火防女016 エル6
「痛いかもしれませんが、我慢してください」
腕を拘束され、真っ直ぐとこちらを見つめるアレンさんと目が合う。
瞬間、痛みが走る。
チクチクとした痛みが断続的に続く
歯を食いしばり痛みに耐える、反射的に痛みから逃れようと体が動くが、私の腕を掴んだアレンさんの手がそれを許さない。
アレンさんがソレを動かすたびに小さく悲鳴がでてしまう、しかしアレンさんはそれに構わず続ける。
どのくらい経っただろうか、腕の拘束が解かれ
「傷口は縫いました、ですがしばらくは物を持ったり、握ったりしないでくださいね。傷口が開いてしまうかもしれませんから」
黒い瓶に入ったツンとする匂いのする液体を、縫われたばかりの両手のひらの傷口に塗りつけ包帯を巻いてもらう。
ナイフの傷口は貫通していたため、手の甲と手の平×2回、計4回も縫合された。
正直すごく痛かった、自分よりも大怪我をしているのに治療をしてくれているアレンさんを前に泣きわめくわけにはいかず、グッと痛みに耐え続けた。
あの後、センに対して30分以上も無言で祈り続けるアレンさんに、業を煮やしたセンは私の治療をするようにアレンさんに命じ、アレンさんもそれを快諾した。
テキパキと縫合の準備をし、あっと言う間に治療を終えてしまった。
「ありがとうございます。」
アレンさんに対してぺこりと頭を下げると、苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見つめ返してくる。
「そもそも・・・・その怪我の原因は僕なんですが・・・・。あなたに恨まれることはあっても、お礼を言われるような謂れはありません。」
そういうと逆にアレンさんが私に対してぺこりと頭を下げる
「まさか龍神様の使者の方とは思いもよらず、この度の愚行、どのように謝罪しても償いきれません。望むのであれば私の命を差し出す所存です。」
そういうと腰のベルトからナイフを抜き出し、柄の部分をこちらに向けて手渡してくる。
慌てて首を振りながらナイフを押し返す。
「そ、そんなこと望んでません!し、仕舞ってください!!」
フを確かにナイ刺されて拷問されかけたのは怖かった
だけどその分の仕返しはセンが十分すぎるほどした、傷も治療してもらったしこれ以上の償いは必要ないと伝えると、どこか居た堪れない表情で頷きながらナイフを仕舞ってくれた。
いつの間にか持ってきた松葉杖をつきながらアレンさんはお茶の準備を始める。
私とセンは食堂の横にあった応接室のような場所に通され、アレンさんが用意してくれたお茶をすすっていた。
革張りの高価そうなソファーに座ると、どこまでもお尻が沈んでいきひっくり返りそうになる。
仕方なく浅く座り、椅子の骨格部分にお尻を乗せる。
センには人間サイズのソファーはほぼベッドのようなもので、座るというよりもゴロリと寝転がっている。
そんな私たちと机を挟んで反対側にアレンさんが座る、ピシッと背筋を伸ばし座る姿はまるで貴族の様だと思った。
「改めて、この度は誠に申し訳ありませんでした。」
深々と頭を下げ、私たちに謝罪してくる。
龍神教の信徒である自分が、龍の使者である私に手を出したことは決して許されるものではなく
命を持って償いたいと思っているらしい。
しかし私がそれを望んでいないので、ならば別の償いをしたいと私たちに懇願してきた。
正直に言うと、これ以上の償いは必要ないと考えている。
そもそも最初に助けられたのは私だ、その時の恩と今回のことで相殺というのが妥当なところだと思う。
そう提案しようとしたら
『リークイドの人間はどこだ』
センが私の発言を遮るようにアレンさんに問いかけた。
問いかけられたアレンさんは不思議そうな顔をしている。
「リークイド家の方々は王都にいらっしゃいます。ここには私しかいません。」
センはギロリと目を細め視線を尖らせる。
