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第14話 熱中なのです

 九尾とゲームを買いに出かけてから数日、特に何事もなく、俺と凍子は平和に暮らしていた。

 いまだに凍子は料理らしい料理はできないが、味噌汁くらいは作れるようになった。


「おはようなのです! 今日は雪女特製お豆腐味噌汁なのです!」

「おー、おいしそー、朝の味噌汁は最高だなー」

「今度は力をコントロールしておにぎりにも挑戦するのです!」


 だんだんとできることが増えて嬉しいようだ。

 まあ、前におにぎりを作ったときはかちこちに凍ってしまったことがあるが……そろそろそのリベンジの日がやってくるのだろう。


「お料理は結構楽しいのです! またさとりに教えてもらいたいのです!」


 俺を見つめるな。

 また俺を掲示板代わりにするな。


「はー、わかったよ。今日伝えてやるから、あとは二人でちゃんと予定決めてくれよな」

「さすが元なのです! 妖怪に優しいのです!」


 適当な私服に着替えて大学へ行く。

 毎度毎度、服選びに困るんだよな。

 さとりはいつもおしゃれだし、大学生って金ないはずなのに服は大量に持ってるよなあ。

 さとりの場合は九尾もいるし金には困ってなさそうだが。


「それじゃあ、いってくるぞー」

「いってらっしゃいなのですー!」


 最近はこのやり取りが当たり前になってきている。

 ちょっとうれしいと感じている自分がいる。


「今日、さとり学校に来てるのかな」


 たまには会うものの、毎日会っているわけじゃないこともあって、さとりの登校日がいまいちわからない。

 それに、大学だから自主休講できることもあって会わない日もある。


「でもあいつ、突然現れるからなあ」


 さとり曰く、俺からは妖怪の匂いのようなものが付いてしまっているらしく、他の人間とは違うためすぐ見つけられるという。

 特別感があって最初は少し嬉しかったが、だからといって俺に妖怪が持つような力もないし、ただ妖怪と仲良くなれるくらいでいいのか悪いのか正直わからない。


「あれ、さとりじゃないか?」


 見覚えのある後ろ姿。あの光に当たると少し紫のように見える艶やかな黒髪、あの雰囲気、格好。

 横顔が見える。

 あの整っていてきれいな横顔はこの大学内にはさとりしかいないだろう。


「おーい、さとりー!」


 思い切って話しかけてみる。

 これがもしも違うやつだったら人がいなくなるところまで手を振って走り抜けよう。


「元さん?」

「よかった、やっぱりさとりだった」

「もし違ったらそのまま走り抜けようと思っていたようなのであえて他人のふりをしようとも思いましたが」

「やめてくれ! それがどんだけ恥ずかしいことなのか妖怪のお前にはわからないだろうな!」

「ええ、私は妖怪でなくともそんなミスはしませんので」


 さとりに微笑まれながら馬鹿にされた。

 心の中を結構な頻度でのぞかれるのでちょっと辛い。

 まあ、察しが早くて便利な時もあるが。


「そういや、凍子がまたお前に料理を教えてほしいってさ」

「そろそろかと思っていたわ。約束した日が近いから」

「約束してんのかよ! 伝えて損したー!」

「損じゃないわ、私も確認ができてよかったって思ってるもの。それに、雪女が忘れていないかのチェックにもなった」

「あいつは忘れないよ。最近はちょっとずつだけど料理したり家事をかんばってるしな」


 そんな話をしながら歩いていると、さとりは突然はっとした顔をした。


「あーーーーーー!」


 はっとした顔をした次の瞬間にはさとりは今まで聞いたこともない大声を出していた。


「あなた! 九尾さんに何をしたの!」


 きれいな顔が迫ってくる。

 しかし、初めて見るような表情だ。


「何って、なんだよ?」

「しらばっくれないで! 九尾さん、あなたと会ったという日以来テレビの画面に張り付いて離れないのよ!」


 俺と会った日、つまり、ゲームを一緒に買いに行った日だ。

 あの日以来ってことは、九尾さん、ゲームにドはまりしたのか。


「心配するな。人間も妖怪もゲームの魔法にはかなわないってことだな」

「何勝手に納得してるの⁉ あれがげーむだって知ってたけど、あんなにならなかったわ!」

「九尾がやってるのは俺のおすすめゲーム、ファンタジーハンターだからな。普通のゲームよりリアルで没入感がー……」

「とにかく、一度うちに来て!」


 珍しい、いや、初めて見るさとりのごり押しに負け、今日は九尾のところに行くことになった。

 俺としてはゲームにはまってくれて非常に光栄なのだが、さとりとしては駄目らしい。






 さとりに連れられ、大学終わりに九尾のもとへ行く。


「ほら、さっさと行きますよ、きっと今もげーむに夢中なんですから」

「ゲームな、発音少し違うぞ」

「うるさいです。そんなことは問題ではありませんから」


 壁の前まで来た。

 さとりはすっと壁の中に入り込んでいく。

 あれ、いつもの手とかつないで一緒に入るやつは……あれがないと俺は確かこの壁の向こうに行けないじゃないか!


