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神鳴るとき

作者: 佐久 満

この作品は HADAL ZONE の続編です。

「また一人見つかりました」

 ぼんやりしていた。反応が遅れた。

 デ・ルカ中佐はエウロパ上空を飛行中の警備艇内で現地調整官と話していた。西堀龍司にしぼり たつじという中年のヒマリア人だった。

「何だって」

「プラグ候補です。また一人見つかりました」

 西堀調整官はぼそぼそと陰気な話し方をする男だった。軍人とは全く気が合いそうにない。中佐は若干いらいらしながら話を聞いていたが、いつの間にかぼんやりしていたらしい。

「ヒマリア人か?」

「はい。……それと、固有の能力があります」

「固有の能力?」

「電離層操作です。ブラウンラチェットを使って特定の分子振動を誘導します」

「分子振動? 温度操作の能力か? 聞いたことがあるぞ」

「一言でいうと気象操作です。落雷を起こせるんですよ。しかも単独で」

「一人で? サルタンの接触なしでか?」

「はい」

 中佐はしばらく考え込んだ。

「そんな能力は聞いたことがないな」

「逸材ですよ。間違いありません」

 西堀調整官は断言した。プラグ候補の名前は菊地彩花といった。

「しかし、こちらの説得に応じようとしません」

「どういうことだ?」

 西堀調整官の話によれば、彼女はある宗教勢力の保護下にあり、エウロパに来ることを拒否しているという。

「問題があるのか?」

「閉鎖的な集団でして」

「……情報もコントロールされているんだろうな」

「ええ」

「われわれは個人の意志を尊重する。連邦にさえとられなければ、ヒマリアにいてもかまわない。こちらに協力してくれればいいのだ」

「彼らのいうことは聞かなくてよい、別のチャンネルがあるから大丈夫だといったのですが……」

「同盟のことを理解しているのか? 知識がなければ、決断もできないだろう」

「いろいろ計算しているようです。まだ若いですから。身の安全を考えているんでしょう」

 アヤやカナに会えば考えも変わるだろうが、現状では難しいだろう。ヒマリアからエウロパまでは同盟の船しか運航していない。

「現地では雷神と呼ばれています。神様扱いですよ」

「プラグならありえる話だ。どこのドームだ?」

「ドーム・セッツです」

「私が行こう」

「中佐ご自身が? 何もそこまで……」

 西堀調整官は驚いて大きな声を出した。

「プラグなら、その価値がある。直接伝えたいのだ。同盟は忘れない。同盟は裏切らない。身の安全は保証すると」

「わかりました」

 調整官はヒマリアとの連絡のためブリッジへ向かった。



 木星歴二五年五月十二日、第一キルヤ沖水深二百メートルの海で、松田綾はサルタンと会話をしていた。

「オーロラが観測された」

「いつの話?」

「およそ五分前だ」

「まだニュースで流れていないわ」

「いわゆる超光速通信でね。我々のネットワークを使っている」

「それも巨視的トンネル効果による現象の一つ、ということね」

「そう解釈していいだろう」

 綾は木星のオーロラについて考えた。地球の千倍も強力で、影響はX線、電磁波、磁場と広範囲に及ぶ。

「大きさは?」

「メインオーバルよりは小さい。それでも一万キロ以上はありそうだ」

 ほぼ地球と同じ大きさということだ。

「事故でも起こったの?」

 木星のオーロラは地球のように見て楽しむには危険すぎる。地球の二万倍という、太陽系最大の磁場によるオーロラは、シールドされた軍用機でさえ、直撃すれば粉砕してしまう。名前はオーロラだが実際は嵐そのものだ。一年に数回はこうした事故が起こる。

「イオンドリフトの速度が大きすぎる。どの衛星起源でもなさそうだ」

「それはつまり、プラグが原因と言いたいの?」

「そうだ」

 つまり、地球と同じ大きさの嵐を、人間が起こしたことなる。

「中佐の言っていたプラグかしら。雷神と呼ばれているそうよ」

「雷神か。興味深いな」

「何のためにそんなことを?」

「おそらく兵器として使用しているのだろう」

「目的は連邦の艦隊?」

「そのようだ。連邦の巡洋艦が二隻、巻き込まれたようだ」

「確認してみる。少し待って」

「いや……どうやらヒマリアに展開予定の船のようだな」

 綾はヒマリアと木星の距離を考えて鳥肌が立った。サルタンの力を借りても、自分にはそんなことはできない。しばらく言葉が出てこなかった。

「なんてパワーなの。恐ろしいわ。たった一人で」

「まさに雷神だな。超高層雷放電だ」


「……それでどうする」

 綾が黙っていると、サルタンが声をかけてきた。どことなく、楽しそうな気分が伝わってくる。

「……同盟に参加してもらうわ」

「面白いな。明らかに、君より能力のある人間だ。君を脅かす存在になるだろうな」

「構わない。私たちの基盤は、盤石にはほど遠いわ。連邦にとられるわけにはいかない。その子の力があれば、土星の連中もこっちにつくでしょう」

「そうだろうな」

 これで木星圏と土星圏が同盟に参加すれば、連邦とほぼ互角の勢力になる。そのためには、ヒマリアのプラグは絶対に必要な戦力といえた。

「あなた達は、その子に接触できないの?」

「無理だな。ヒマリアには海がない。我々の管轄外だよ」

「じゃあ、なぜそんなプラグが出現したのかしら」

「……ここは木星圏だ。パラサイコメトリストの出現は、特に珍しいことではない」

「そうだったわね。もう上がるわ」

 綾はそう言うと、アンカーウェートを持って上昇を開始した。中佐に連絡して、今後の対策を練る必要があった。

 珍しいことではない。その通りだった。

 ここは木星圏なのだ。

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