その目には怒りの感情が浮かんでおり、アレンさんがびくりと震える。
『どういうことだ、ここに必ず一人はリークイドの人間を駐在させるはずだ。』
「そ、そのようなことは初耳です。少なくとも私の師匠・・・・・先代の時からここには私たちしかいません。」
『どういうことだ・・・・盟約を忘れたかリークイド。』
苛立った様子で自分の指を噛むセンがハッとした様子で顔を上げる
『では封印は!?どのくらい魔力供給をしていないのだ!!!』
「ま、魔力供給・・・・?申し訳ありません、そのようなことは先代より聞き及んでおりません。」
しどろもどろとアレンさんが答えると、センはソファーから飛び起きる。
『封印の様子を見てくる、お前たちはここにいろ!!』
そう言うと目にも留まらぬ速さで天井をすり抜けて行った。
事情がわからず呆けている私たちはお互いに顔を見合わせる
「あんなに焦ってるセンは初めて見ました。」
「もしかしなくても、我々はとんでもない失態を犯してしまったようです・・・・。」
ハァと深いため息をつき、頭を抱えるアレンさんに同情する。
会話の流れから、貴族が行うべき魔力供給というものをずっと行っていなかったらしい。
センがあれほど焦っているのだ、きっととても大事なことだと思う。
知らなかったとはいえ大事な役目を行っていなかったことに
アレンさんは顔を真っ青にして震えている。
しばらくお互い無言でお茶を飲む
センが帰ってくるまで話が進められない、気まずい雰囲気が続く中でアレンさんが口を開いた。
「そういえばエル様達はなぜここに?センティメント様が言っていた盟約というのが目的でしょうか。」
「様付けはやめてください、いままでどおりエルと呼んでください。」
突然敬称を付け始めたアレンさんに頬を膨らませて抗議する。
私はそんな偉い人間ではない、様なんてつけられると背中が痒くなる。
しかしアレンさんは困った顔で顔を横に振る。
「い、いえ・・・・龍神様の使者であるエル様をそのような・・・。」
「そもそも私はセンの使者なんかじゃありません、ただの契約相手です。ですので私に対して畏まる必要はありません。」
いや・・・でも・・・と煮え切らない態度のアレンさんにニコリと微笑みかける。
「私もアレンさんのことをアレンと呼びます。ですからどうか私のこともエルと呼んでください。」
そう言いながら笑いかけ続けると、アレンさん・・・・アレンは眉尻をさげて頭をガシガシかきながら諦めたようにため息を吐いた。
「わかりました、エル。」
「はい、アレン。」
名前を呼んでもらえたことが嬉しく笑みを深めると「変わった子だ」とアレンも笑ってくれた。
しばらくお互いクスクスと笑いあっているとアレンが話を戻してくる
「それで、エルとセンティメント様はなんのためにここに来たんですか?」
「それを説明するには私のことをお話ししなくてはいけませんね。」
私は佇まいを正しアレンを真っ直ぐに見つめる
「改めて自己紹介です。私は火防女のエル、氷の聖女ネーヴェ様から火喰鳥の封印を守護するよう仰せつかった一族の末裔です。」
「火喰鳥の・・・・・封印!?」
椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がったアレンは驚きに目を見開いている
「そんなはずはありません、その封印の守護は僕たちのお役目だったはずです。」
アレンは信じられないといった風に声を荒げて私の言葉を否定する
その顔には困惑と驚き、微かに怒りも滲み出ていた。
再び向けられた怒りの感情に思わず体が震える。
アレンの怒気に怯みつつも、先ほどのような殺気は伺えないのでとりあえず話を進める。
「はい、そうです。ネーヴェ様は当時のリークイド家に封印の守護を託しました。しかしそれは″身体″の封印についてです。」
「身体・・・?」
