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ワールド・デブリーズ 8

 ミサエはビールを一気に飲み干し幸せそうに息を吐き出した。

 その様子を眺め、川島は安堵したように微笑んだ。

(変わんねぇな……)

「だから似合わないって」

 川島に目を向け、ミサエは二杯目に口を付けた。

「ウサたんと何があったの?」

 予想外の言葉に、川島は口ごもった。


「いや……。何かあったん?」

「ほら。川島くんは知らないって言ったでしょ」

 いつの間にか口をチョコまみれにした安田が声を割り込ませた。

「あんたねぇ……だから信用ならないのよ!! な~にが『ミサエちゃんの前ではしないから』よ! ついさっきの言葉をもう忘れたわけ!?」

 睨み付けるミサエに、安田はまるでご褒美を前にした子供のように目を輝かせた。もし安田に尻尾が生えていたら、振り回し過ぎて飛んで行ったかもしれない。


(変わんねぇな……)

 (しばら)くの間、川島は声を上げて笑った。



「――イワちゃんが?」

「そっ、ウサたんと何かあったみたいで、ここのところ顔合わすと何時もムスッとしててさ」

 ミサエは足を組みエアタバコをふかした。

「『気にするな』てさぁ、聞いてもそれしか言わなくて、でも顔合わす度にそんなだったら気になるじゃん? むしろ聞いてくれって言ってるようなもんじゃん。そのくせ聞くとそれだからね」

 そう言うと、ミサエは再び足を組みエアタバコをふかした。


「『あいつの勝手だ。好きにやらせておけ』で、(らち)があかないからあんたに聞きに来たの」

「オレはここのところ別行動してたしな……特に思い当たる事はないかな……」

「ふ~ん……」

「多分ウサくんが荒稼ぎしてるん連中とつるんでるのが気に入らないんだよ」

 声を割り込ませた安田は、性懲りもなくミコトちゃんチョコをくわえて上を向いていた。

 間髪入れず、ミサエの平手打ちが顔面に落とされた――



「かかったわね!」

 腰まで沼に沈んだミコトが不敵に微笑んだ。

 頭上にキラリと光が瞬き、大気圏を突破した何かが迫っていた。

「せいぜいゆっくり味わうことね!」

 頭上に迫る何か……。

(……手だ)

 ミコトの後ろに突如巨大な人影が現れた。

 睨み付ける鋭い目。膨らむように舞い上がる長い髪。キッと結ばれた口元。そして……。


 ふわりと開いた胸元。


 見える。あの手を振り下ろした瞬間、きっと見える。

 不敵に微笑むミコトと睨み付ける鋭い目に、安田は鼻息を荒げ目を血走らせた。

 振り下ろされる手をコマ送りに見ながら、安田は目を凝らし開いた胸元に谷間を捉えた。


 瞬時に様々なシュチエーションが安田の脳内を駆け巡った。

 普通の平手打ち――女王様の平手打ち――女子高生の平手打ち――振り向き様――縛られて――カツアゲされながら――

 安田の目がカッと見開かれた――胸を踏みつけ屈み込む女子高生の一撃!


 勢いよく喉に打ち込まれたミコトは、グリグリと食道を押し広げ胸の辺りで止まった。

 ……白眼を剥いて痙攣(けいれん)する安田の顔は、とても幸せそうに見えた。




「――なるほどねぇ。稼ぐだけだったら確かに稼げそうね」

 そうは言いつつも、ミサエは腑に落ちない顔をしていた。

「でもさ、それって――」

 言いかけて、ミサエは思い出したように電光掲示板に目を向けた。

「そういう事……。あんた知ってたの?」

「知ってたって言うか……」

「……やってた?」


「多分、最初にやったのはオレなんだ……」

 川島はじっとミサエを見つめた。

「川相乱怒。その頃名乗ってた名だ」

「……マジ?」

「とにかく稼ぐ事しか考えてなくてさ、稼ぎ易いように改変しまくって――無意味に乗っ取った事もあったな……」

「……」

「オレにどうこう出来ない事はないって……神様にでもなった気分だったよ」


「随分チンケな神様ね」

「多分、世界を破壊した数もオレが一位なじゃねぇかな……井の中の破壊神だな」

 自嘲気味に笑う川島を、ミサエはじっと見返した。

「……何で止めたの?」

「稼げば稼ぐ程に……今みたいに生まれる世界が減っていってさ、自分が何をやっていたのかをようやく理解したんだ」


「バーカ。住人失格ね。バーカ、バーカ、バーーカ。自分で自分の家を食い荒らしてたとかホンット、バカね。

 世界は生き物よ。ある程度は環境に順応するけど、それを超えたら死ぬか逃げるかしかない。ましてそんな場所にこれから住もうなんて思うわけないでしょ。バーカ、バーカ」

「……一応、ミーちゃんの故郷を改変したのはオレじゃないぜ」

 川島の言葉を聞き流し、ミサエは二杯目を飲み干し三杯目に口を付けた。


「それで……、今度はウサたんがそれをやってるのね……」

 ミサエは電光掲示板を見つめ、ポツリと呟いた。

「じゃぁ、もう止まらないかもしれないわね……」

 三杯目を飲み干し、立ち上がって川島を促すように見つめた。

「何してんの? ウサたん探しに行くよ」

「オレは……オレにどうこう言う資格は……」

 視線を逸らした川島に、ミサエは目を吊り上げた。


「あっそ!」

 そう吐き捨て、痙攣する安田を蹴り倒してツカツカと歩き去った。

 安田の口から、半分溶けたミコトちゃんチョコが飛び出しねちょりと床を転がった……。



 ◆



 17,800

 手に浮かぶ数字を見つめ、兎野は精算カードを取り出した。

(これを精算すれば2万を超えるな……)

