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火防女010 ジーナ

お父様とお兄様が徴兵されてから半月が経った。

お母様はショックで気を病みずっと寝込んだままだ。

家には私と5歳の妹と2歳の弟だけが残されていた。

毎日毎日妹と弟と一緒にお父様たちの無事を祈り続けた。


幸いにもお父様たちはそれほど戦いが激しい場所に配属されなかったみたいで

毎週手紙が届いていた、曰く戦線は日々後退しているらしい。

あと2ヶ月もすれば人類領まで押し込まれるかもしれないと綴られていた。

手紙を読み、ジリジリとした焦燥感に駆られる。

私とキリコが戦場に行けば幾分か戦況は変わるだろうと思っている、しかし私が戦場に行ってしまうと家には床に伏す母と幼い弟妹たちしかいなくなってしまう。


「お姉様・・・。」


苦々しい顔で手紙を読んでいると、妹が幼い弟の手を握り近づいてくる。

妹、ミーテは我が家に共通する赤い髪を腰のあたりまで伸ばし、金色の瞳をした可愛らしい女の子だ。

いつもは利発な金色の瞳を不安げに揺らしてこちらを見上げている。

弟、クレオは赤い髪を短く刈り込み、ミーテと同じ金色の瞳を私たちに交互に向けている。

2歳のクレオには状況がよくわかっていないようだ。

ダメな姉だ、この子達を不安にさせるなんて・・・・。


「大丈夫よミーテ、お父様もお兄様も元気だって書いてあるわ。」


「ほんとうに?よかった・・・。」


ミーテがほんにゃりと笑いながら安堵する

・・・・・とてもかわいい、うちの妹はとてもかわいい。

思わず二人を抱きしめるとキャッキャとはしゃぎながら抱き返してくれる。

この子たちは私が守らなければ・・・・。



日々を悶々と過ごしているとソコナイが私を訪ねてきた。

我が家の遠い分家筋のソコナイとは年に数回のパーティでしか見識はなかったが一体なんの用だろうか。

応接室に通されていたソコナイと挨拶を交わし軽い雑談をしたあとに本題に入る


「ジーナ様は火喰鳥という魔獣をご存知ですか?」


「火喰鳥?あのおとぎ話に出てくる怪鳥のことかしら」


火喰鳥についての話は子供の頃にお母様から寝物語として聞いたことがある。氷の聖女がその身をもって凶暴な魔獣を倒す、よくあるおとぎ話だ。


「はい、その火喰鳥ですがどうやらほんとうに実在するようです。リークイド家が擁する山に封印されているようで、ジーナ様であればその魔獣を調伏させることが可能ではないでしょうか」


ソコナイは探るようにこちらを伺ってくる

火喰鳥が実在して、しかも今もまだ存在している?

本気で言っているのだろうか・・・。


「ソコナイ、つまらない冗談は私好きではなくてよ?」


ハァとため息をつきながらソコナイを半目で睨む

しかしソコナイは怯むことなく私を見返してくる


「いえ、冗談などではありません。確かな情報筋から入手した情報です。もし火喰鳥を調伏することができれば、魔種族との戦への大きな力になるでしょう。そしてそれができるのは数少ないビーストテイマーの中でもジーナ様だけだと確信しております。」


「ソコナイ・・・・?」


「ジーナ様、これはチャンスです。今まさに苦戦を強いられている国軍に大きな借りを作ることができ、戦争の早期終結、更にはアックア派の力を削ぎ我がフォーコ派がその力を手にすることができる唯一の機会です。」


バッと頭を下げたソコナイがまくしたてる。


「どうか私と共に氷山ネーヴェに出向き、そのお力をもって火喰鳥を調伏していただけないでしょうか!!」


そのまま頭を下げ続け私の返答を待っている

ソコナイという男はこんなに真摯な男だったろうか

私の記憶の中にあるソコナイは自分の利益のために力のある貴族の後ろにくっついて回る姑息な男だったはずだ。


「たとえ私が火喰鳥を調伏し、その力で勝利を掴んだとしましょう

それであなたにはなんの得になるのかしら。実質的に手柄は全て私のものになると思います。あなたには情報を提供した褒賞が支払われると思いますが、その結果リークイド家に睨まれることになります。」


アックア派の大貴族であるリークイド家に睨まれるということは、今後ソコナイの家はかなり厳しい立場になるだろう。

フォーコ派の貴族たちも大貴族に睨まれたソコナイなど早々に切り捨てるだろうし、どう考えてもデメリットのほうが大きい

そう指摘するとソコナイは顔を伏せたまま答える


「倅が・・・・・私の愚息が徴兵されました。」


震える声で答えるソコナイの肩はわずかに揺れている


「本当は私が行くつもりでした、しかし息子は自分が行くと。

私のような姑息で無力な中年が行くよりも、自分が行った方が国のためになると・・・・。私は止めることができませんでした、自分の命惜しさに息子を差し出したのです。」


ポツポツとソコナイから涙が落ちる


「息子を送り出してからは後悔の日々でした、罪悪感で何度も死のうと思いました。しかしそれはただの逃げであると妻に指摘され堪えてきました。それでも何か、何か息子のためにできないかと考えそして火喰鳥のことを知りました。」


椅子から立ちあがり私の側まで駆け寄り、私の手を取り懇願してくる


「先程のは全て建前でございます。本音は息子を・・・・息子を救いたい私のわがままでございます。どうか、どうかお力をお貸しください!!」


その場に跪きおいおいと泣き始める。

その気持ちは痛いほどにわかる、私もお父様とお兄様のために何かできないと悶々とした日々を過ごしてきた。

ただ家にいた私とは違い、ソコナイは息子のために方々駆け回っていたのだ。


「ソコナイは立派ですね・・・。」


「ジーナ様?」


「私もソコナイと同じです。お父様とお兄様のため何かできないか毎日ずっと考えていました。それでも弟妹を理由に動こうとしなかった。しかしあなたは実際に行動していた・・・。あなたは私なんかよりもずっと立派な人です。」


驚き目を見開くソコナイがブンブンと頭を横に降る


「とんでもありません!私など何もできない役立たずで、こうしてお願いすることしかできないのです。」


顔を顰め俯くソコナイは己の無力をほんとうに恥じているのだとわかる。

そんなソコナイの手をそっと握る


「あなたのその行動のおかげで私にも希望が見えました。事がうまく運べば救われる人は大勢いるでしょう。それらは全てあなたの行動のおかげなのです。私は今あなたにとても感謝しています。」


顔をあげたソコナイと目があう

灰色の瞳は涙に濡れ、ポロポロと止めどなく涙が流れ続けている。

私にどこまでできるかわからないが、相手が魔獣であるならば自信はある。


「ソコナイ、私を火喰鳥の元へ案内しなさい」


必ず皆を助けてみせる、そう決意し私たちは旅立った。



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