ワールド・デブリーズ 9
【注意:徒党を組んでの悪質なポイント稼ぎについて】
いつからか、カミサマを覗くと常にこれが表示されるようになっていた。
兎野は特に表情を変える事もなく、清算を済ませ【ポイントゲッターTOP5】をタッチした。
2位 89,960――兎野仁
兎野のグループは大きく成長し、今や一度に一万を超えるポイントを稼ぎ出せるようになっていた。
(次で1位……)
表示された自分の名を指でなぞっていた兎野は、ふと目に留まったボタンに指を滑らせた。
【ポイントHow to】
カミサマが導入された日、皆でこれを見ながら騒いだ記憶が甦った。
賭けをしようと言い出した川島。画面に映るミコトちゃんをベタベタと触る安田。画面をじっと見つめるイワゴン。稼ぎ方をあれこれとミサエと議論し……。
【世界を盛り上げてポイントを貰おう。】
【ポイントを使って、世界をもっと盛り上げよう。】
「……」
切り替わった画面を見つめ、指を引っ込めた。
逃げるようにカミサマに背を向けた兎野は、ふと足を止め電光掲示板を見つめた。
0
431,727
(0……?)
時刻は間もなく0時を回る。もう数字が伸びることはないだろう。
(こんなこと初めてだ……)
兎野は立ち止まったまま、電光掲示板を見つめた。
0:00
時計が切り替わった瞬間、回転していた電光掲示板がピタリと動きを止めた。
「止まった……」
呟くと同時に、静寂が訪れた。
人々が一斉に姿を消し、空は灰色に染まり薄暗くなった。
「なんだ……これ……」
自分の呟きが、耳元で囁かれるように聞き取れた。
やがて、空に大きな渦が出現し、地面が小刻みに揺れ始めた。
渦を見つめ、後ずさった兎野はカミサマに持たれるように尻餅をついた。
「なんだよ……なんなんだよ……」
周囲の物が浮き上がり、渦へ吸い込まれて行く――
テーブルや椅子、電光掲示板も受付も、メキメキと音を立てもぎ取られるように渦へ吸い込まれた。
兎野はカミサマにしがみつき、半身を浮かせながらも辛うじて地上に留まった。しかし、渦は更に勢いを増し地面に亀裂が走った。
亀裂は瞬く間に兎野の元まで伸び、地面もろとも渦へ吸い込まれた――
気が付くと、真っ暗な空間をふわふわと漂っていた。一切の音はなく、何も見えない。手足を動かしても触る物はない。自分が上を向いているのか下を向いているのかも分からなかった。
『ここが無くなったら、オレ達は何処へ行くんだろうな……』
いつか聞いた川島の言葉を思い出した。
(あの場所自体が壊れてしまったのか……?)
川島はこうなる事を予見していたのだろうか……。
『自分が何をしているのか分かっているのか?』
イワゴンの声と見下ろした冷たい瞳が、キュッと心臓を掴んだ。
思えば、ポイントの荒稼ぎを始めた頃から生まれる世界の数が急激に減っていった。
心の何処かで関連を危惧した。だが、漠然と抱えた後ろめたさに押され、それを否定した。
湖の水をコップに一杯汲んだところで影響などない。仮に自分の行動が影響を与えるとしてもその程度。そしてそれは、コップをバケツに替えても盥に替えても同じこと。そう思っていた。
だが、現実は違った。無数に集まったそれが、巨大なポンプの様に水を汲み出していたのだ。
何時しか……汲み出される量が、注がれる量を超えてしまったのだ。
(みんなも何処かを漂って……)
「川島さん!!」
「安田さん!!」
「イワゴンさん!!」
闇の中を漂いながら、兎野は叫び続けた。
(こんな事になるなんて……)
「ミサエさん……」
『バイバイ。ウサたん』
涙が頬を伝い、耳の奥でミサエの声がこだました。
――ふと、背に堅い物が当たった。
(何かの残骸……?)
