火防女019 エル9
なんとかアレンとの関係修復はできないかと頭を悩ませていたが
スープとパンを持って帰ってきたアレンは先程までの悲痛な顔ではなく
初対面のときのような穏やかな笑顔になっていた。
まるで何事もなかったかのように私の食事の世話をしだしたアレンに少し驚きながらも、先程のセンの罵声について詫びた。
少し落ち込んだように笑いながら「本当のことですから」と言ったアレンの表情は無理をしているように見えた。
気持ちの整理の時間が必要だと思い、深くつっこむことはやめた。
何事もなく療養の日々が続き、5日が経った。
センに言われた通り大人しくしていた私は
ようやく一人で歩けるまでに回復した。
指先の感覚には少し違和感を覚えながらも、自分で匙が持てるようになった。
指先の違和感についてはアレン曰く、凍傷の後遺症で治らないかもしれないと言われた。
しかし違和感を感じる程度なので、何かを持ったり字を書いたりはできるので問題はないと思う。
しばらく寝たきり生活だった私は全身の筋力が著しく低下していた。
リハビリも兼ねて建物内を散歩していて色々なことに気づいた。
まずここがただの教会ではないこと
大きい建物だと思っていたが、私の想像よりも広かった。
なんとこの教会3階建てなのである、田舎村出身の私は2階建ての建物しか見たことがなかったので、3階建てというだけでここが特別な場所なのだと思ってしまう。
3階は豪華な客室だった、お貴族様用の特別な部屋らしいがここしばらくは誰も使っていないので少し埃っぽかった。
本来はここにリークイドのお貴族様が住んでいるはずだったらしい。
2階は私が寝ている部屋とアレンの私室、それからお貴族様の従者用の客室がいくつか備え付けられていた。
似たような内装ばかりで探検しがいがなかった。
1階は広く大きな礼拝堂になっており、大人数が入れるように長椅子が何脚も並べて置かれている。
祭壇には5つの首を持つ龍の像が置かれ、その背後に設置されている色ガラスから差し込む光が合わさり幻想的な雰囲気を醸し出していた。
5つの首の龍・・・・この国に住む者なら誰でも知っている、龍神様の像だ。
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昔々、世界にまだ天も地も海もない真っ暗闇な世界だった頃
5柱の龍が暗闇の中で生まれた。
火を司る火龍
水を司る水龍
地を司る地龍
風を司る風龍
そして光を司る光龍
5柱の龍は暗闇の世界に天と地と海と生命を生み出し世界を創造した。
龍達は生み出した世界を慈しみ大事に育んだ。
それを面白く思わなかった龍がいた。
それは暗闇を司る闇龍だった。
闇龍は自分の領域に生み出された世界を破壊しようと攻撃をしかけてきた。
5柱の龍達は世界を守るために闇龍と戦うが、強大な力を持つ闇龍は5柱の龍達を上回っており龍達は苦戦を強いられていた。
そんな時5人の勇者達が現れた。
勇者達は龍達と共に闇龍に立ち向かい、苦戦の末闇龍を討ち取ることに成功した。
こうして守られた世界は龍達に見守られながら今現在も平和に過ごしている。
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寝物語として語られ続けるこの世界の創造記である。
この時闇龍の死体から生まれたのが魔種族と言われており
人類共通の敵として今現在も戦い続けている。
閑話休題
静謐な空気に包まれた礼拝堂を抜け、奥にあった両開きの扉を開ける。
扉の先は外だった、が私は外の光景に唖然とする。
そこは青々とした芝生が敷き詰められ、綺麗に整えられた花壇に色とりどりの花々が綺麗に咲き誇っていた。
春爛漫といった雰囲気とは裏腹に、50mほど先は轟々と雪が吹雪いていた。
春のような陽気と柔らかい芝の感触に思わずその場で寝転びたくなってくる。
何かしらの結界が張られているのだと思われるが、周囲の環境をここまで豹変させる結界など聞いたことがない。
そもそもこれだけの規模の結界を維持する魔力はどこからきているのか。
っていうかこんな結界なんのためにあるんだ、ただ結界内を温めるだけにこんな大規模な結界を張るなんて正直言ってバカなんじゃないだろうか。
コップ一杯のお湯を作るのにキャンプファイヤーを使ってるぐらいの暴挙だ、これを組み上げた奴は何を考えてこんな結界を作り上げたんだろうか。
あまりに非効率な結界式に沸々と苛立ちが募る。