「お、おい! 俺、俺入れないだろこれじゃ!」


 すると、俺の目の前の壁から扉が現れた。


「こうするほうが面倒だけど、手をつなぐよりはましかと思って。これでは入れるでしょう?」


 さとりはときどき傷つくことをさらりというな。

 素直さが仇になってる典型的な例だ。


「ありがとうございます……」

「さ、九尾さんのいる奥の部屋に行くわよ」


 奥からは聞きなれたBGMや効果音が聞こえてくる。


「九尾さーん?」


 そこには尻尾をもふもふさせ、耳がぴこぴこ動いている、コントローラーを握りしめた九尾が座っていた。

 九尾は振り返りもせず、


「元か! おぬしの勧めたげえむは非常に面白いな、すっかりやめられなくなってしまった」

「さとりから聞きました、ずいぶんはまっているようですね」

「うむ、この仲間の犬とも非常に仲良くやっておるぞ」


 画面をよく見ると、もうすでに九尾のキャラの装備は強く、敵も結構強い部類の奴らと戦っている。


「おいおい、もうここまで来たのかよ。しかも一人で」

「すごいであろう? 妾一人で、いや、このケルベロスと二人でやったのじゃ!」

「あ、名前結構西洋寄りっていうか和風じゃないんですね。犬神とか」

「世界観が崩れるであろう? 見た目はただの犬じゃが、活躍を見る限りこやつはケルベロスじゃ」


 ゲームの中の犬に対して相当愛情を注いでいるらしい。

 九尾の新たな一面を見た気がする。


「元さん、九尾さんはずっとこんな感じで、げーむをやり続けています。料理を作っても食べてくれませんし、死ぬことはないですが心配です」


 さとりが心配そうに九尾を見つめる。

 そりゃあ心配だよな。

 九尾が母親でさとりが子供みたいな感覚だと思っていたが、実際はさとりが母親かのようだ。


「よし、じゃあこうしよう。一日に行けるクエスト数を制限する! それが終わったらその日はゲームおしまい!」

「いいと思います」

「待て、それではクエスト失敗したらどうするのじゃ?」

「それもワンクエストってことで、数に数える」

「それでは、話が進まないではないか」

「うまくなればいいだろ? 装備強くしたりとかさ。それに、どうしてもだめなら俺も手伝ってやるよ」


 九尾はこちらのほうを向き、不思議そうな顔をしてコントローラーを置いた。


「手伝う? そんなことが可能なのか? コントローラーは一つしかないぞ?」

「俺の家にあるから大丈夫だ。このゲーム、離れていたって通信プレイできるからな、協力するとより楽しいぞ!」

「それは、本当か? 本当に楽しいのか?」

「ひとりでやるよりは楽しいと思うぞ! 俺はいつも一人でやってたけど、大学の友達とやってからは協力プレイも楽しいと思えてさ、一緒にやろうぜ」

「元! もちろんじゃ! 妾たちの力をあの幻獣共に見せつけてやろう!」

「じゃあ、明日やろう。だから今日はもうやめて、明日に備えよう」

「うむ、仕方ない、本当はもっと強くなっておきたかったのだが、約束を守ろう」


 九尾はセーブし、コントローラーを置き、テレビの電源を切る。


「や、やっと、ドラマが見れる……」


 さとりの本心が駄々洩れする。

 これも家族あるある、テレビが一台しかないとこの現象が起きるんだよな。


「すまぬ、さとり。今まで迷惑をかけてしまった。ドラマの時間は避けてするようにする」

「ありがとうございます! 九尾さん、大好きです!」


 さとりと九尾は抱き合っている。

 意外過ぎる一面が今日は何度も見れたな。それにしてもこの二人、仲良すぎだろ。


「元さん、解決策をありがとうございました。それと、大声出してしまいすみせん」

「いや、いいんだよ。俺も凍子がこうなったら驚くと思うし、気にするな」


 このあと、俺は九尾に俺の電話番号を教え、協力プレイの約束をし、九尾とさとりに見送られ無事に帰ることができた。


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