第11話 カレーなのです
俺は自分の家に帰ってきた。
そのはずだが、目の前にいたのは女の子二人組、凍子とさとりだった。
凍子がいるのは最近では日常と化していたが、さとりが家にいるのは想定外でしかない。
「お前、さっき大学で会ったよな?」
「ええ、会いました」
「それで、なぜここに?」
「雪女に会いに来ました」
「そうなのです! あのとき、予定を教えてもらって、会う約束をしていたのです!」
おいおい、ここは俺の家だぞ?
凍子とさとりが仲良くするのはいいが、勝手に出入りされるのは少し気が引ける。
「今日は私が夕ご飯を作ったのですよ!」
「と、凍子がか? 料理できたのかよ!」
「いえ、できませんでした。実際は私が作ったようなものです」
「それは内緒の予定だったのです!」
「いずればれる嘘です。正直に話して、一人でできるようになってから胸を張ったらいいと思うわ」
凍子とさとりは鍋の前で言い争っている。
なんだかほほえましい。
「ちなみに、何作ったんだ?」
「カレーなのです!」
まさか、凍子がカレーも一人で作れないやつだったなんて、驚きだ。
カレーは誰でも作れる料理だと思っていたが、凍子は妖怪だしカレーなんて作ったことなかったのかもな。
「雪女、元さんがあなたのこと、カレーも作れないなんて驚きだと思っているわ」
「本当なのですか! やっぱり元もそう思うのですか!」
凍子は俺のほうにどんどん迫ってくる。
表情はすごく真剣だ。真剣すぎて初めて凍子を怖いと思った。
「つ、冷たい! 俺を氷漬けにするつもりか! 凍子! 雪女の力が結構出ちゃってるぞ!」
「元! 今はそんなことより、元も私がやばいと思っているのですか!」
「す、すまん! 本当にごめん! だけど、思うよ! 人間基準で言えば、カレーは小さい子でも作れるからな!」
俺の腕を強くつかんでいた凍子の手の力が緩んでいく。
部屋の中は冬の外のような寒さになっていた。
さとりも寒いのか息が白くなっている。
「謝ることはないのです、私も薄々感じていたのですから。さとりにも今日言われました、カレーは基本だと……」
「さとり、お前も聞かれたのか」
「はい、なので私は正直に答えただけです」
「二人には感謝しているのです。自分ではよくわからなかったのですが、二人の言葉を聞いて、改めて頑張ろうと思ったのです!」
凍子は何やら一人で気合を入れている。
ぐーにした手を上に突き上げ、たくさんの粒子を舞わせている。
「それはそうと、私はもう用も済んだし、帰らせてもらうわ。それに、すごく寒いから」
「待つのです! さとりも一緒にご飯を食べていくのです!」
「それは……」
さとりは俺をちらちら見てくる。
中身は優しいいい子だからな、俺のことを気遣ってくれているのだろう。
「ほんと急で困るけどな。お前が作ってくれたんだろ? 一緒に食おうぜ!」
「ほら、元もそう言っているのです! 一緒に食べるのです!」
さとりは少し迷ったような素振りを見せ、ため息をつき、凍子の方を見る。
「じゃあ、お言葉に甘えることにします」
さとりははにかんで言った。
すこし顔を赤くしているさとりが少しかわいらしく思える。
凍子はさとりのいるキッチンのほうに上機嫌で向かうと、さとりに抱き付き、次の指示を仰いでいた。
二人ではしゃぎながらカレーをよそっている。
「カレーはルー多めが喜ばれる盛り方だと認識しているから、それを意識して」
「さっすがさとりなのです! 物知りなのですー!」
「大学の食堂でカレーを頼んだ学生の大多数が思っていたことからわかっただけよ」
そうだったのか……
でも俺も思ったことがある。それに智則もこの前言ってたかな、カレーのルーが少ないとテンションが下がるとかなんとか。
さとりの学生生活はある意味面白そうだな。
「さ、座るのです! 食べましょうなのですー!」
「おー、準備できたか、楽しみだなー」