私ならどう結界を組むか悶々としていると後ろから声をかけられた。
「エル、こんなところにいたんですね。そろそろ昼食にしませんか?」
「少し散歩してました、あぁ〜お腹すいた。」
昼食に呼びにきたアレンに駆け寄る、彼の作る食事はとても美味しく
この5日間ですっかり餌付けされてしまった。
アレンと並んで歩き食堂まで移動する。
センが暴れたことでめちゃくちゃになってしまった食堂は今は片付けられ
壊れてしまった机と椅子の代わりに、使われていない部屋から持ってきた物が置かれている。
机の上には二人分のトマトスープと、先日アレンと一緒に作った、作り置きの黒パンが籠にいれられ置かれていた。
まだ湯気が出ているスープからは食欲をそそるいい匂いが漂っている。
アレンと二人食卓につき、両手を組み合わせ食前のお祈りをする。
「「糧と光と命に感謝を、ラッチェ。」」
お祈りを終え匙でスープをすくい、音を立てないように静かに嚥下する。
トマトの甘みと酸味、それに一緒に茹でられた野菜の旨味が口内いっぱいに広がる。
スープの美味しさに思わず口元が緩む
「今日のスープも絶品ですよアレン」
「ふふ、ありがとうございます。エルがいると料理のしがいがありますね。」
率直にスープの感想を述べると少し照れたようにアレンが笑う。
そのまま夢中で食事を続けていたらアレンが食事の手を止めこちらを見つめる
「そういえば先ほど庭でなにか考え込んでいたようですが、なにかありましたか?」
「え?・・・あぁあれですか、この教会に張られてる結界について考えていました。」
「結界というと、雪を遮断しているあれですか?」
「えぇ…はい、遮断だけじゃなくて結界内の気温調整とかもしているみたいですが……かなり非効率な方法が取られていて同じ術者として思うところがあっただけです。」
「え!?エルあなた魔法使いだったんですか!?」
驚きに目を見張るアレンを見て、そういえばまだ言ってなかったかと思い直す。
「はい、おじいちゃんに魔法を習ってました。これでも村のなかではおじいちゃんに次ぐ魔法使いだったんですよ。」
魔法だけであればお父さんにも負けなかったと胸を張る。
体術などを組み合わせた実戦形式では下から数えた方が早いくらいのポンコツだったのは秘密だ。
「その歳で魔法が使えるなんてすごいですね。」
「私くらいの歳の子はみんな使えてましたよ?」
「……いや、普通はもっと大きくなってから学ぶものですよ。」
魔法は魔力と知識さえあれば誰でも使える技術だ。
魔力については生まれ持った物に左右されるが
知識については努力次第だ。
娯楽の少ない田舎の村では魔法の勉強は何よりの暇つぶしになった。
子供達は大人が仕事に出かけてる間、村長だったおじいちゃんの元で魔法の授業を受けていた。
だから私の村では大人も子供もみんな魔法が使えた。
「なんですか、その恐ろしい村は・・・。」
魔法使い1人で兵士5人分の戦力と言われているらしく
村単位で魔法使いが固まっているのは通常考えられないとアレンは頭を抱えた。
閉鎖的な小さな村だったから多少世間知らずな部分が自分にあるであろうことは自覚していたが、まさかアレンが頭を抱えてしまうほど非常識だったとは思わなかった。
「ま、まぁいいでしょう・・・それで?非効率な方法ってどういう意味なんですか?」
自分の常識に懐疑的になっていると気を取り直したアレンが話を戻してきた。
渡りに船とその話題に食いついた。
「あ、あぁそうでした。
私が見たところ、この教会にはいくつかの魔法陣が組み込まれた結界が張られています。
環境調整、魔獣避け、結界維持に魔力供給
基本的な魔法陣に加えて独自の魔法陣も組み込まれているようです。
独自の魔法陣についてはどこかに隠蔽されているから詳しくはわかりませんが
結界表面の魔力の流れから複数の別の結界に魔力が供給されていることがわかります。
このパターンは以前見たことがあります。
セントラルコントロールパターンと呼ばれるマジックパターンです。
結界を構築するうえで、一番重要で厄介なのが動力源である魔石とその管理です。
その問題を中央の結界にまとめ管理コストの軽減を実現させたのがセントラルコントロールパターンです。
それだけではなく、中央結界と同じ魔法陣を各地に設置し中央結界と繋げることで
遠隔で結界を生成することも可能です。
中央結界をセントラル、遠隔結界をノードと呼びます。
もちろんこれにもデメリットはあります、まずセントラルに異常があればすべてのノードに影響が出ます。
