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ワールド・デブリーズ 7

 周囲を見回し……一人、安田は席についた。


 今、安田を阻む者はいない。


 ネチャリと笑みを浮かべ、安田はミコトスペシャルパフェをテーブルに生やした。

(最近はウサくんまで顔をしかめるようになったからなぁ……。ま、彼はミサエちゃんの影響かな)

 兎野は最近顔を見せないし、ミサエは先程ゲートへ向かったのを確認した。

(久々に……思う存分に味わえるよ……)

 糸の引く舌で唇を湿らせ、安田はミコトちゃんチョコに手を伸ばした。


 ――安田の儀式が始まる


 上を向き、唇でミコトちゃんチョコの足を挟みチョコが溶るのをじっと待つ。

 溶けた部分をジュルリと啜り、足の方から徐々に徐々に吸い込んで行く……。

 それでは、安田の頭の中を覗いてみよう――



 頭身が伸びたミコトちゃんが、悲しげな声を上げた。

「どうしてこんな事するの……嫌だよぅ」

 目を潤ませ、哀願するミコトちゃんに安田はネチャリと笑いかける。

「グフッ。さぁ、もっと(さえ)ずってごらん」

 ジュルリと吸い込み、ミコトちゃんの体が沈み込んだ。

「ほら、もう膝まで沈んじゃったよ?」

 息を荒げ、安田はネットリと(ささや)く。

「嫌だよぅ……お願い、止めて、お願い……」

 ミコトちゃんの悲痛な叫びを聞き、安田の興奮は一層昂る。

 更に息を荒げ、いやらしく頬を弛ませた安田は、邪悪な光りに満ちた瞳を細く絞った。


 ジュルリ。


「もう肩まできたよ……もうすぐ。もうすぐだよ……。そのカワイイお顔とお口はどんな味がするのかな? ゆっくり……、味わってあげるからね……」

「や、止めて! お願い……! お願いします……」

 涙を流し懇願する様に、安田の興奮はピークを迎える。

 ブヒュブヒュと鼻息を荒げ、目を血走らせた。


 ――ジュルリ。


 首まで沈んだミコトちゃんは、最早言葉はなく……胸を突く悲痛なすすり泣きだけが彼女から響いていた。

 興奮が頂点に達し、フィニッシュを迎えようとする安田の耳に低い呟きが届いた――


「……かかったな」

「!?」

 安田の目が大きく見開かれた。

「かかったな! オクトパス!」

「お、お前は……!?」

「貴様の蛮行もここまでだ! 私はいつものミコトではない。貴様が口にしたのはミコトスペシャルパフェR20……、ウイスキーボンボンミコトだ!」

「貴様いつの間に……!?」

 安田の目が一転、恐怖に満ちた。

「さぁ、存分に食らうがいい! アルコールを取り込み、ナメクジのように縮むがいい!」

「お、おのれ――」



 安田は儀式を中断し、ちゅるりとチョコをたいらげた。

「さぁ、どうだ? 己の体が蝕まれてゆく気分は!?」

 安田はくるりと振り向き、耳元で囁くイワゴンに眠たげな目を向けた。

「イワゴンくんがこんな事をする人だとは思わなかったよ」

 不機嫌に呟く安田にニヤリと微笑み、イワゴンは席に着いた。

 安田はムスッとしたまま口直しのシュークリームをテーブルに生やし、その向かいでイワゴンはタバコに火をつけフッ煙を吐き出した。

「……最近、あいつらを見ないな」


 先程の事はもう忘れたらしく、シュークリームにかぶり付き幸せそうに目尻を下げた安田がそれに答えた。

「川島くんはプッツリ姿を見せないし、ウサくんは妙な連中とつるんでるし――」

 その言葉に、イワゴンがピクリと反応した。

「――ミサエちゃんは息つく間もなく行ったり来たり。精算が終わるとすぐ行っちゃうからね。最近は一杯飲む時間も惜しいみたいだよ……まぁ、すごく楽しそうだから良いけど――」

 まだ何か言いかけていた安田を遮り、イワゴンが尋ねた。

「兎野とつるんでる連中とは何だ?」


「――ん? ああ、何人かで組んでポイントを荒稼ぎしてる連中だよ。最近ポイントの入りが渋いでしょ? こいつらの影響だって噂もあるよ」

 そう言って、シュークリームを平らげた安田はテーブルにイチゴショートを生やした。

「まぁ、正直寂しいけど……、昔に戻っただけさ。また新しい出会いがあるよ」

 イチゴショートにかぶり付く安田の向かいで、イワゴンのタバコからポロリと灰が崩れ落ちた……。



 ◆



「――お疲れ様っした!」

 ゲート前にたむろした集団から離れ、テーブルに座った兎野は上機嫌にコーラを啜った。

(くぅ~。一仕事終えた後の一杯は染みるなぁ。ミサエさんの気持ちがわかる)

 と言っても兎野は下戸だ。酒は飲めない。

(……ミサエさんはどうしてるかな?)

