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ミッシングリンク   作者: ケサボン
5/8

バー

男は、バーの入り口に立っていた。


繁華街から裏通りを10分も歩いたところにある

場末も場末のバー。


小さな家の1階にあり、

お店の小さな看板には「猫まねき」と書かれている。


男は、この1ヶ月、ほぼ毎日のように通っている。


5席のカウンターしかなく、

料理も出さない。つまみは乾き物のみ。


だから、客も少ない。


男は、そこが気に入っていた。


そのバーは、猫のような女主人が

ひとりで切り盛りしている。


「いらっしゃい」


いつもの猫ったらしな声。


男は、いつも座る奥の席に座った。


3日前から

席に座ったと同時にウォッカが出てくる。


時間は22時。

今日は客がひとりもいない。


「水曜日の夜はいつもこうなのよ」


聞いてもいないのに、猫は応えた。


「お客さん、これで2週間皆勤賞よ。

この店を開いてから初めて、こんな人」


猫は、決まって黒色のドレスを着ている。

今日も肩を大胆に出したもの。

小柄な体ながら、メリハリの利いたスタイルだから、よく似あう。

年齢は30代半ばくらいか。


「そんなにジロジロみないでよ、恥ずかしい」


今日はやたらと話す。


それから猫は、私も飲んじゃお、と言いながら、

自分のためにウォッカを注いだ。


そして、話し始めた。


「この商売はねぇ、色んな人がくるの。

だから、お客さんが話すまで身の上を聞いちゃいけないのがルール。

でもね、長くこの仕事をしていると、

話してもらえなくても、わかってきちゃうんだ」


興味のある人はね、と付け加えて、

猫はすらっと伸びた指でウォッカグラスを転がながら

一気に飲み干した。


「俺のこともわかるのか?」


男は今日、初めて口を開いた。


「なんとなくね。でも、ひとつだけ確実に

わかることがあるの。知りたい?」


男は無言でうなづいた。


「あなたが、あたしの好みのタイプってこと。

今日も朝までいてくれるんでしょ。お店はもう看板にしちゃう。

どうせだれもこないんだから」


そう言うと、猫はさっと表に出て、

「猫はおやすみちゅう」の看板をかかげた。


「これでよし。今日はゆっくりと話を聞いてあげる」


猫が妖しげにほほ笑んだ。


「笑うな」


男は視線を天上に飛ばし、猫にどなった。


「俺は笑顔が嫌いなんだ。今度、笑ったら、店を出ていく」


猫は一瞬、ビクッと驚いたが、

すぐに平静になり、カウンターへ入っていった。


「わかったわよ。やっぱり変なひと。でも、どうして?」


男はふたたび、無言になった。

猫は勝手に話し始める。


「あたしの名前は、ちゃいこ。お店の名前は猫まねき。あっ知ってるか。

えっとね、昔っから猫みたいって言われて育ってきたの。

すごくいやだったんだぁ。でも、今になって、猫を自覚できたの。

気まぐれだし、甘えん坊だし、怒ったときはひっかく。

だから、お店の名前も猫まねきにしたのよ。

そうそう、ちゃいこって名前だけど、昔にね、

家で飼っていた猫の名前なの。

顔がすごくかわいくなかったから、ブサイコって。

それがブチャイコになって、チャイコ。ひどいでしょ。

でも、この名前をもらっちゃった。今は気に入ってるんだ」


猫は一気にしゃべった後、

ウォッカをそそいで、また一気にのんだ。


「今度はあなたの番よ。あなたのことが知りたいの」


猫は、カウンターを抜けだして、男の横に座った。

そして、男はゆっくりと話し始めた。

猫まねきに通いはじめた理由、笑顔が嫌いなわけ、

そして、人を殺したこと。

猫はすべてを聞いてから、立ちあがり、口を開いた。


「このお店の上が、あたしんちなの。いつでも来てちょうだい。

あなたの苦しみがすこしでも癒えるのなら、いつでも」


そして、男の唇に、指をはわす。


「正直、あたしのひとめぼれ。ほれた男だけに気を許すのが猫なのよ。

でも、あたしにはこんなことしかできないけど」


猫はウォッカを口に含んだ。

そして、男の唇からその甘美な液体を流し込む。


男の喉がなる。

そして、猫の唇が離れた。


「ちょっとこぼれちゃった…」


男は猫を抱きよせ、荒々しく唇を重ねた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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