それにセントラルに設置する魔石の量もノードの数に比例して増えます。
それらを解決するために現在王都でノードのセントラル化の研究が進められているらしいです。
これが実現すればたとえセントラルが停止したとしても
ノードが新たなセントラルに昇格し全体の結界の維持が可能になります。
まだ成功した話は聞きませんが近いうちに必ず実現すると思います。
そうそう王都での研究といえばエレメントヒエラルキーについての最新論文が……」
「ま、待って、待ってくださいエル!!!」
気持ちよく語っていると慌てたようにアレンが静止をかけてきた。
話はまだこれからだと言うのになぜ止めるのかと非難の視線を向けると
アレンは目を回したように頭が揺れ、頭からは白い蒸気が吹き出していた。
「す、すいません……僕にはかなり難しい話でよくわかりませんでした」
「え・・・・あ!ご、ごめんなさい。ついつい喋りすぎてしまいました……」
またやらかしてしまった・・・。
魔法の話になるといつも熱中してしまって、相手を置き去りにしてしまう。
あの勢いについてこれたのはおじいちゃんだけだった。
「えっと・・・・・魔法使いってみんな・・・・こんな感じなんですか?」
「い、いえ・・・・私の知ってる限り私とおじいちゃんだけです・・・。」
「そうですか、エルとお爺様はすごいんですね・・・。」
頬を引きつらせながらアレンが奇妙なものを見る目でこちらを見つめている。
子供の頃街に出かけて、そこで知り合った魔法使いと話した時も同じようなことになった。
気持ちよくペラペラ喋り倒す私と魂が抜け切ったように意気消沈とした魔法使いを見たお爺ちゃんが頭を抱えていたことを思い出した。
「えっとつまりですね、この教会の結界はこことは別の結界に対して魔力の供給を行なっているようです。でもその魔力量が異常で通常の100倍ほどの魔力が複数の結界に供給されているみたいです」
「えっと……よくわからないんですが、やっぱりそれは異常なんですよね?」
「えぇ、えぇ、こんなの魔力の無駄遣いです。この結界を1日維持するのに使用する魔力量は、王都の水質除染魔法陣に使われる魔力の一年分くらいかかってます。正直ありえません。」
術者が何を考えているのかわからない、そもそとそんな膨大な魔力をどこから仕入れているのかもわからないと、ぷりぷり怒りながらアレンに説明する。
それにセントラルを置いてある場所も不可解だ。
周りに何もない雪原のど真ん中に建築された教会に結界を張るのは非効率だ。
私が術者ならば周りが壁に囲まれた場所を選ぶ。
例えば洞窟や谷間など無駄な風が来ない場所に設置した方が結界を張る範囲を絞ることができて効率的だ。
この未知の結界を張った術者は相当な腕前なのは確かだ。
だからこそ、この非効率的な結界の張り方が不可解だ。
まるで魔力を無駄に消費させるがために作成された結界のようだ。
できれば教会内を探して魔法陣を見つけたい。
術者は何をもってこの結界を作ったのか、魔石はなんなのか、魔力供給についてはどうしているのか、誰がしているのか。
ムズムズと知的好奇心がわきがってくるのを感じる。
思わず顔がニヤけてくる、その様子を見たアレンが呆れたようにため息を吐いた。
「エル、僕は自宅をひっくり返されて喜ぶ趣味はありませんよ」
「え!?あ、あ!はい!!もちろん、もちろんそんなことしませんよ!はい!!」
まずは最も可能性の高い聖堂から調査をしようかと考え込んでいると、アレンから「自宅を荒らすなよ」と釘を刺されてしまった。
一瞬ちゃんと元に戻すからと言い訳いそうになったが、それでも自宅を好き勝手に荒らされるのは気持ちのいいものではないだろう。
ものすごく残念だが諦めるしかないだろう、目の前のおもちゃを取り上げられてしまいションボリとしていると小さく笑ったアレンが席を立つ。
「代わりにデザートはいかがですか?干しリンルがあるので持ってきます。」
「リンル!私リンル大好きです!!」
硬い外皮に蜜たっぷりの果肉のリンルは森の中に群生している、森に採取に出かける子供達のおやつとして大人気の果物だ。
よく森に出かけていた私にとって大好物だ。
大好物に顔を輝かせているとプッとアレンが笑いを吹き出した。
「エルはとってもわかりやすいですね。」
クスクス笑いながらアレンが台所に消える。
バカにされているように感じて思わず頰を膨らませる。
ヤケクソに頬張ったトマトスープは少し塩っぱかった。




