火防女017 エル7
「アレン、しっかりしてください!アレン!!」
突然白目を剥いて倒れたアレンに駆け寄りその体をゆさゆさと揺する
幸いにもすぐに目を覚ましてくれたが、勢いよく机に突っ伏したせいで額に大きなタンコブができあがっていた。
タンコブを抑えながらアレンが半目でこちらを睨みつけてくる
「あ、あ、あなたは・・・・・バカですか!!」
突然大声で罵倒され体が大きく跳ね上がる
先程まで和かに会話ができていたのに、なぜ突然罵倒されたのかわからず
オロオロしていると、呆れたようにアレンがため息を吐く
「まず言いたいことが3つあります」
そう言いながら指を一本立ててこちらに突きつけてくる
「まず1つ、守護対象である火喰鳥の瞳を持ち歩きながら旅をするなんて正気ですか。
道中であなたに何かあったり、盗難にあったり、紛失する危険性を考えなかったんですか。」
「うっ・・・それについては考えていました。でも私が気をつけていれば大丈夫かなぁって・・・。それにセンもいましたし。」
「危機管理意識が低すぎます・・・・普通は厳重な封印が施された、誰も知らない場所に隠すべきです。」
もともとあれはそういう所に封印されていたのでは?
と問いかけられ返す言葉が見つからなかった。
確かに最初はおじいちゃんの部屋の奥に隠されるように封印されていた。
それを持ち出すなど危険極まりない行為だと叱られる。
そう言うとこちらに突きつけている手の指をもう一本立てる
「その2に、あなたのような子供が一人で旅をするなんて危険すぎます。
いくらセンティメント様がいらっしゃったとしても、誰か他に大人を連れてくるべきです。
あなたのご両親はよく旅の許可を出しましたね・・・・・・いえ、もしかして無許可で来たんですか?」
家出をした子供を諌めるような視線を投げかけられ、思わず肩をすくめる。
これについては私も誰かが一緒に居てくれればと何度も思った
しかしそれは無理な話だった。
「私の育った村は・・・・・流行病でみんな死んでしまったので、生き残ったのは私だけで、仕方なく一人で・・・。」
「・・・・・・そういえば変わった病が流行っていると聞いたことがあります。すいません、辛いことを思い出させてしまいましたね。」
目を伏せこちらに頭を下げながら謝罪をしてくれる。
正直村のみんなことを思い出すと胸の奥が締め付けられる。
あまり深く思うと思わず涙が出てしまいそうになる。
そんな気持ちを振り払うように頭を横に振りアレンの謝罪を受け止める。
そんな私を見つめるアレンの視線には憐憫の情が浮かんで居た。
一度目を閉じると、また一本指を立ててこちらに突きつけてくる
「そして最後に・・・・・せっかく分けて封印していたのに、なぜ瞳を持ってきてしまったんですか。
瞳と身体が近づくことで封印がとけてしまう可能性は考えなかったんですか。」
これが一番の問題だと言いたげにこちらを睨め付けてくる
なるほど、そんな可能性があったのかと思わず手を打つと、アレンは重たいため息を盛大に吐く。
「センが何も言わなかったので特に問題ないと思います。そもそも瞳を持ってここに来るように言ったのはセンですから。」
「センティメント様が・・・?なぜそのようなことを?」
「わかりません、それについてはここで協力者と合流したら教えてくれると言っていましたから。」
センは時々情報を出し渋ることがある
現に協力者がリークイド家という貴族だということもここに来てから初めて知ったことだった。
一度そのことについて不満を漏らしたら『然るべき時に然るべきことを伝える』とだけ言われてしまった。
そんな風に肝心なことは何も教えてもらえず、ここまで旅を続けてきた。
それでもここまで挫けずたどり着けたのは、目的だけははっきりしていたからだ。
「火喰鳥を倒すためには瞳も必要だとセンが言っていたので、きっと必要になるんだと思います。」
「待ってください」
アレンが強張った顔で広げた手のひらをこちらに突きだす。
「いま・・・なんて言いました?」
「センが瞳は必要だって言って・・・」
「違います、それじゃなくて!!」
片手で髪の毛をくしゃりと握りながら、胡乱げな目つきでこちらを見つめる。
「いま、火喰鳥を・・・倒すと?」
「はい、私とセンは火喰鳥を倒すためにここを訪れました。」
「バカな!!!」
バンッと勢いよく机を叩きアレンがこちらに身を乗り出してくる
その目は血走り、今にも噛みつかんばかりに怒りに染まっていた。
あまりの勢いにッヒ!と短く悲鳴が漏れ出る、センのおかげで和らいだアレンの雰囲気がまたトゲトゲしいものになり身の危険を感じる。
