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セレクション バケモノ少女と無能魔術師  作者: 白銀悠一
第一章 バケモノ、或いは何らかのプロメテウス
6/33

マイネームイズ……

「うっ?」


 呆然とするバケモノは防御も回避もできなかった。

 だから、銃弾を成すがままに受け入れる――寸前に、ナイフが投擲され彼女を窮地から救った。

 その救世主は静の中に一つの感情を強く表出させる。

 怒。

 とてつもなく、途方もない怒り。


「義妹に危害を加えたな」


 口調は静か。声音も淡々。

 なのに苛烈な怒りを鉄斗は全身で感じていた。殺気すらも可愛くなってしまうほどに強烈だ。

 鉄斗はその様子を見て、気を良くした。

 名も知らない少女について少しだけ理解できたような気がする。

 この少女は自分とよく似ているのだ。

 諦めている。全てを投げ捨てている。

 自分と違うのは、それでもまだ希望を携えていることだろう。

 何の希望も持たない鉄斗より、彼女は恵まれている。

 そこに嫉妬も僻みもない。だからなんだと偉そうに説教するつもりもない。

 そんなものは才能がある奴の特権で、どうしようもないクズ雑魚野郎のセリフじゃない。

 だから鉄斗は笑う。挑発的な笑みを浮かべる。


「ああ、撃ったぞ」

「貴様」


 怒りを湛えた騎士は静止している。

 様子見をしている、というよりは葛藤しているように見える。

 鉄斗の予測が正しいならリスクがある行為のはずだ。格下の相手に本気を出すメリットは皆無だ。

 だが、そのようなメリットデメリットを度外視してでも本気を出したくなるのならば。

 感情に従って……全力を振るおうとするならば。


「別に構わないだろう? 何せそいつはバケモノだ。人がバケモノを撃ったところで一体何の問題があるんだ?」

「黙れ」

「そもそもだ。バケモノ呼ばわりしていたのはあんただろう? 何のために彼女を引き連れてる? 自己満足か? 自己満足だな。コレクター魂って奴だ。彼女は貴重で、珍しいバケモノだからな。人の形をしたバケモノ。異形の獣たちは古き狩人たちによって異世界に封じ込められたって話だが、彼女はまさに現存する――バケモノだ」


 鉄斗は注意深く騎士を観察する。ついでにバケモノの様子も探る。

 バケモノは息を呑んで義姉を見つめている。

 自分を、疑ったり嫌悪する様子はない。鉄斗は表情に出さずに驚いた。

 バケモノは無条件に自分を信頼してくれている。銃で撃たれながらも撃った本人をまるで疑っていない。

 その反応は異常に過ぎる。だが、それ以上に希望に過ぎた。


(疑えっての、全く。ここは普通怒るところだ。けれどよ……それじゃあ絶対に……期待に応えなくちゃならないな)