 川島も安田もイワゴンも……もうずいぶんと顔を会わせていない。

(向こうにも顔ださないとな……。でも、ポイントの事を考えると……)


 兎野は今かなり稼いでいる。50ポイント稼ぐのにヒィヒィ言っていた頃からは想像もつかないほどに稼いでいる。

 集団で示し合わせ、同じ世界に入って荒稼ぎするのだ。互いにフォローしあい、稼ぎやすい状況を作ってとにかく稼ぎまくる。そして稼ぎの半分をメンバーの一人に渡す。渡された者はあっという間に大量ポイントを手に出来るという寸法だ。

 兎野がいるグループではだいたい1000を越えるポイントになる。もっと大きな集団になるとその数倍にもなるという。


(楽しいのは向こうの方が楽しいけど、それでポイントが稼げるわけじゃない……)

 そう思うと、兎野の心はポイントへと傾いてしまう。一度楽を覚えた体は容易にそれを手放そうとしない。

(それに……次はいよいよ俺がポイントを貰う番)

 兎野はだらしなく頬を緩め、上機嫌にコーラを吸い上げた――


「……探したぞ」

 声と同時に、向かいに座ったイワゴンはタバコに火を付けた。

「イワゴンさん……。すみません、なかなか顔出せなくて……。そろそろそっちにも顔を出そうと思って――」

 フッと煙を吐き出し、言い訳でもするような兎野を遮りイワゴンが尋ねた。

「ずいぶん稼いでるみたいだな」

 兎野の手には1700という数字が浮かんでいた。


「良い稼ぎ方を教わったんで……。そうだ、みんなも一緒に――」

 得意気な兎野を遮り、イワゴンは静かに問いかけた。

「お前、自分が何をしているのか分かっているのか?」

「……そりゃ、良い事ではないとは思いますけど……。でも、みんなやってる事ですし」

「良くないと思っているのであればやらなければいい」

「それは……そうですけど……。別に禁止ってわけでもないですし……」


「いちいちルールにしなければ、そういう分別もつかないのか?

 良くないと思っている事を止めるのに、それ以上の理由が必要なのか?」

「……」

 フッと煙を吐き出し、イワゴンは灰皿にタバコを押し付けて立ち上がった。

「俺には、止めない事を正当化する理由を探しているように見えるがな……」

「そんな事――」


「好きにしろ」

 去り際に――自分を見下ろす冷たい瞳が、サングラスの隙間からチラリと覗いた。

「……なんだよ」

 陰鬱とも怒りと言えぬ、モヤモヤとしたものが兎野の心にまとわり付いた。

(別に良いじゃないか……。いい方法があったから、それをやっているだけじゃないか)

 兎野は不機嫌にストローを掴み、氷だけになったコップをかき回した。


(みんなやってる事なのに、指をくわえて見てる方がどうかしてる。

 ……なんだかんだ、結局ポイントをより多く稼いだ者が良い目を見るんだ。だったら、とにかく稼ぐしかないじゃないか!)

 兎野の後で、まもなく数字リセットされる電工掲示板がゆっくりと回転していた。




 ◆



 51

 428,127


 ゆっくりと回転する電工掲示板を見つめ、川島は顔を強ばらせた。

(もう止まらないのか……?)

 ぽつんとテーブルに座り、川島は空を仰いだ。いつもと変わらない真っ白な空――――ぬっ、とミサエの顔が割り込んだ。

「何してんの?」

「ミーちゃん……」


「似合わないんだけど」

 そう言うと、ミサエは垂れ下がった髪を筆のように掴んで川島の鼻をくすぐった。

 大きなくしゃみと共に顔を戻すと、いつの間にか向かいに安田が座っていた。

「いいなぁ……川島くん。僕もよく上を向いてるのに」

 ネチャリと笑う安田に舌打ちを漏らし、ミサエは席についた。

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