな、霊感とかもないし、妖怪って言われてもピンと来ないんだよなあ」
少し雪女は考えた後、笑顔になり俺の目の前に両手を出した。
「では自分の目で確かめるといいのです!」
そう言い終わり、雪女が息を吸って吐くと部屋の中が急に冷え込んだ。
「お近づきの印にお花でもプレゼントしちゃうのです」
雪女の周りには今までよりもたくさんの粒子が集まり、ほんの少し風が起こった。部屋の中はより一層冷え込む。
そして、徐々に粒子は手のひらに集まり、氷が育つようにして花のようなものが出来上がっていく。
「元! ちゃんと見ていますか?」
「ああ、見てるが……それ、手品かなにか、じゃないんだよな?」
「科学でも何でもないのです。正真正銘、雪女である私の力なのです」
手渡された氷の花は普通の氷に比べるといくらか冷たい。冷たいが、嫌な冷たさではなく、触り心地も非常に滑らかだった。
とりあえず、コップに入れて飾ってみることにした。
花の周りにも粒子が舞い、コップのふちがうっすら凍っていく。
「ていうか、お前さ、さっき俺が誰だお前って言ったとき雪女って名乗ったよな」
「うむ、私は雪女ですから、当たり前なのです」
「名前はないのか?」
「名前ですか?」
もしかして、こいつ、名前がないのか?
そもそも名前という概念がないのか?
「ほら、俺なら人間じゃなくて元っていう名前があるだろ? 雪女にもそういうのはないのかってこと」
「いつも雪女と呼ばれていますし、あまり意識したことがなかったのです。困ったことも特にないのです」
やはり、こいつら妖怪は与えられた雪女という名前であればそれで呼び合うのか。
確かに、妖怪同士なら特に困ることもないだろうな。
「もしよかったらさ、俺もお近づきの印にお前に名前つけてやろうかなって思ってるわけで」
「私に名前ですか? どうしてなのですか?」
「仮にもこれから一緒に住むんだったらいつまでもお前呼ばわりはなんか嫌だし、雪女って呼ぶのも他人行儀な感じがしないか?」
「気にしたことがなかったのですが、面白そうなのでお願いするのです!」
雪女は透き通った目を輝かせながらこちらを見つめてくる。今更だが、これは結構大役なのではないだろうか。
雪女、氷、冷たい、凍らす……
「凍子……凍子だ!」
「凍子?」
「今日からお前は凍らす子で凍子だ!」
「凍子、いいのです、なんだか単純なのにすごくいい感じなのです!」
雪女、もとい、凍子は腕をぱたぱたさせている。
凍子は突然立ち上がると俺の方を輝いた目で見つめてくる。それになんだか少しに焼けている。
「元、もう一度、お願いしますのです!」
「何がだよ、凍子?」
凍子は腕をぱたぱたさせながら俺の周りを走り回る。粒子が俺を包み、頬に触れて少しひんやりと冷やされていく。
凍子は一通りぱたぱたした後、俺の前にまた笑顔で座り込む。
「良いものですね、名前。お前や雪女と呼ばれるよりもずっといいのです!」
「気に入ってくれてよかったよ」
「気に入るのです! これからは凍子って呼ぶのですよ、元!」
本当に気に入ってくれてよかった。ほんの少し部屋はひんやりしてきたが、すっきりとした涼しさでとても心地よい。
やっぱり、一緒に住むからにはちゃんとした呼び名がないとな。
はじめは妖怪との共同生活はありえないとばかり思っていた。
だが、凍子の様子を見ていると案外、楽しく生活できるものなのかもしれないと思えてくる。
「凍子、改めてよろしくな!」
「元、こちらこそよろしくお願いするのですよ!」
こうして俺と凍子の生活が思いのほかあっさりと始まった。




