火防女018 エル8
目を覚ますとそこはいつものベッドの上だった。
意識を失う前に感じていた目眩や頭痛は治り、熱も引いていた。
指先は凍傷のせいかまだチクチクと痛むが、それ以外は特に問題なく動けるまでに体調が回復しているようだ。
私が目を覚ましたことに気づいたアレンはホッとした顔で私の額に手をあて熱を計っている。
「4日も眠ったままだったので心配しましたよ。
突然高熱を出して倒れた時はどうなるかと・・・。」
応接室で倒れた私は高熱にうなされ、嘔吐を繰り返し、意識が戻らないまま4日間も寝込んでいたようだ。
その間ずっとアレンが看病をしてくれていたのだろう。
「何度も迷惑をかけてしまってすいません・・・。」
私が倒れて、アレンに助けられるのはこれで何度目だろうか
いたたまれない気持ちで胸の中がいっぱいになる。
シュンっと落ち込んでいる私を見て、アレンは頬を緩めて私の頭を撫でてくれた。
「気にしないでください、僕のせいでもあるんですから」
悲しげに目を伏せると「センティメント様を呼んできます」と部屋を出て言った。
枕元に置いてあった水差しで喉を潤していると
センが廊下側の壁をすり抜け、私の胸の中にものすごい勢いで飛び込んできた。
『バカァー!!おまえー!!おまえほんと・・・・バカー!!』
ワンワンと泣き叫ぶセンが言葉にならない罵声をあびせかけてくる
ソッと背中をさすりながらごめんねと謝る。
『何度言っても無茶をする・・・・少しは自重しろ』
と胸の中でグズグズと泣きながらしがみついてくる。
不謹慎ではあるが、こうして泣きながら縋り付いてくるセンはかわいい
愛おしい気持ちが抑えきれず、背中の鱗にそって丁寧に撫で続けると
それが気持ちよかったのか喉からクルルと甘えたような音がする。
気がすむまでセンのことを撫で続けていたが
居心地が悪そうな表情をしたアレンが視界に入り、撫でる手を止める。
手が止まったことにセンが不満そうな声をあげるが、後ろを振り向きアレンに気づくと
突進してきたときと同じ速さで私から飛びのく
部屋の中が居心地の悪い空気に包まれ、全員が視線を逸らし続ける。
『えぇ・・・・まぁ・・・・エルが目覚めたからな、これからの話をしよう』
センの言葉で沈黙が破られる
ベッド脇の椅子にアレンが着席し、ベッドに寝転ぶ私の顔の横にセンも座り込む。
『4日前に話した結界だが、危険な状態にあると言ってもまだ1年猶予はある。
だから今すぐどうこうする必要はない、まずはエルの体調を回復させるのが優先だ。』
センの小さな手がペチペチと私の頬を叩く。
結界が維持され続けた400年という年月を考えると
あと1年というのはひどく短く感じてしまうが
私たちにとって1年という時間は十分な猶予がある。
だから焦る必要はないと言われ、私とアレンはホッと一息つく
『エルの回復にはどのくらい時間がかかりそうだ』
「恐らく一月ほどかかると思います、それ以上長引くようであれば
一度下山してちゃんとした医者に診せた方がいいと思います。」
『・・・・今から下山して医者に診せるではダメなのか』
「今の状態で吹雪の中下山させるのは危険です。
せめて手足の凍傷が回復するまでは無理ですね」
『うむぅ・・・。』
チラリと私を見るとセンはそのまま黙り込んでしまう。
アレンのほうを見つめ首をかしげると、アレンもこちらを見つめて首をかしげる
しばらく黙りこんでいたセンは視線をアレンに戻す
『リークイドと連絡をとることはできるか』
唐突にお貴族様の名前が出てきたことに驚いた。
平民がお貴族様に連絡をとるなど可能なのだろうか。
伺うようにアレンの顔を覗きこむと、視線を落とし何かを考え込んでいた。
「月に一度ここを訪れる商人がいます、彼は生活用品の補給と
リークイド家との橋渡しも担当しています。
彼に言伝を頼めば恐らく連絡は取れると思います」
『次にその商人がくるのはいつだ』
「7日後です」
それは都合がいいとセンがニヤリと笑う
その笑顔は邪悪に歪んでいて、悪巧みをしているようにしか見えない
センはもうちょっと笑い方を考えたほうがいいと思う。
『その商人を使って、リークイドに援軍を要請する』
「「え!?」」
突然の提案に私もアレンも驚き目を丸くする
平民身分である私たちから、貴族であるリークイド家に何かを要求するなど、本来であれば許されない行為だ。
「そ、そんなことできるの?」
『状況が状況だ、恐らく大丈夫だろう。
封印が解けて一番困るのは、それを管理していたリークイドだ。』
氷の聖女ネーヴェは火喰鳥の封印を施したあと
生家であるリークイド家と、人類領の支配者である王族に対して
それぞれ封印の管理を一任したらしい
警備と管理をリークイド家が、万が一結界が解けてしまった場合の対応を王族が担うこととなった。
今回の場合、王族が出る必要のある万が一にあたると思われるが
原因がリークイド家の管理不行き届きであるため
責任はリークイド家が全面的に負うこととなる。
そうなるといくら大貴族であるリークイド家であっても
お家取り潰し、当主の処刑、一族の連座
などなど大変よろしくない事態に陥ることは確実である。
すでに状況が取り返しのつかないところまで来ている現状
リークイド家が助かる道はただ一つ。
王族に気づかれる前に迅速に事態を収束させる必要がある。
そのためならばどんな無理難題でも聞き入れてくれるだろうとセンは考えていた。
『7日後に言伝を頼み、リークイド家まで連絡がいくのに半月程度か?