手探りでそれを掴み、体を引き寄せた。
フッと画面が兎野の顔を照らし、待機モーションを繰り返すミコトちゃんが映し出された。
(カミサマ……)
画面に映るミコトちゃんが動きを止め、兎野を見つめた。
「兎野ちゃん」
「……?」
「ごめんね。兎野ちゃん。頑張ったんだけど……」
「ミコトちゃん……?」
「でも安心して。きっと――」
幾つもの筋が走った画面は大きく揺らぎ、ミコトの声をかき消した。
「ミコトちゃん……ミコトちゃん!」
呼び掛けるも返事は無く、再び闇が兎野を包み込んだ――
◆
どのぐらいそうしていただろうか……。瞼越しに光を感じ、目を開いた。
「……明るい」
そこには、見慣れた真っ白い空が広がっていた。
兎野はゆっくりと体を起こし、辺りを見回した。
(夢でも見てたのか……?)
そう思ったが、それはすぐに打ち消した。
よく似ているが、空以外何もかもが違う。周囲に置かれたテーブルや椅子のデザイン、受付はなく、皆カミサマらしき機械に手をかざしていた。電光掲示板はホログラムで表示され、空間に浮かんでいた。
「……ここは……何処だ……?」
フッと兎野を影が覆い、同時に女性の叫び声が聞こえた。
「どいて~~!!」
振り向いた瞬間、降ってきた何かが兎野を押し潰した。
「――むぎゃ!」
「痛ッ……たた」
目を開くと、覆い被さるように小柄な女性が倒れていた。
「……あの、大丈夫ですか?」
「ヤバ!」
言うと同時に彼女は勢いよく跳ね起き、兎野を引き起こした。
「兎野ちゃん早く起きて! 次が来ちゃう!」
「え?」
(誰だ……?)
彼女は引きずるように兎野の手を引き、近くの席に腰を下ろした。
ポカンと見つめる兎野を他所に、彼女は慣れた様子でテーブルに生やした何かを飲み始めた。
(誰だ……この娘?)
「座りなよ」
「は……、はい……」
言われるがままに腰を下ろし、彼女に尋ねた。
「あの……あなたは……? ここは何処なんですか……?」
兎野の問に、彼女少し寂しげな顔を向けた。
「そっか……。やっぱり分かんないか……」
そう言うと、彼女は顔の前で唐突に何かを振る素振りをしてみせた。
「マ・イ・ナ・ス300ゲス!」
「……はぃ?」
「ミコトだよ」
「ああ、ミコトちゃんの真似……ですか……?」
「真似じゃなくて、わ・た・し、がミコト」
「はぁぁ??」
(さっき頭でもぶつけたのか?)
「そんなわけ無いでしょ……。ミコトちゃんは――」
言いかけて、脳裏を駆け抜けた物が兎野から言葉を奪った。
(まさか……)
「そんな……」
(あの世界は……)
「俺の世界……だったのか……?」
「そうだ」
聞き慣れた美しいバリトン声が聞こえ、回りの椅子が次々と引かれ見慣れた面々が席に着いた。
「今頃気がついたのか? 間抜けめ」
イワゴンは足を組み、フッと煙を吐き出した。
「何とか方向修正してもらおうとしてたんだけどさ……。ミーちゃんを焚き付ければいけるかと思ったんだけどな」
鬱陶しい長髪をかき上げる川島。
「でも楽しかったよ。最後にご褒美も貰えたし」
シュークリームにかぶり付き、満足そうに目尻を下げる安田。
「……俺、自分の世界を……皆の居場所を……」
「気にするな」
「そうそう、あまり深く考えるな」
「ここも似たような所だし、大して変わらないと思うよ」
「そうだよ。住む場所がほんの少し変わっただけだよ。ポイントは諦めてもらうしかないけど……」
イワゴンと川島に続いて、安田とミコトもそう言って微笑んだ。
曇っていた瞳が、かつての視力を取り戻して行くのを感じた――
「みんな……」
「――でも、あのパフェが食べられないのは残念だな……」
目を潤ませた兎野の隣で、安田は生やしたパフェの上にアレを幻視していた。
「パフェ……ああ!! そうだった!!」
声と同時に、ミコトの蹴りが鼻先をかすめた……。
――安田の口を踏みつけて何かをねじ込むミコト。
白眼を剥いて痙攣する安田……。
踏みつけられる安田の顔は、とても幸せそうに見えた。
空を見上げれば、全く同じ世界に居るように思えた。
「なっ、あんま変わんねぇだろ」
「……そうっすね」
兎野は周囲を見回し、川島に尋ねた。
「あの、ミサエさんは……」
「ああ……ミーちゃんは――」
「それは後のお楽しみ」
川島の言葉を遮り、いつの間にか隣に立っていたミコトが手を差し出した。
「ようこそ、吹き溜まりへ――」