 鉄斗が闘志も燃やす目の前で、騎士は時が止まったように停止している。

 そこへ鉄斗は油を投入する。燃え盛る炎を煌々と爆発させる。


「羨ましい限りだよ、どこかの誰かさん。あんたは自慢のペットを誰にも奪わせないために――逃避行を続けてるんだろう? バケモノを義妹呼ばわりして洗脳しながらな」

「……がう」

「何だって、よく聞こえな」

「違う!」


 火山が噴火する。

 同時に、膨大な魔力が吹き荒れた。

 騎士は腰の剣へと手を伸ばし、鮮やかな抜剣を披露する。

 魔力の奔流は風のように周辺の魔力を乱れさせ、少女の顔を隠すフードが外れた。

 露わとなる美麗な少女の顔。

 そこには瞬前まで窺えなかった怒りが張り巡らされている。


「バケモノ……バケモノだと!? 私の義妹がバケモノだとッ!!」

「……ッ」


 自分で言ってたんじゃないか、などと軽薄に付き返す余裕は微塵もない。

 攻撃する前の気迫で圧倒される鉄斗に、騎士は憤怒を隠さず口走る。


「ふざけるな! 私の義妹は人間だ! 知らないはずないだろう! 何年いっしょに過ごしてきたと思っている! 彼女に名前までつけたんだ!」

「義姉さん……」


 バケモノは慄きながらも、義姉の言葉を噛みしめている。

 鉄斗としては戦慄する他なかった。思考は回るが、感情は別だ。

 一喜一憂などしている暇もない。


「それを貴様が――何も知らない貴様が、知ったような口をきくな!」

「ぐあッ!? こいつは……!」


 騎士は加速してただ縦切りを放つ。それだけで、鉄斗はあっさり主武装であるコンパクトタボールを両断されることになった。

 加えて、剣圧によってまたもや吹き飛ばされ工場の扉を突き破る。仰向けに倒れて、抵抗もできなくなるほどの痛みが体の動きを抑制する。


「く……」


 起き上がろうとするが、動こうとする度に全身が不可能だと叫んでくる。ただの一振りでよもや身動きすらも取れなくなってしまうとは。

 情けない……とは思う。が、鉄斗にとってそれは日常であり、また計画通りでもあった。

 後は、予想が的中するのを祈るのみ。諦める鉄斗に騎士はトドメを刺そうと急迫する。


「死ね……!」

「鉄斗!」


 バケモノの悲鳴。対して鉄斗はただ目を瞑るのみ。

 そして、血が零れ落ちる。

 鉄斗はゆっくりと目を開けた。そして、上手くいったと安堵する。

 剣を支えに片膝をつき、吐血した口元を押さえる騎士を観察して。


「やっぱりか。これでつじつまが合った」

「何を……くそッ」


 騎士は憤怒の眼差しで鉄斗に斬りかかろうとする。が、ダメージで動けなくなっている鉄斗と同じように、騎士もまた身体を動かすことができない。

 暗闇の中で視線が交差する。

 しかし視線だけでも射殺してしまえるほどの殺意を湛えている。常人なら、いや例え歴戦の兵士だとしても気を抜けない状況のはずが、鉄斗は冷静を保ったままだ。

 なぜなら諦めている。もっとわかりやすく言えばやけっぱちだ。

 死んでも仕方ないと思っているから、死線においても冷静でいられる。相手が敵ではなく味方ならばなおさらだ。


「殺して、やる……」

「止めとけ。少なくとも、怪我が治ってからにするべきだ。そうだろう? だってあんたは既に重傷を負ってるんだから」

「どうして、わかった」


 騎士は血で汚れた口元を拭って、荒い息を漏らす。

 鉄斗はゆっくりと身を起こし、説明を始めた。自嘲気味な笑みを浮かべて。


「単純だよ。俺が生きてるからだ」

「何……?」

「疑問を感じる余地はないだろ? わかってるはずだ。俺が弱いってのは」


 難しい論理や推理、観察のたまもの、なんてことではない。

 超絶弱者である鉄斗が生きている。その生存が証拠だった。


「最初は手加減してくれている、なんて思ったけど、違う。だってあんたは義妹のためなら喜んで血に塗れるタイプだから。やり方は間違っていると思うが、あんたの想いは正真正銘の本物だ。だったらなぜ殺せなかったのか? 剣を使えなかったからってわけじゃない。例えナイフ一本でもあんたは俺を殺せたはずだ。となれば、理由は明白。肉体が万全状態じゃなかったからだ」


 鉄斗は身体を支えている美しい装飾の剣を見つめる。きっと魔術の触媒としても優れた逸品だろう。しかしその剣は、逃亡する騎士が持つにはいささか豪華過ぎる。これほどの実力を持ち、どこかの家宝に思える剣を持つならば名が知れていておかしくないはずだ。

 だが、調べがつかなかった。となれば、おのずと彼女の立場も推測できる。


「あんたはどこかの貴族辺りの生まれだろう? それも相当な実力者の。けど、死んだか殺されたかして、あんたはどっかの組織に引き取られたんだ。あんたの両親は……きっと、そこの連中にとって忌むべき存在かなんかだったんだろう。半ば兵器に近い扱いを受けたはずだ。人生に絶望して……諦めて、そこで希望に出会った」


 鉄斗は起き上がり、ショックを受けているバケモノへ視線を送る。

 騎士は反論もせずに黙って聞いている。症状が悪化して声が出せない、というよりは鉄斗の言葉を傾聴しているようだ。


「ほとんど俺の予想であって、的中しているかはわからないが、バケモノと、博士? だったか? その二人に出会ったあんたは、失っていたものを取り戻した。しばらくは幸せな生活を続けていたんだろう。だが、ある日博士は殺されて、幸福は一瞬で崩れ去った」