「あなたは本気で火喰鳥が倒せると思っているんですか!?氷の聖女でも倒せず封印するのが精一杯だったあの魔獣を倒せると!?あなたのような子供とセンティメント様だけで倒せると本気で思っているんですか!!」
「そ、それは・・・・」
『もちろん可能だ』
突如部屋の中に男の声が響き渡る、私たちは声の聞こえてきた方向、天井に視線を上げると、そこには偉そうに腕を組んでこちらを見下ろしているセンがいた。
「センティメント様・・・。」
『小僧、貴様が不安になるのも当然だろう。エルはまだアレを見たことがないからな。
どれだけ無茶なことをやろうとしているかまだ理解できていないのだ。
しかしこいつには我がついている。
400年前、聖女ネーヴェと戦士アルマトゥーラと共にヤツと戦った我が言うのだ!必ず倒せる!!』
クククッと自信たっぷりに笑っているセンだが、アレンの表情は暗い
子供の私と、龍と言っても小柄なセンで火喰鳥と戦えるわけがないと思っているようだ。
天井から私たちの目線の高さまで降りてきたセンは、一度私たちを真剣な表情で見つめると目を閉じる。
『しかし・・・・制限時間つきだがな』
「制限時間?どういうことセン。」
ポツリと弱々しくこぼした言葉について問い詰めると
センは苦々しい顔で視線を外らす。
『結界がな・・・もうもたん。早ければ1年、遅くても2年ほどでネーヴェの張った結界は解けてしまうだろう。』
「そ、そんなっ!!!」
アレンが悲鳴をあげその場にへたりこむ、顔面蒼白で全身が小刻みに震えている。
『結界を確認してきたが・・・・あれはもう随分と魔力供給がされていなかったようだ。
結界の維持機能だけを残して他は全滅だった。今から魔力を注ぎ込んでも意味はないだろうな。』
結界と一口に言っても、その実態は複数の魔法陣によって構成されている
結界を展開する魔法陣、魔力を消費して結界を維持する魔法陣、魔力を貯蔵し管理する魔法陣、内外部からの衝撃を抑える魔法陣などなど、細かい用途ごとの魔法陣を複数合わせてはじめて結界の魔法陣として機能している。
センの話によると今の結界は魔力を消費して結界を維持する魔法陣を残し、他の魔法陣は全て機能しなくなっているらしい。
結界はより長く維持できるよう組まれているようで、魔力を消費して結界を維持する魔法陣以外の魔法陣は、全て魔力に変換されてしまっているようだ。
一度魔力に変換された魔法陣は二度と元に戻すことはできず、それ故にもう手遅れの状態になってしまっているということだ。
『火喰鳥を倒すのにネーヴェの結界は必須だ。だから1年のうちにヤツを倒さないと・・・・・・400年前の悲劇が再現されることになる。』
「そ、そんな・・・。」
センからの冷酷な余命宣告に、アレンは顔を真っ青にして頭を抱えて項垂れる
かくいう私もその宣告に驚き戸惑っている。
おとぎ話になるような魔獣の封印がとけると断言され冷静でいられるわけがない
「じゃ、じゃあ早く倒さないと!!」
そう意気込みながら勢いよく椅子から立ちあがると、クラリとめまいがし視界が回る。
あっと声を出す間も無くその場に倒れ込んでしまった。
「エルっ!?」
『何をしているんだ馬鹿者』
アレンが机越しにこちらを心配そうに覗き込み
センはバカを見るような目で私を見下ろしている。
突然倒れ込んでしまった私はわけがわからず目を瞬かせる。
「エル、色々あったから忘れていると思いますが
あなたはまだまともに動けない病人なんですよ。
すぐに動くのは無茶です。」
アレンに殺気をぶつけられたり、拷問されかけたり、センが大暴れしたりと
色々あって自分の体調のことをすっかり忘れていた。
猛吹雪の中を歩き続けた私の体はボロボロだった。
あれから一週間経つ今でも、両手足は未だ感覚が鈍く頭も風邪を引いた時のようにボーっとしている。
そんな状態で手のひらにナイフを刺され、血も多く流してしまった私は正直起き上がるのも辛い。
先程までは一種の興奮状態にあり、体調の不調を自覚できていなかった
だが冷静になった今、身体のあちこちが悲鳴をあげているのがわかる。
「あ・・・ちょっと・・・まずい・・・かも」
自覚してしまったら急激に熱があがってきた。
頭の奥がズキズキと痛み出し、目眩もひどくなってきていた。
アレンが松葉杖をつきながらなにか呼びかけながら近寄ってくる。
ダメだ、頭がボーッとしてアレンがなにを言っているのかがわからない…
視界がドンドンボヤけてきて意識が朦朧とする…
私はそのまま意識を手放し、深い闇の中へ落ちていった。




