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第18話 お客様なのです

 昨日食べたオムライスは本当においしかった。

 しかしそのことを褒めすぎたせいか凍子は朝から張り切ってしまっている。


「元! 朝ご飯を作ってみたのです!」


 朝からはじけるような笑顔で両手を広げていた。

 テーブルの上には、ご飯といつもの凍子特製味噌汁、それに加えて今日はウィンナーと非常に不格好な卵焼きが並んでいる。


「今日は、いつもよりも豪華だなあ」


 いつもならご飯と味噌汁が用意してあり、それにおかずを俺が作って足す、余りものを温めるという流れなのだが。


「昨日の一件で自信がついたのです! 挑戦することが大切だということも知ったのです!」

「ほう、それでこの卵焼きってわけか」

「さすが元なのです! 卵焼きだと気づいてもらえなかったらどうしようかと思いながら出したのですよ」


 本人もこの卵焼きのやばさを重々理解しているようだ。

 これはある意味、新しい卵焼きの形を導きだしたという風にも見える。


「それじゃあ、いただきます」

「どうぞなのです!」


 少々緊張したような表情でこちらを見つめている。


 ご飯も味噌汁もいつも通りだ。ウィンナーもすごくおいしい。

 問題はこの卵焼き……


「あ、甘くない卵焼きは嫌なのですか?」


 そういう問題じゃあない。

 このあり得ない形をしていて、なおかつ断面図がなんだかよくわからない模様になっているこの奇跡に対して恐怖して食せないのだ。

 いつだったか、凍子の料理が下手なところも可愛いと思っていたが、料理はうまいに越したことはないな。


 思い切って口の中に放り込む。


「ど、どうですか! 元!」


 口の中では様々な食感が暴れまわっているが、味は非常に優しい。


「悪くない」

「つまり、おいしくはないのですか!」

「いや、味はおいしいような気もするけど、いろんな情報が口の中で暴れまわって味に集中できないというか……」


 これは食レポの神様でさえ食レポできませんと白旗を挙げるだろう。

 そんな卵焼きを俺はよくここまで言葉に表すことができたなと自分を褒めたい。


「でも、おいしいと昨日のように言ってもらえなければそれは失敗と同じなのです。また今度チャレンジしてみせるのです!」

「卵焼きはきれいに巻くの最初はむずいよな、味はおいしいからさ、練習あるのみだと思うぞ」

「その言葉を信じて頑張るのです!」


 凍子のやる気はなくなるどころか高まったようだ。

 今日の夕ご飯はどんなものが出てくるのやら。これから卵焼きパーティーが始まるのは避けたいが。


「それじゃあ、今日も大学に行ってくるから」

「行ってらっしゃいなのですー!」


 今日はしっかり朝ごはんも食べることができたし、元気に大学へ行けそうだ!

