序章
魔法。
高度に発達した科学は魔法と見分けがつかないという警句があるが、そんな安上がりなシロモノではなく、複雑怪奇極まる原理や理屈を孕んだ、完全に現実と遊離した途方もない力。何者も追随しえない、世界の物理法則を超越する超自然的な力。
それが、魔法。
その現実と理想との差異は万人の心を魅了し、籠絡し、耽溺させる。些かの関心も抱かない朴念仁は皆無に違いない。
ところで、それが想像上の産物に過ぎないという論理は、どこにもない。
科学的証拠がない、事例もない、だから魔法は存在しない。そのようなもっともな共通認識が芽生えたことで誰も信じなくなった。大体そんなものがあるはずがないという先入観――これが大部分の人間の思う考えかもしれない――をも招き、もはやロマンチストの反駁の余地はないも同然だ。妄言は己の存在を誇示したいだけの単なる戯言と見なされて相手にされない。
だが、筋道は通っている。それは、魔法という存在を否定するのに充分すぎる要素であった。
非現実的な存在に、誰もが一度は羨望を抱いたことがあるはずだ。そういう類の代物を心から愛する純粋な感情や、輪をかけたステイタスを虚構に創り上げたいという欲望を持った経験が。
しかし。
いかなる幸福も対価となる犠牲が付きまとう――その程度の必然性は物心がつくまでのうちに否応なく自覚するものだ。
夢と希望は打ち砕かれ、その残骸は放置され、人知れず朽ち果ててゆく。
もはや後戻りは出来ぬ。
もし魔法が実在するならば、それは凄く嬉しいことだと思う。実際に我が物にできたらその名状しがたい感覚に身悶えるだろうし、興奮と感動に打ち震えるだろうし、死んでも悔いはないと心の底から思えるだろう。
だが、魔法に限らず、常識を覆すとんでもない代物が果たして良識に繋がる目的のためだけに使われるだろうか。
答えは、否である。
必ずや道義に悖る行為のために力を行使する輩が現われるだろう。世の中が良くなって恩恵を受けても、多くの者はそれが誰のおかげかを忘れる。知識人の宿命だ。
それが、発展というものだ。
――魔法。
それは、人類の叡智の結晶であり、極地。
努力のすばらしい達成であった。