本題
客人を迎えに行った降辺が帰ってこない。
ポテトチップスをつまんでいた絵里が
もう待てない、とつぶやき部屋を出ていく。
数秒後、
「コスちゃ~ん! 下にきて~!」
絵里が叫んでいる。
バカ兄貴がっ……、絵里の声が廊下に響く。
琢己はひっくり返した座布団をまたひっくり返して
部屋を出た。
1階のリビングでは、まだ絵里が騒いでいる。
奥の一人掛けソファーに降辺。
手前のふたりかけソファーに山口刑事ともうひとり。
女性だ。
「おひさしぶりです、琢己さん」
「どうも、松上巡査部長」
松上京子。
山口刑事の上司であり、琢己コスナーの高校の後輩。
「おいおい、琢己くん。いまだに先輩風を吹かせちゃダメだぞ。
それに京子さんは、巡査部長でなく、今や警部補だ」
降辺が間を指す。
「昇進したんだね、おめでとう。山口くんはそのまま?」
絵里とこそこそ話をしていた山口はふいに名前を呼ばれて
飲んでいたお茶を吹き出した。
そのままです、と話しながら、台拭きで口を拭う。
絵里は知らんぷり。
「絵里ちゃん、ごめんって」
「しらないっ」
絵里は山口の耳を引っ張り、リビングの隅に行った。
琢己が京子の耳元で、今日誕生日なんだよ、と囁いた。
「こら、琢己くん。顔が近いぞ!」
降辺が間を指す。
「そもそもはフルさんが山口くんを呼びつけたんでしょ。
妹の誕生日だって知ってたくせに、陰険だよなぁ」
「琢己くん。誕生日は知らん。それに、そもそもは君の来訪だ」
「まぁ、そうですけど、妹の幸せを奪っちゃダメ……あっ、わかった」
「なにがわかったの? 琢己さん?」
と京子がはさんできた。
「山口くんを呼べば、松上警部補が一緒に来ることは間違いなし。
この事件の担当であり、彼女とペアであることは瞭然」
「山口巡査長への調査依頼の電話を受けたのは、私ですし」
それなら絶対だ、と琢己は腕を組み、一呼吸置いた。そして、
「フルさん! あなたは松上警部補に会いたかったんだ!」
リビングに響き渡る琢己の声。
右手の人差し指を降辺に向けた姿勢。
探偵ポーズ「犯人はあなただ」スタイル。
「ば、バカなことを!」
降辺の声が上ずった。
明らかな動揺。
降辺拳の唯一の弱点、それが松上京子だ。
先の事件で出会った瞬間に一目ぼれをした模様であるが、
本人は完全に否定している。
しかし、誰が見ても、君に恋してる。
松上自身も、降辺の恋心に気が付いているようで、
26歳の女性らしく、おじさんをもてあそんでいるのである。
「そういう理由もあったのなら、少し嬉しいですけど……」
京子は横を向きはにかみながら言う。琢己には舌を出して。
「い、やぁ、まぁ」
頭をかいたにやけ顔の降辺は、リビングの隅で山口とこそこそ話をしていた絵里に向かって、
お茶じゃなくブルーマウンテンを出しなさい、と上ずった声で言った。
「は~い、お兄さまぁ!」
絵里がリズミカルなスキップで
リビングを飛び出していった。
機嫌が直っている。しかも、上機嫌。
どや顔でソファーに座る山口。
「山口くん、なにした?」と琢己が聞く。
「ティファニーのラビングハートですよ。誕生日プレゼント。
本当は青山ラピュタガーデンでディナーの後で、だったんですけど」
山口は若干の皮肉を込めた視線で、降辺を見た。
「悪かった。でも、そのラビングハート。うちの質なが……」
「あわぁ! お兄さん! 例の事件、調べてきましたよ!」
やっと本題に入った。
お読みいただき、ありがとうございます。