 正直、大学なんてどんな状態だろうと行きたくはないのだが、さとりに会ったら昨日と今朝のことを話して、弟子の成長を感じさせてやるか。





 講義の教室へ着くとさとりがすでに座っていた。


「隣座るぞ」

「元さん、どうぞ。今荷物除けますね」


 さっそく、昨日の話をしてやるか。

 そう思っていたらさとりの方から話しかけてきた。


「昨日、雪女のお料理は成功したのかしら」

「ああ、見事なオムライスだったよ! 味もおいしくて、ケチャップで文字までかいてくれたんだ!」

「最初のころに比べるとずいぶん器用になったわ」

「でも、今朝の卵焼きはかなり不格好だったから、器用さはまだまだかもな」

「あら、味噌汁以外に作れるようになったの?」

「チャレンジだよ、チャレンジ。昨日の一件以来料理のモチベーション上がっちゃったみたいでさ」


 さとりは少し笑った後、突然黙り込んでしまう。


「どうした?」

「いえ、元さん、本当は雪女だけ呼ぶつもりだったけれど、あなたも一緒に九尾さんのところに今日の夜にでも来てくれる?」

「今日の夜? またずいぶん唐突な……」


 さとりは申し訳なさそうにこちらを見て話し出した


「実は昨日突然お客様がいらして、そのせいもあってお買い物に行っていたの」

「そういうことだったのか」

「ええ、それで、そのお客様、雪女に用事があって来たようで……九尾さんとも話したのだけれど、やっぱりあなたも一緒に雪女とお客様とお話しするべきだと思って」

「話の内容がよくわかんないけど、まあ、夜に行けばいいんだろ?」

「そうね、それに私から聞くよりもその場で聞いたほうが話が早いと思う」


 いったい誰だ?

 たぶん、妖怪仲間ってとこだろう。それか、凍子の友達か?


「何か期待しているようだけど、元さんにとってよくもあり、悪くもあることだと思いますから、過度の期待はやめてくださいね」


 さとりは目伏せていった。

 まあ、平常心で行くか。そもそも俺じゃなくて凍子に用事があるようだし、俺は隣で話を聞くくらいのスタイルでいよう。


「それじゃあ、九尾さんのところで待ってますから」

「おう、伝言ありがとうな!」


 いつものように軽い会釈をしてさとりは校門を出ていった。





 講義を終え、いつもよりも早めに帰ることを意識して、早歩きで帰る。

 こういう時に一番追い抜きにくいのが横に四人くらいで広がっている奴らだ。邪魔すぎる。急いでる時に限ってこいつらは横に広がってゆったり歩いてやがる。


 他にも、俺の前と後ろで三、四人のグループが離して歩いていると思ったら、こいつら知り合いらしく、謎に俺を挟んで会話しやがる!

 極力人に会わないように下校時間を調整したり、道を変えたりしているが、今日は時間を完全にミスった。人口が多すぎる。


 こんな試練にも負けることなく、俺は家になんとか戻った。


「元! お帰りなさいなのですって、今日はいつもよりも疲れ切ってますね?」


 凍子の出迎えが唯一の癒しだ。

 あんな過酷な下校だったんだ、今日の凍子はより一層癒しに見える。


「今日はちょっといろいろあってな……」


 凍子は凍子なりに心配してくれているようで、冷気を俺の周りに送り込んでくれていいる。暑かったわけじゃないが、その優しさは伝わる。


「あ、そうだった、凍子! お前に用事のあるやつが九尾のところに来てるらしい」

「私にですか?」

「それで今夜来てほしいらしい。一緒に行こう」

「わかったのです! 夕ご飯はどうしますか?」

「それが終わってからになるのかな」


 そういえば何も決まってないや。とりあえず、早めにいったほうがいいということだけはわかる。

 話もいろいろあるかもしれないし、早く帰ることになってもそれはそれだしな。


「それじゃあ、さっそく行くのです!」

「は? 早すぎないか?」

「さとりにお話ししたいこともありますし、行きたいと思っていたところなのです!」


 まあ、早いに越したことはないかもしれない。

 さとりも今日は早く帰っていたし、話したいことがあるならなおさら早くいったほうがいいだろう。


「よし、じゃあ行くか!」





 いつものように暗く細い路地を進み、扉があるであろう壁の前に立つ。


「元、入りますですよー」


 俺の手を握り、もう片方の手を壁にあて、そのまま壁に飲み込まれていく。

 この間、俺は反射的に目を閉じてしまう。どうなっているのか目を開けていたいのだが、どうも恐怖心が勝ってしまって目を開けることができない。


「きたか、元、雪女」

「早かったですね、今、お茶を用意します」


 九尾とさとりの声が聞こえる。

 目を開けるとすでに九尾のところについていた。


「久しぶりだね」


 俺たちの目の前にいたのは凍子によく似た髪の色、雰囲気。すらっとした長身の妖怪が立っていた。


「お、お兄ちゃん……」


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