 鉄斗は立ち上がり、落ちた拳銃の元へ近づく。一瞬表情が険しくなった騎士を見て、鉄斗は拳銃を騎士の前へ蹴り飛ばした。

 騎士は目を丸くして、疑うように見つめてくる。鉄斗は軋む身体を酷使して肩を竦めた。


「撃ちたいなら撃てばいい」

「正気か?」


 騎士は左手を拳銃に伸ばそうとする。が、中断して鉄斗に意識を集中した。

 見守るバケモノが生唾を呑む。一触即発の状態であることぐらいはわかるのだろう。

 鉄斗も重々承知している。なのに平然としているのは、死ぬならそこまでだと割り切れているからだ。


「話を戻そう。組織にバケモノが死んだと嘘の報告をしたあんたは、きっとバケモノを隠匿しながら、組織の方で汚れ仕事を引き受けていたんだろう。それはきっと、俺が今全身で感じている痛みなんかよりも壮絶な苦痛だったはずだ。バケモノを守らなければならないのに任務で各地を転々としなきゃいけない。常時、神経を尖らせて、敵を殺し、バケモノを隠し……だが、そんなことがいつまでも続くわけじゃない。そんな時……不意打ちを受けたんじゃないか?」

「そこまで、わかるのか?」


 騎士は感心した声音で問う。全身が凍り付いて然るべき殺気や敵意は徐々に収束しつつある。


「全部バケモノのおかげだ。彼女は何も知らなかった。あんたの名前すらも。情報流出を避けるために細工したな。けれど、自分が義姉に愛されていることは知っていたよ。だから、想像するのはそこまで難しくなかった。だってそれほど愛を注げるのだから、本質的には善人であるはずだ。そしてそんな強さを持つ武人が、敵から傷を受けるとは到底思えなかった。きっと誰かが……バケモノが生きていると探りを入れて来てたんだろう?」


 それが例のサングラス男と、その仲間であるはずだ。

 鉄斗の仮説に、騎士は頷いた。瞳は真摯に鉄斗を見上げている。


「貴様の言葉は正しい。……実力はないかもしれないが、聡明だ」

「あんたの言葉は正しいな。……俺はバケモノと約束した。あんたを救うってな。信用してくれるか?」


 鉄斗もまた真剣に問いかける。全てはこのための布石だ。

 騎士は吟味するように鉄斗を見る。そうして、自嘲気味に言葉を漏らした。


「残念だな、少年。私はそこまで綺麗な人間じゃない。そういう優しい顔をして――裏切る人間を知っている!」

「義姉さん!?」


 バケモノの悲鳴をBGMに、騎士は拳銃を構えた。躊躇なく引き金を引く。

 そうして……達観したような顔つきとなった。諦めた顔。

 信用すると決めた顔だ。


「よもや……避けないとは」

「バケモノを撃った俺にそんな資格はない。それに、これから仲間になる人間を信頼できないようなら、何も成せやしないしな」


 鉄斗は動じることなく応じる。右頬を銃弾が掠ったが、驚くほどの精密な射撃で、うっすらと傷ができただけだ。

 本当に彼女は有能だ。現代兵器の扱いすらも卓越している。


「これで信用してくれるか?」

「……ああ……」


 騎士は拳銃を手放した。人殺しの武器が落ちる。


「貴様……いや、君は本当にお人好しのようだ」

「何度も言うが……諦めてるだけだ。あんたもそうだろ?」

「そうかも……しれないな」


 騎士は吹っ切れた笑みを浮かべる。もし心が荒んでいない純真な高校生であれば、一目惚れしていたかもしれない。

 だが、鉄斗はそういったものとは無縁だった。それに全身が痛くてそれどころではない。ただ、彼女の苦痛よりは幾ばくかマシなようなので、左腕のデバイスを操作する。


「治癒魔術でも施すか? 完治は無理だが応急処置ぐらいはできるはずだ」

「いや、この症状には――む?」

「義姉さん! シスター!」


 バケモノが騎士に飛び掛かる。騎士は、バケモノの義姉は重篤な状態だというのにその身体を受け止めて見せた。


「バケモノ……ピュリティ……すまなかった」

「それが本当の名前か」


 鉄斗は仲睦まじい抱擁を見て安堵する。

 純粋ピュリティ。詳しい事情は知らないが、純粋な彼女に相応しい名だ。

 善と悪も判断が付かない純真な少女。彼女が穢れてしまわないよう、騎士は全力を注いできたのだろう。自分の人生を諦めてまで。いや、義妹の人生こそが、騎士にとっての全てだったのだ。