「はい、火喰鳥は身体と瞳、二つに分けて封印されています。
身体はリークイド家に、瞳は私のご先祖様に託されそれぞれで管理するよう命じられたんです。」
「っ・・・!?なん・・・・そんなこと・・・・師匠はっ」
アレンは掠れた声でそういうと悲痛な顔で項垂れる
魔力供給の件といい、私達の存在についてといい
どうやらリークイド家側で火喰鳥の封印について色々と失伝されているようだ。
実のところ私はこの話をおじいちゃんから聞いたわけではなく、契約を結んだあとにセンから聞いたのだった。
私たち一族がお役目について正確に伝達できていたのは一重にセンのおかげと言えよう。
アレンたちは口伝・・・・しかも途中から貴族と平民で役目が受け渡されていたようなので、正確に伝えきれていなかったようだ。
「瞳・・・・そうだ・・・あいつには瞳がなかった・・・・。でもなんで・・・身体と瞳を分けて封印する必要が?まとめて管理したほうがリスクは少ないのでは?」
項垂れながらブツブツと独り言を漏らしていたアレンの顔が上がり、私に対して問いかける。
私もセンから話を聞いた時同じことを思った、だからその時のセンの返答をそのまま返した。
「一緒にしてはダメなんです、火喰鳥の瞳は魔力の核、原種の核と呼ばれる高密度の魔力結晶らしいです。原種の核がある限り火喰鳥の魔力は尽きず、いくら封印しようとも永遠に衰えることがないそうです。」
「原種の核・・・?聞いたことがありません。魔石とは違う物なのですか?」
魔石と呼ばれる魔力結晶は、人間・魔種族関係なく魔力を持つ生き物の体内に生成される結晶体である。
余剰魔力が結晶になっているらしく、魔力の多い者ほど大きな魔石を生成すると言われている。
一般的な平民の魔法使いや低級魔種族で小指の先程の大きさに、貴族や上級魔種族で拳大の大きさの魔石が生成される。
魔石はあくまで余剰魔力、体内で生成され使いきれなかった魔力が寄り集まった物であり、内服されている魔力は有限である
しかし原種の核は普通の魔石とはまったく異なる性質を持つ
「大雑把に分類すると魔石のひとつですが普通の魔石とは違います。原種の核はそれ自体が魔力を生成します、余剰魔力を貯めるだけの魔石とは真逆の性質を持っているのです」
本来は人から魔石へと一方通行の魔力の流れが、原種の核は相互に魔力をやりとりすることが可能になる。
そのせいでただでさえ膨大な魔力を持つ火喰鳥は、ほぼ無尽蔵の魔力を有していた。
そんな火喰鳥を封印するためには身体と原種の核である瞳を切り離して封印する必要があった。
「なんというか・・・・無茶苦茶ですね。」
疲れたようにため息を吐き項垂れるアレン。
無限の魔力を持つ魔獣なんてお伽話の中でも出てこないとんでも魔獣である。
それが実在しかつすぐ側に封印されていると言われたアレンの気苦労は推して知るべしである。
しばらく項垂れつつ唸っていたアレンだったが、突然ピタリと唸り声が止み顔を上げる。
「待ってください、僕は身体の守護で、あなたは瞳の守護なんですよね?あなたが守るべき瞳はいまどこにあるんですか?こんなところに来ている場合ではないのでは?」
少し焦ったようにアレンが問いかけてくる
「あ、大丈夫です。いつも持ち歩いてますから」
「は?」
「私の手荷物に杖がありましたよね?」
「杖・・・・・あぁあの鉄球・・・・・・。」
嫌な予感がしたのかアレンの言葉が途中で止まる
ピクピクと片眉が痙攣し、じっとりと汗が吹き出てきている
その先を聞くのが怖いといった表情でこちらを見つめてくる。
「杖の先端の球体部分に瞳が入ってます、いつも大事に持ち歩いているのでその点については問題ありません」
そういうとアレンの目がぐるりと白目を剥き、そのまま応接室の机に突っぷす形で倒れ込んだ。
ゴンっとすごく痛そうな音がしたが大丈夫だろうか・・・。