そのあと兵を集め、準備を整えるのに一月、その軍隊がここまでやってくるのに一月といったところか。
だいたい2ヶ月半後には動けると思っていいだろう。』
「え、えぇ・・・恐らくセンティメント様の
おっしゃる通りだと思います。」
スラスラと予定を推測するセンに私とアレンは目を丸くする
行きに半月、帰りに一月かかるのはおかしいんじゃないかと尋ねてみたら、
単身で行動できる身軽な商人と、軍隊で動かなければいけない援軍で進行速度が同じになるわけがないだろうと出来の悪い子を見る目で言われた。
やけに詳しいなと頭を傾げる私の横で「さすがセンティメント様、見事なご慧眼です」とアレンは目をキラキラさせていた。
『とにかく、決行は2ヶ月半後だ。
エルはその間は絶対安静だ、余計なことをして怪我を悪化させるな
2ヶ月で体調を整えて準備を整えておけ』
またペシペシと頬を叩かれる
意趣返しにとセンの顔に息を吹きかけると、顔を顰めたあとペシペシの速度があがった。痛い痛い
そんな私たちを見つめるアレンの表情は、先日見せた鬼気迫る顔からは想像もできないくらい穏やかに微笑んでいた
『さて、そうなると残る問題は貴様だ』
あまりにしつこく続くペシペシ攻撃に対し、その小さな手を咥えてやろうかと考えていたらセンがアレンに対して話を投げかけた
「ぼ・・・私ですか?」
『そうだ、曲がりなりにも貴様はリークイドの代役だ。
盟約に則り貴様は我らに協力する義務がある。』
「そ、それは・・・・・。」
ビクリと大きく肩が跳ね、青白い顔でアレンはセンを見つめる
センが言わんとしていることを理解しているが、それを受け入れることを恐れている顔だ。
『貴様も火喰鳥討伐に同行してもらう』
まるで死刑宣告を受けたかのようにアレンの表情は絶望に塗りつぶされた。
カタカタと歯がなり、震える体を抑えるように両手で肩を抱き俯いてしまう。
恐怖に震え俯くその姿は、小さい子供が必死に泣くのをこらえてるかのようだった。
触れれば崩れ落ちてしまいそうなほど今のアレンは脆く小さく思え、思わず上がった手が途中で止まる。
『っと本来はそういうべきなんだろうが・・・・。
小僧、貴様は来なくていい。』
ため息と共にセンはそう吐き捨てた。
顔を伏せていたアレンは恐る恐る顔を上げセンを見つめる。
その目には困惑と期待が浮かび上がっている、本当にいいのかと問いかけるような視線を受けたセンは
『邪魔だ。』
バッサリとそう切り捨てた。
『肉盾にもならなそうな貴様がいても何の役にもたたん。
それどころか震えて動けない貴様を気にかけてエルが満足に動けなくなる。
故に貴様はいらん、貴様はこれから我とエルの身の回りの世話をしろ
それ以外は何もするな』
「その程度はできるだろう?」と言いたげなセンの表情には深い侮蔑の感情が見て取れた。
アレンの表情が先程とは違った絶望に染め上げられる。
目を見開き唇を噛み締め何かを必死に押し殺している。
それはセンからの侮辱への怒りか、それとも別の感情か私にはわからないが、センの言葉でアレンが大きく傷ついたことだけはわかった。
『話はここまでだ、我はやることがあるのでまたしばらく消える。
エルは余計なことをせずジッとしているのだぞ。』
「あっ!ちょっとセン!!」
止める間もなくセンは壁の中に消えていった。
この最悪の雰囲気の中私とアレンを二人だけにするのはやめてほしい。
チラッとアレンの様子を伺うと俯き黙り込んでいる。
なんと声をかけていいのかわからず、沈黙が場を占める。
「なにか・・・・食べれるものをもってきますね。」
しばらくお互い黙り込んでいたら、アレンがそうポツリと呟いた。
そのまま足早に部屋を出て行ってしまう。
部屋に一人取り残された私は深く大きなため息をつく
「この険悪な雰囲気のまま2ヶ月半過ごすの・・・?」
これから先のことを考えるとまた大きなため息を吐いた。