 だが、それももう終わる時だ。鉄斗は思考を回す。さてはて、二人が引き裂かれず、人間社会と魔術同盟のどちらにも振り回されることのないハッピーエンドを実現するためにはどうするべきか。

 幸せの末路を実現するための方法を模索している時だった。


「何――?」

「うっ?」


 鉄斗とバケモノが発した疑問の声音。

 突然、姉妹の絆が分かたれる。否、その真逆。

 絆が強いからこそ、騎士は義妹を突き飛ばしたのだ。なぜなら、義姉は義妹を守らなければならないから。

 そうした決意は果たされた。誓いはここに守られた。

 だから、義妹の目の前で、義妹に尽くしてきた義姉の血は。

 鮮血は、高らかに天を舞ったのだ。


「おい……!」


 理解が追いついた鉄斗は胸元から血をまき散らし倒れた騎士に駆け寄った。今までの症状が重傷であったなら、今のは間違いなく致命傷だ。

 騎士の胸部を守っていた古めかしい鎧は紫色の杭によって貫かれ、そこから大量の血が漏れ出ている。杭を抜くのは論外だが、杭が何らかの悪影響を与えているようにしか思えない。


「くそっ、しっかりしろ!」


 彼女に呼び掛けながらも、鉄斗は拳銃を拾い上げ、周辺を警戒した。しかし敵の場所がわからない。鉄斗が無能であるばかりに。

 対応策はわからないが、このままでは窮地に陥る。ゆえに鉄斗はバケモノへ呼びかけた。


「バケモノ! おい!」


 地面にしりもちをついたままのバケモノは放心した状態で固まっている。

 いや、鉄斗の脳裏を駆け巡るのはデジャブだ。サングラス男と戦った時。

 大切な人を目の前で殺されて。殺されかけて。

 善悪の境界線を知らない少女は、ただの怪物になり果てる――。

 違う。彼女はバケモノじゃなくピュリティだ。


「ピュリティ!」

「……っ、て、鉄斗」


 バケモノ改めピュリティは我に返り、義姉の状態を再度認識する。パニックを起こしかけるピュリティを諫めようとした鉄斗は、背後から響いた不快な笑い声を聞いた。


「そうよ、そうでなくっちゃあ。あなたは惨めでいなきゃあ!」

「何者だ」


 反射的に銃を構える。そうして気付く――勝てない。

 長年培ってきた戦術眼は、あわよくばという期待をしていた。

 騎士が不意を突かれて杭を喰らったのならば。

 もしかすればその敵は、実戦向きではないかもしれないと。

 だが違う。彼女は。

 今目の前で悦に浸っているこの魔術少女は単純に――姉妹の仲を引き裂く瞬間が見たいがために不意を打ったのだと理解する。


「答えると思う?」

「答えなくても敵であることと、くそったれだってことはわかる」


 鉄斗の強気な発言に、黒の魔術ローブに身を包む紫髪少女は顔を悲しそうに歪めた。


「あらあら、酷い酷い。汚物塗れなのは私だけじゃなくて、そこの女もよ。だって、そうでしょう? たくさん人を殺したのだから。なのに私だけ汚いだなんて酷くて酷くて悲しいわ」


 少女からは余裕が醸し出されている。実際、余裕なのだ。鉄斗如きでは相手にならないから。

 騎士は瀕死。そしてピュリティに戦わせることも論外だ。そんなことをしてしまったら、何のために騎士が身を挺してきたのかわからなくなる。

 まだ鉄斗は騎士の名前を知らない。だが、彼女の決意を無駄にしていい理由にはならない。

 逃走する手段を思考する。必死に頭を回す鉄斗を見て、少女は嗤った。


「あら、勝てると思って……はいないようね。逃げようとしてるの? それは困る。せっかくのごちそう、お持ち帰りされたらたまったものじゃないもの」

「義姉さん……食べ物、違う!」


 ピュリティが混乱しながらも憤る。すると、少女は新たな馳走を見つけたとばかりに喜々とする。


「あらあら、ピュリティだっけ? この子が名付けた愛らしい名前。でもね、どれだけ可愛い名前をもらっても、その本質は変わらない――魔女兵器さん?」

(魔女兵器だと……?)