人の作ったご飯を食べるのは一人暮らしを始めてからなかなかなかったからかすごくうきうきしている自分がいる。
「さとりは私の隣にどーぞ! なのです!」
さとりは雪女の隣にちょこんと座る。
雪女はどことなく嬉しそうだ。
俺としてもこんな風に女の子たちと家で食事できるのは夢のようだ。
「いただきます!」
「いただきますなのです!」
「いただきます」
三人一緒に手を合わせ、食べ始める。
「お、おいしいのですー!」
「ほんとだ、すげえうまい! ジャガイモもほくほくで最高じゃないか!」
「思っていた以上にうまくできてますね、雪女、大成功です」
「さとりのおかげなのです! 次は私一人で作ったカレーを元にはもちろん、さとりにも食べてほしいのです!」
「私にも? いいの? それじゃあその時はまた、呼んでね」
「元を使ってお知らせするのです!」
「お前ら、妖怪同士のテレパシーかなんかないのかよ!」
一回その役目を引き受けると今後ずっと伝言役になってしまいそうで怖い。
二人曰く、お互いの位置がわかる程度でテレパシーまでは備わっていないそうだ。俺の考えている妖怪はもっと人間にできないような不思議な力がいくつも備わっている、そんなイメージだったのだが。
「それにしてもカレーはおいしいのです。こんなに手軽なのにおいしすぎませんか?」
「俺も昔思ってたよ。インド人すげーなーって」
「インド人が生み出したのですか? インド人にお礼をしたいのです」
「でも、日本とインドではお米の種類が違いますから、カレーもまた違うのでは?」
「さとりっていろいろ詳しすぎるのです!」
「確かに、それって人の心を読んでわかるようなことじゃないだろ」
さとりはスプーンを置き、真剣な顔で語り始めた。
「私は大学に通っているくらい人間社会に馴染んでいます。妖怪ですが、人間と親しくなろうと様々な知識を詰め込んだりしました。その過程で、九尾さんに大変お世話になったりした次第です」
「そうだったのですか」
「ええ、雪女、あなたとは違います。あなたはあなたのお兄様の言う通り、知識もそうですが経験が足りません」
「さ、さとり、唐突な説教は辛いのですう!」
「しかし、これから私がっ!」
「さとり! しーっなのです!」
さとりははっとしたように話すのをやめ、牛乳を飲みほした。
凍子はあたふたした様子で少し顔が赤い。
さとりが言おうとしていたことと関連があるのだろうか。
それと、凍子の兄さんの話がまた出てきたな……気になる部分だ。
「ごちそうさまでした!」
気になることは多いが、あの後、ほのぼのとした夕食の時間が過ぎていった。
「食事させてもらったので私が食器を洗います。お二人はゆっくりしていてください」
「いやいや、お客さんに食器洗わせるとか非常識だろ! 俺たちが洗うからさとりがゆっくりしとけ」
「そうなのです! お料理も教えてもらいましたし、今日はもうゆっくりしてほしいのです!」
「お言葉に甘えて、今日はゆっくりするために帰りますね」
「え! 泊って行かないのですか!」
「それは困る! さとりをどこで寝かせるんだよ!」
「それに関しては元さんが床で眠れば解決しますね」
「そこはずいぶん図々しいな!」
さとりは笑いながら玄関のほうへと向かった。
全く、謙虚なんだが図々しいのか全く分からないやつだ。そもそもいろんなところがわからないやつだからな、さとりは。
「それでは、お邪魔しました」
「またくるのですよー! 絶対なのです!」
「ええ、約束通りの日時にまたお邪魔するから」
「気を付けてなー」
凍子と二人でさとりを見送る。
凍子はぴょんぴょん飛び跳ねながら見送っている。
さとりは珍しく手を振っていた。
ていうか、また来るのかよ。それも、二人の約束だから日時がわからない……
「凍子、次はいつ約束したんだ?」
「ふふん、秘密なのです!」
俺が床で寝る日は近いような気がする、今日この頃の俺であった。