 ニヤニヤとカードを見つめていると、向かいに誰かが座った。


「ミサエさん……」

「ウサたん久しぶり」

「……すみません。顔を出さないととは思ってたんですけど……その、なかなか……」

「別に謝るような事じゃないないでしょ。イワたんは何かご機嫌斜めだけど」

「……」


 漂い出た沈黙を押し退けるように、ミサエは言葉を続けた。

「まっ、ウサたんと会えないのは寂しいけどね。どう? せっかくだからおっぱいでも揉んどく?」

「い、い、良いんすか!?」

「ウソだバカ。テメェ次触ったら殺すからな」

「……ハイ」


「ずいぶん稼いでるらしいね」

「……ええ、まぁ。50でヒィヒィ言ってた頃とは比べ物にならないっすよ」

 得意気な声とは裏腹に、兎野の顔は冴えなかった。

「楽しい?」

「そう聞かれると……正直微妙っすね。ポイントが貯まる楽しさはあるんですけど……。皆で賭けとかやってた時の方が楽しいっすね……」

「そっ」

「ミサエさんは……」


「今ね、と~っても楽しいよ。今までで一番楽しいかも」

「何か……見てると分かります。スゲェ楽しんでるって感じがします」

「ビオラ覚えてる? あんたが会いそびれた」

「ええ」

「あの子がね、世界を乗っ取りに行ったの。まぁ、乗っ取りは失敗したんだけどね……。

 最初はあの子を鼻で笑ってた。……でも、結局ポイントぜ~んぶつぎ込んで、稼いだ分も片っ端から入れて……」


「ポイントに(こだわ)らずにやれたら……俺もそう思います。俺だって、このやり方が良い事だとは思ってません。できればこんな事はしたくないですよ」

「本当にそう思ってる? 内にある罪悪感に言い訳がしたくて、蓋をする名分が欲しくて、でもそんなものは無くって――だけど稼ぐのは止めたくない。

 こんな事してるけど本心は違うんだ。って、免罪符にしてるだけなんじゃないの?」


「ミサエさんだって分かってるでしょ!? 結局はポイントがないと!! ああしたい、こうありたいと思っても、ポイントがないと!! よく知ってるでしょ!?」

「私達と遊んでた時の方が楽しかったって言ったじゃん? それじゃダメなの?」

「……」


「ウサたんはポイントを貯めて何がしたいの? それはポイントを貯めることでしか叶わないの?」

「……分かりません。でも、少なくとも、ポイントさえあれば! もっといっぱい貯めれば! いろんな道が開けて、今まで出来なかった事とかも……」

 ミサエは兎野の手に浮かぶ数字をぼんやりと見つめた。


「ちょっと意地の悪い言い方だったね。別にウサたんを責めてるわけじゃないよ。全てを肯定はしないけど、ウサたんの言ってる事も事実だし、正しいとも思う。私もそうだったしね。

 ジレンマだね。あーしたい、こーしたい、あーありたい、こーありたい。夢や理想は無限に広がって……。

 でも、それを邪魔するものは本当に多くて、いっぱい寄り道しなくちゃいけなくて……」

「……」


「夢や理想を口にする人に現実を見ていないなんて言うけど、それは違うと思うの。それを語るほどに、掲げるほどに、現実は深く突き刺さってくる。

 だから人一倍目の前の現実に敏感で、それをどうにかしようと必死になって駆けずり回るの。ああすればきっと、こうすればきっと……。

 走って走って走って。


 ……でも、まるでガラス張りの迷路を行くみたいに、出口は見えてるのに辿り着けなくて。

 迷って迷って迷って。

 出口へ辿り着いた人達に歯がみして、でもその背が眩しくて……。

 多くの人達が、いつの間にか彼等の背を追って走ってる。彼等が通った道を探して、彼等が拾ったものは自分も拾って、捨てたものは自分も捨てて……。

 走って、走って、走って……。


 気が付けば――かつて抱いていたものや掲げていたものは遠い思い出の中にしかなくて……。

 先を行く人達の背を見つめて、何も捨てずに出口を見つめる人を鼻で笑うの」

「……」

「そしていつか、その人達にこう言うの『お前は現実を見ていない』って」


 目を上げたミサエの背で空間が揺らぎ、見た事のないゲートが出現した。

「私ね、産まれた世界に帰る事になったの」

「……帰る?」

「ねぇ、ウサたん」

 呼びかけたミサエの目は鋭く、睨むように兎野を見つめていた。

「はい……?」

「あんたは絶対来ないでね」

「……はい」

 兎野をじっと見つめ、ミサエは席を立った。


「バイバイ、ウサたん」

 振り返ること無く、ミサエはゲートと共に姿を消した。

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