 鉄斗は強烈な悪意をぶつけられて、恐れと怒りと悲しみを複雑に表出するピュリティを横目で見る。

 だが、引っかかるのはその呼称だ。どこかで聞いた覚えがある……。


「そうか、グルヴェイグか」


 鉄斗の呟きに、少女の眉がぴくりと動く。推測が的中したらしい。


「親父の残した資料にあったぞ。魔術同盟の過激派だ。ただの過激派なら珍しくもないが、連中のあくどいところは無垢の子どもを誘拐し、武器として仕上げることだ。おまけに、魔術師の間では子供の譲渡が珍しくないから、調停局もなかなか介入できないでいた。……だから、孤独に……」


 騎士は戦い続けていた。調停局に救いを求めても、魔術同盟内でそれなりに影響力のあるグルヴェイグが手を回して無意味になってしまうから。

 人間世界においては非人道的行為とされる子どもの兵器化も魔術師の中では悪だと認識されていない。むしろその犠牲で魔術が発展するのなら、生贄だって用意するような連中だ。

 だからこそ、狩人に狩られ弱体化する羽目になったのだが、それでも連中は懲りていない。無論、全ての魔術師が非人道的な振る舞いをしているわけではなく、中には善良な思想を持つ者たちもいる――そこまで考えた鉄斗は騎士の出自にも思い当たった。


「魔術騎士団。彼女はそこの生まれだな」

「結構頭の回転は速いのね。雑魚の割には」


 少女は感心する。嘲りを含めて。

 魔術同盟の中でも屈指の戦闘力を持ち、また高潔で博識、慈愛の心を併せ持つ魔術騎士団。だが、彼らもまた例の事件に巻き込まれて弱体化してしまったと聞く。勇敢で無双の強さを誇った騎士たちは、世界を崩壊させる規模の魔術暴走を食い止めるために揃って出立した。

 そして、その大部分が死んでしまったのだ。鉄斗の両親と同じように。


「私のごちそうはね、元々優雅で高貴なお家のお嬢様で、将来が約束された才能のある魔術師様だったの。でも、父親が死んでから人生が一変した。ころころころころころころと、坂を下って真っ逆さま。で、奴隷同然の魔女兵器に身を落として、そこでもうすぐさようなら。そう、あなたが彼女を引き渡さないなら、このまま死ぬわ。私のポイズンクラフトで」

「どういうことだ?」


 相手の意図を悟っていながら鉄斗はあえて問いかける。視線はあちこちに彷徨うが、事態を挽回する手立てが思いつかない。


「言ったでしょう? 彼女はごちそうだって。こんなところで死んでいい人間じゃないの。たっぷり可愛がって、たっぷり頂かなくちゃ。私はね、そう、彼女を凌辱したいの。それと、そこの子も必要。けれど、あなたは別にいらないから、邪魔さえしなければ生かしといてあげる」


 嗜虐的な笑みを少女は浮かべる。これほどおぞましい表情を人ができるのかというほどの。

 とは言え、彼女もまたグルヴェイグに人生を狂わされた被害者なのだろう。世界はそういう風にできている。凶悪犯を追い詰め逮捕した後、犯人の背景を探っていくうえで、虐待だのいじめなどを受けていたなんてことはざらにある話だ。

 善意が伝播するように、悪意も伝染していく。酷い目に遭った人間が悪意を募らせ無関係な人間に危害を加えるなんてことが平然と起こる。

 本当に酷い世界である。しかしもう鉄斗は諦めている。

 だから、勝ち目のない戦いに身を賭せる。何せ、死んだって構わないのだ。君華には悪いが、鉄斗は人生に悲観的だ。

 ゆえに他人のために命を投げ出せる。またの名をやけくそだ。

 正義の味方のように熱い闘志に身を任せるわけではなく。

 物語の主人公のように猛烈と膨れ上がる義務感に駆られているわけでもない。

 別に死んでも構わないから……がむしゃらにしたいことだけをする。


「返答は頂けるかしら。ま、もちろんオーケーしてくれるでしょうけど――」

「断る」

「……なんですって?」


 少女の目が吊り上がる。不快感を隠す様子もない。

 対して、鉄斗は強気の姿勢を崩さない。崩す理由が微塵もないからだ。


「どうして雑魚のあなたがそこまで自信たっぷりな返答できるのかしら? 雑魚の癖に」

「雑魚だからだよ。正直、正面切って戦ったら、俺はあんたに瞬殺される。くそ雑魚無能野郎だからな。どうせ死ぬってわかり切ってるんだ。なのにどうして怯える必要があるんだ?」


