第17話 お料理なのです
数週間が経ち、凍子のお料理スキルはめきめきと上がると同時に、不用意にものを凍らす癖も治ってきている。本当にありがたいことだ。
九尾のゲームのはまり様は今も衰えていないらしく、さとりはあのゲームに何か細工がしてあるのではないかと疑い始めている。さとりも始めたらいいのに。あいつは絶対センスいいと思う。
「元! 今日の夜ご飯は私一人で作るのです!」
凍子が俺の目の前で胸を張り、ポンッとその張った胸をたたく。
相当自信があるらしい。
「凍子一人で大丈夫かよ、さとりも呼んだ方がいいんじゃないのか?」
「さとり立ちなのです! 私は一人で大丈夫なのです!」
「一緒にやってやろうか?」
「もう! 一人でやるのですー!」
小さな子供の様だな、親の気持ちが親になってもいないのによくわかる。
「それじゃあ、今日は任せようかな」
「お任せくださいなのです!」
本当に自信があるらしい。
キッチンの方を見るとすでに材料が用意されている。
玉ねぎ、卵、肉、ご飯も炊けている。これは、もしや……
「元はげえむでもしていてください!」
「えー、料理してる凍子見てようと思ったんだが」
「それは恥ずかしくて手元が狂ってしまうので駄目です!」
「どうしても?」
「壁を雪で作ることもできるのです! 氷ベースなので耐久性もばっちりですよ?」
やっぱり見るのはやめておとなしくゲームでもしていよう。
いくら力をコントロールできるようになっているとはいえ危ない。この前だって、お気に入りのアニメを見て興奮のあまり拳を振り上げたと同時に氷の柱を完成させてたっけ。
賃貸だから下手なことはしないでいただきたい。
「切りますよー! 切りますのです!」
上機嫌で料理をしている声が聞こえる。背中から凍子の楽しそうな雰囲気がひしひしと伝わる。
ゲームを起動すると珍しく九尾がオンライン状態ではない。いつも夜のドラマがやってる時間帯以外は大体いるのに、妖怪の客でも来てるのだろうか。
「うあああああ!」
キッチンの方から凍子の聞いたこともない叫びが聞こえる。
「どうした凍子!」
「は、はじめえええ、目が! 目があ!」
凍子は目を押さえて悶えている。
まな板の上には包丁と玉ねぎが見える。
「痛いのです! 涙が! 涙が出るのです! 痛いのです!」
顔を上げ、顔から手を離した凍子の顔はぐちゃぐちゃになっていた。
「ほら、これ、ティッシュだ! これ使って早く鼻かんだり涙ふけ!」
「ありがとなのですう、もう、失明でもしてしまうのかと思って焦りましたのです」
「そこから一度離れろ、こっちで落ち着いてから行け。たぶんまたやられるかもしれないが」
玉ねぎは軽い兵器だ。俺もいつも泣いてしまう。
これは玉ねぎを切ったときに出る硫化アリルっていうのが原因らしい。
これを予防するためには、冷やした玉ねぎを切る、水にさらす、っていうのが対処法だとこの前泣かされた時に学んだ。
そういえば、今回、凍子は常温の玉ねぎを切っていたな。
さとりはきっと目にしみることを知っていて対処しながら切っていたのだろう。経験っていうのは本当に武器になる。
「凍子、この玉ねぎ、一旦水にさらすぞ」
「うう、そういえばさとりもそうしていた気がします……」
ティッシュを握りしめながら落ち込んでいる。
「これは失敗じゃねえよ、誰だってこの辛い経験をするもんだ。玉ねぎを切ると涙が出るっていうのは人間界じゃ常識だぞ」
「そうなのですか? 元も経験済みなのですか?」
「おう、だからこうやって対処法も知ってる。人によってはゴーグルする奴もいるらしいし、人類は様々な方法でこいつと向き合ってる」
「なんだか、すごく壮大なのです」
凍子はくすくすと笑い始めた。
俺も正直壮大に言い過ぎたと思っている。別に玉ねぎが俺らに危害を加えているわけじゃない、むしろ俺たちが切ったからこうなっているのに。
しかし、凍子には受けたようでさらに笑い始めている。
「アニメ化してほしいのです! 人類対玉ねぎ!」
「どんなB級だよ!」
でもまあ、面白そうである。それにB級映画などは割と好きだ。
「それじゃあ、再開するのです! 次はもう負けないのです!」
「おー、頑張ってこい!」
凍子が気合を込め勢い良く冷蔵庫を開ける。
するとまた凍子の慌てた声が聞こえてくる。今度はいったいどうしたんだ?
