第1話 よろしくお願いするのです
四月、新年度が始まり一番変化の大きなこの時期、俺はあまり好きじゃない。毎度毎度、春という季節は新しい人間関係がどうのって、非常に疲れる。
今年で大学二年生。大学生生活にも慣れ、やっと落ち着いた大学生活が送れるに違いない。いや、送りたい。
去年の今頃は人間関係に疲れ切り、一人になれる我が家が常に恋しい状態だった。
大学一年生の初めはとにかく疲れる毎日だった。大学生にもなれば人は群れず自由にしているものだと思っていたが、そんなことはなかったからだ。
一年生のオリエンテーションに遅刻した俺は完全に出遅れ、周りと少し距離を感じたまま春学期が過ぎた。
だが、一年の終わり頃には数人の友人だけが残り穏やかな学生生活へと変化していた。
「はー、また履修登録とかなんとか面倒だなあ……」
俺は、大学に入ったのにも関わらず、サークルにも入らず、アルバイトもしていない。
勿論、大学に入ったら人間関係に縛られず、自由に生活したいと願っていたからだ。
そのおかげで家にいる時間が人一倍長く、家事スキルだけは異常に高くなってしまった。
誰かに料理をふるまうわけでもない、誰かを家に招くわけでもないのに、料理の腕は上達し、部屋は常に清潔な状態を保っている。
「すみませーん、宅急便でーす!」
チャイムの音と共に元気な声がドア越しに聞こえてくる。
「はーい、待っていてくださいねー!」
今日は母さんから仕送りが届く日だったっけ?
でもまあ、仕送りは多くて困るものじゃない。ありがたく受け取ることにして、あとで連絡しないとな……
「これ、結構重い荷物ですけど、中に入れましょうか?」
「いえ、一人でも大丈夫なので、結構ですよ」
宅急便のお兄さんから受け取った荷物は想像をはるかに超える重さだった。
お兄さんが涼しい顔して持っていたから余裕だと思って受け取ったけれど、これ、一体何が入っているんだ?
「ありがとうございましたー!」
お兄さんの爽やかな笑顔を見送り、部屋の中にこの妙に大きくて重い荷物を部屋に運び入れる。
これ、クール便じゃないか。冷凍庫に入りきる量じゃない。
「案外、梱包材だらけで中身はちょっとだったりしてな」
豪快に段ボールを開ける。中には、パンパンに詰まった……
「お、女の子?」
段ボールの中には冷凍された女の子らしきものが入っていた。色白で柔らかそうな肌、透き通るような銀髪に思わず目を奪われる。
「んん……」
「生きてるのか!?」
「お前は、誰なのですか?」
彼女はゆっくりと立ち上がり俺を見下ろした。その瞳も青く透き通っている。
彼女からは粒子のようなものが舞い、周りは日の光を受けて何やらきらきらと光っている。
「お前こそ、誰なんだよ」
「私ですか? 私は見ての通り雪女なのです!」
「はぁ!?」
雪女、ありえないだろう。科学が発達した現代社会で幽霊、ましてや妖怪なんて存在するはずがないじゃないか。
確かに、同じ人間だとは思えなかったが、まさか妖怪の雪女が存在するとは思わないだろ。
それに、妖怪がクール便で届くなんてことありえるのだろうか。
「お前、私が名乗っているのにだんまりなのですか?」
気がつけば彼女は段ボールの中から出て、俺の目の前で正座をしていた。
「すまん、俺の名前は霧島元だ」
「はじめ? うむ、よろしくお願いするのです!」
「よ、よろしくお願いする? どういうことだよ?」
「この家に住まわせてもらうのですから、主である元に挨拶をするのは当たり前なのです」
あまりにも衝撃的な発言に俺の思考は完全に停止した。なんといっていいのか全く分からず、言葉がとにかく詰まる。
そんな俺を気にする様子はなく、笑顔で握手を求めながら彼女は続けて言った。
「よろしくなのです!」
「あ、うん、よろしく……?」
一度にたくさんの出来事が起きると人間はパンクしてしまうと聞いたことがあるがどうもそうらしい。訳も分からず彼女の、雪女の冷たい手を握ってしまった。
俺の平和で自由で穏やかな生活は、この段ボール一つが届いたことであっさりと終わりを告げた。




