火防女007 アレン4
結論から言うと師匠は自殺だった。
礼拝堂の梁を調べてみたところ、師匠の靴跡が見つかった。
師匠は自分で梁にロープを結びつけたあと、自分で飛び降り死んだのだ。
そもそもここには自分と師匠以外人はいない
外から人が来る事もないので、自分に覚えがなければ残る容疑者は師匠だけだった。
なんで・・・
師匠をロープから下ろし礼拝堂に横たえその横に座り込む
なんで師匠は自殺した、グルグル、グルグルと師匠の顔を見つめながら考えた。
昨晩の師匠にそんな様子は微塵もなかった、僕がお役目を引き継ぎ本当に嬉しそうに笑っていた。
あんなに楽しそうだった師匠は初めて見た、とても自殺するとは思えない。
何か手がかりがないか師匠の部屋を漁ってみた。
師匠の部屋は殺風景で物書き用の机とベッド、数冊の本が収められた本棚、修道服が収められたクローゼットしかなかった。
自殺だったのなら遺言状を残しているかもしれないと探してみたが見つからなかった。
散々荒らし回った師匠の部屋をそのままに教会中を同じように探し回る。
その日1日を使って探し回ったが遺言状は見つからなかった。
日が沈み、灯りもない礼拝堂に横たわったままの師匠に近づきまた横に座る。
「師匠・・・・どうしてですか・・・・なんで・・・。」
答えるはずもない師匠に対して問いかける。
もちろん答えは帰ってこない
ふと脳裏に火喰鳥の存在が掠める。
そういえば昨日の師匠は僕がお役目を引き継ぐと言ってからおかしなぐらい上機嫌だった。
まるで長年背負っていた荷物を下ろしたような・・・・。
ドクンと心臓が一際強く鼓動する。
最悪の考えが頭をよぎった。
逃げたのだ。
師匠は火喰鳥から逃げたのだ。
あの恐ろしく、醜く、強大な魔獣から逃れるため死を選んだのだと
すぐにその考えから目をそらすように頭を振る。
そんなはずはない、それが理由だったとしてなぜ今この時にわざわざ死んだのか、もっと前に死んでいてもおかしくないではないか。
その考えを否定するための言い訳を考えたが、僕の中のもう一人の自分がそれを否定した。
昨日なにがあった、お役目の引き継ぎだ。
師匠はいままで世界のため、決して放り出せぬお役目に縛られていた。
自身が死ぬ事で世界に火喰鳥が解き放たれてしまうと考えると死ぬに死ねなかったのだと。
なぜ今この時に死んだか、それはお役目から解放されたからだ。
自分が死んでもアレンがいる、その考えが師匠の最期の鎖を引きちぎった。
師匠はアレンに全ての責任をなすりつけて自分だけ楽になったのだ。
なにも言い返せなかった。
僕の中で結論がでてしまった。
師匠は逃げた、僕を生贄にして一人だけ逃げたのだと
瞬間頭の中が沸き立った。
腰に挿していたナイフを抜きはなち、目の前でのうのうと眠りこけている師匠に対してナイフを突き立てた。
腹を、首を、腕を、足を、顔を、気が狂ったようにナイフを突き立て続けた。
師匠の返り血と臓物にまみれながらも師匠にナイフを突き立てるのをやめない
「全部!!自分のためだったのか!!!!」
喉がはりさけんばかりに、怒りのままに吼えたてる。
「今まで僕を育てたのも!!戦い方や教養を与えたのも!!全部!!全部自分だけが逃げるためだったのか!!!!」
頭の中では今までの師匠との思い出がフラッシュバックする
厳しくともどこか優しい師匠との思い出、それが全て欺瞞と言う名の泥にまみれていく。
「昨日!!僕を撫でてくれた手も、楽しそうに笑っていたのも全部!!!お前が!!!お前が!!!!」
師匠の顔は原型が残っていないほど滅多刺しにされ
腹は大きく切り開かれ内臓という内臓が散乱していた。
「・・・・・・・息子と呼んでくれたのさえ、嘘だったのかよ」
師匠の心臓に突き立てたナイフを力一杯握り締める
カタカタと震えているナイフに額をつけ祈るように顔を伏せ泣いた。
血の匂いと死臭が礼拝堂に満ち、祭壇は血と臓物によって穢れ
5つの首をもつ龍の像はただじっと父に縋り付くように泣き続ける青年を見つめ続けていた。
翌朝、僕は師匠の亡骸を近くの崖下に捨てた。
年中雪と氷に包まれているネーヴェには春は来ない
ズタボロになった師匠の亡骸はこのまま雪に埋もれ、土に還ることもなく雪の中に閉じ込められ続ける。
龍神教の教えでは、人は死に土に還ることで輪廻の輪に戻ると言われている。
「一人逃げ出した臆病ものは永遠にそこで屍を晒していろ」
崖の上から冷めた目で師匠の亡骸を見下ろしていた。
用は済んだと教会に踵を返す。
数分もすると師匠の死体は雪に埋もれ、もうどこにあるのかさえわからなくなった。