「元! 大変恐縮なのですが! ケチャップを買ってきてほしいのです……」
大きな声から小さな声まで幅広いな。
「いいよ、他に何か買ってくるものはある?」
「んー、ないと思うのです!」
「それじゃあ、行ってきますかー!」
「お願いしますのです! 帰ってきてちょっとしたらすぐに食べられるように準備しておきますので!」
凍子は俺を見送った後、キッチンの方にすぐに戻ったようだ。
さ、買い物してくるか。
多分、今回作るものに絶対必要なんじゃないだろうか、ケチャップ。でも、凍子は普段買い物に行かないし、俺が常備していないことが問題なのか?
家の近所にあるスーパーに向かう。
「あいつは本当に大丈夫だろうか……」
正直心配である。炒め物をするなんて、熱さに耐えられるだろうか?
考え事をしてスーパーの中を歩いていると誰かに肩をたたかれた。
「元さん、お買い物ですか?」
「さとりか。そうだよ、凍子に頼まれてな」
こういう時は大体さとりに出会う。そろそろ夕飯時だし、この時間帯はスーパーに行く人も多い。それに九尾がスーパーで買い物はあまり想像できないしな。
「雪女に、では雪女が一人でお料理をしているってことですか?」
「そういうこと! すげーだろ?」
「不覚にも、少し感動してしまいますね。弟子が独り立ちしようとしている、そんな気分です」
「ははは、凍子もさとり立ちだっていってたぞ」
「しかし、雪女の料理スキルはまだまだよ」
「今後もあいつを頼んだ、さとりお姉さん」
「私は別に雪女を妹だと思ったことはないわ、それこそ弟子としか感じていないわ」
正直に物事をいうさとりがいうんだ、きっとさとりは本当に弟子くらいにしか思っていないのかもしれない。
だが、この二人はとてもいいコンビだと思う。
「こんなことしてる場合じゃなかったわ。それじゃあ、急いで準備しないといけないから」
「俺も早く帰った方がよさそうだな、じゃあな」
さとりのカゴの中にはたくさんの食べ物が入っていた。二人分にしては多いような気がする。
それよりも、俺も早く帰らねば。ケチャップだけ握りしめてレジに並ぶのはちょっと不思議な気分だった。
「凍子! 買ってきたぞ!」
「おかえりなのです! とってもいいタイミングなのです!」
凍子に開けたケチャップを手渡すとそのままフライパンの中に流し込む。
ああ、いい匂いだ。
「妖怪の力! なめてもらっちゃ困るのです!」
フライパンの中に入っていたケチャップライスが宙を舞う。
凍子が鬼の形相で重そうなフライパンを操作する。
このままケチャップライスは地に落ちるものかと思っていたが、すべてフライパンに着地した。
「お、おおー! すげえ!」
「ふふん、本気を出せばこんなものですね!」
卵もふわふわに仕上がっていく。俺が思っていたよりも凍子の料理スキルは向上していたようだ。ありがとう、さとり師匠。
「元、そろそろ座って待っていてほしいのです」
「おう、楽しみにしてるぞ!」
凍子は最後の仕上げをしているらしい。
すごく楽しみだ。初めて一人で作り上げた味噌汁以外の料理だ。
「どうぞ、なのです!」
俺の目の前に置かれた料理は予想通りオムライスだった。
そして、そのオムライスにはケチャップで、
「ありがとう」
「はい、日頃の感謝の気持ちを……さとりに教えてもらいました! オムライスならこうやって気持ちを伝えられると」
「凍子、本当に、本当にありがとう! 今まで見たオムライスの中で一番おいしそうだよ!」
凍子は少し照れ臭そうに笑っている。
「早く食べて欲しいのです!」
「お言葉に甘えて、いただきまーす!」
一口、食べた瞬間、俺はすぐにおいしいと思った。
ふわふわの卵、ケチャップ多めだけどそれがまたおいしい。男子は味濃いめが好きなのだ。
「味も、今まで一番うまいよ!」
「良かったのです! 安心なのです!」
凍子は嬉しそうにぴょんぴょんしている。
しかし、このあと、俺がオムライスにまんべんなくケチャップがいくようにスプーンで文字を広げ、それがきっかけですこし凍子のテンションが下がったようだ。
申し訳ないことをしてしまったが、ケチャップが均等に広がり、よりおいしくなった。




