インプラント
あの人は変わった。
何を目指しているのかわからないような人ではあったけど、こうも別人のようになられると、見た側としても不安になる。
「御機嫌よう」
昨日は爽やかに挨拶をしてくれた。
堂々とした佇まいで目には力がみなぎっている。
まるで王手企業の秘書みたいだ。
三日前までは話しているところを見たこともないくらいにおどおどした挙動だった。
誰かになりきるほどの度胸の持ち主ではないし、あえて秘書風を選びもしないだろう。
でも、実際に知らない人になってしまった人がいる。
何が怖いかと言えば、あまりに綺麗すぎる変化を遂げたことだ。
明らかに演技の域を超えている。
あの人は今まで昼食を抜くか、菓子パンを隠れるようにして食べていた。
他にも、講義中は寝ていたり、英語が苦手でレポートに困ってたり、暗くて冴えないイメージが強かった。
それがある日突然、サラダを食べ始めたり、英語が堪能になったり、気さくに話しかけるようになったのだ。
ゼミが騒然とするのは当たり前だ。
みんな変貌の原因が知りたいが、誰もあの人と親しくないので近づきにくい。
そのうえ、今まで絡もうとしてこなかった向こう側から気さくに話しかけてくるようになったら、「何か裏があるんじゃ?」と疑いたくなる。
みんなの疑心と恐怖は同じゼミ生として非常に同感できる。
しかし、最も気になるのは、その様子にも気づいていないというか、変化したことにすら気づいていないような様子なのだ。
従来のあの人と今のあの人は綺麗さっぱり別れている。
そんなことが本当にありえるのだろうか。
ああだこうだ思索に耽っていたら教室のドアが開いた。
「あら、貴女もいらしたのね」
次の講義もあの人と一緒だった。
『これはちょうどいいタイミングだ』
思い切って聞くことにした。
「最近、雰囲気がものすごく変わった気がするんだけどどうしたの?たとえば記憶喪失とかなっちゃったりした?」
彼女は少し驚いた様子を見せたが、大人の余裕にも似た微笑みを浮かべた。
「急に予想外の質問をされたから驚いちゃいました」
「いやーそうですよねー。でも、何かあったんじゃないかなって思うくらい変わったから私もビックリしちゃって」
普通に会話していることが奇妙でならない。
あの人と話している感じがまったくしない。
ドッキリであってほしいとさえ願いたくなるほどに居心地が悪い。
こちら側がもやもやしているのを察した彼女は何気ない感じでこう言った。
「実はですね、脳をインプラントにしたんですよ」
何を言っているのかわからなかったが、その後に続いた言葉で頭の中が真っ白になった。
「貴女も一ヶ月ほど前に脳をインプラントになさったんですよね?」