 怯えるのは生きたいという希望を持っている人間の特権である。

 しかし、鉄斗には絶望しかない。希望の光なんてものはとっくの昔に見失った。

 だからこそ。希望がない人生だからこそ、輝く未来があるはずの人間を見殺しにするなんて耐えられない。例え何も成せなくともできることを全力で行う。それが鉄斗のスタンスだ。


「正義のヒーローごっこはそこまでに」

「俺のどこが正義のヒーローだよ。正義のヒーローだったらきっともうみんなでハッピーエンドを迎えてる。俺の雑魚さ加減を舐めるなよ?」

「なおさら苛立ってしまうのだけれど、わざとなのかしら?」


 少女が苛立ちを募らせる。もしこれが実力者に言われたのなら、一理はあると耳を傾けるだろう。例え意見が異なったとしても、理解を示すことはできるだろう。

 だが、実力のない、正真正銘の雑魚に言われたのなら、それはとても鬱陶しいことに違いない。

 逆の立場だったら鉄斗も苛立つ――と同情したいところだが、その立場には生涯無縁であるので難しい。

 鉄斗は皮肉めいた笑みを表出させる。もちろん、視線は最後まで光を探している。

 自分を、ではない。二人を安全に逃がす光を。

 希望はゼロではないと感情は訴えているが、そう都合よくいかないと理性は考えている。

 どうやらそろそろ時間稼ぎは終わりのようだ。後はなるようになるのみ。

 それで死んでも、鉄斗は胸を張って死んでいける。だから、全力で。


「ああ――わざとだ」

「――ッ! いいわ、ええ、もういいわ!」


 少女の感情を逆撫でする。さて無様に殺されるかと覚悟を決めて、


「あれは……伏せろ!」


 光明を見出した。ピュリティへと反転し彼女を押し倒す。

 直後に弾丸が降り注ぐ。魔女兵器は後方へと跳躍し、魔術防護で弾丸を防御した。


「一体何?」


 射撃元を見上げて訝しむ。そこに浮かんでいたロボット、もとい人間はまさに現代の鎧と呼んでも差し支えない装備を身に着けて空中に浮いていた。


アメリカ魔術対策軍(USAMF)のパワードスーツか?」

「違うぞ少年。俺は傭兵だ」


 サブマシンガンを構える傭兵は、金髪が輝く頭部以外の全身を灰色の装甲で覆っている。背部のフライトパックによって飛行能力を獲得し、狩人とは別のアプローチで敵対する魔術師を殺すための殺魔兵器パワードスーツ

 鉄斗も噂には聞いていたが、実物を見るのは初めてだった。そんな代物を一介の傭兵が所持しているとは。

 否――男から滲み出る気配で気付く。この男、ただの雇われではない。


「さて、お嬢ちゃん。俺の役目は君の排除なわけだが、お相手してくれるか?」

「そこのイラつく雑魚を殺した後でならね!」


 少女が杭を飛ばす。鉄斗は防御はおろか反応すらできなかったが、傭兵はいとも容易く銃撃で撃ち落した。地面へと着地し、鉄斗たちを守るように少女へ立ち塞がる。


「少年、俺が時間を稼ぐ。聡明な君ならわかると思うが」

「わかっています。俺たちがいたら邪魔なんでしょう」

「話が早くて助かるが、少し諦めが良すぎないか? 俺が君ぐらいの年の頃は」


 などと説教紛いを始めた男に少女は侮られていると思ったのか、杭を連続で発射する。それを傭兵がサブマシンガンで一掃した。後方で銃と毒杭による猛撃が繰り広げられている中、鉄斗はピュリティの手を掴んで騎士の元へと急ぐ。


「撤退するぞ、ピュリティ! いいな!」

「う、うん……!」


 ケチっている場合ではない。魔弾を装填したリボルバーを取り出して、前方に向かって穿つ。召喚された転移ポータルへ鉄斗はピュリティと協力して騎士を運んでいく。


「逃がさない! くッ!」

「同じ言葉を返すぜ。逃がさないぞ」


 杭と弾丸の応酬は苛烈さを極めている。

 壮絶な撃ち合いを後目にポータルへと辿り着いた鉄斗は、


「逃がさない――私のごちそう!!」


 少女の妄執に近い絶叫を聞いて転移した。

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