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ワールド・デブリーズ 6

 65

 426,473


「少ねぇな……」

 電工掲示板を見つめ、川島は呟いた。

 間もなく数字がリセットされる時間だ。もうこれ以上伸びる事はないだろう。

 心の奥から滲み出す、焦燥感にも似た不安に川島は顔を強ばらせた。

「どうかしたんすか?」

 兎野の声に、川島はハッと我に返った。

「あ、ああ、何か少ねぇなと思ってさ」

 川島の視線を辿り、兎野は電工掲示板を見つめた。


「確かに今日は少ないっすね。70以下って、多分初めて見ますね」

『今日は』じゃない……。連日減り続けている。

 このまま減り続けて、いつか――

 脳裏に描かれたものから目を背けるように、椅子に深く背をもたせ空を見上げた。

 何時もと変わらない真っ白な空を――


「みんな遅いっすね」

 氷だけになったコップを弄んでいた兎野は、釣られるように空を見上げた。

(変だ……)

 何時もヘラヘラと言葉を交わし、真面目な顔をしているようでも川島は必ず何処かに笑みを湛えている。そういう男だ。

 一切の笑みを消した、初めて見る川島の姿に兎野は漠然とした不安を覚えた。

「何かあったんすか……?」

 兎野の問いかけには答えず、川島はぼうっと空を見上げていた。


 間を空け、再び兎野が声を掛けようとした時――川島が口を開いた。

「なあ。もし、ここが無くなったら、俺達は何処へ行くんだろうな……」

 考えた事も無かった質問に言葉を詰まらせた兎野へ、川島はさらに問いかけた。

「似たような所に吐き出されんのかな……」

「さ、さぁ。どうなるんすか……ね?」

 僅かな沈黙の後、川島が立ち上がった。

「ちょっと行ってくるわ」

 兎野が返事を返す間も無く、川島はくるりと背を向け雑踏へ紛れた。

(単に退屈だっただけ……、なのかな……)



 ゲートに立ち、川島は次々と浮かび上がるウィンドウに目を走らせた。

(何やってんだ……。あるわけねぇだろ)

 踵を返し、川島は近くのテーブルに腰を下ろした。

 周囲を見回し、行き交う人々へ視線を漂わせた。

(皆ここに居るんかな……)

 椅子に深く背をもたせ、また空を見上げた。

(オレが壊した世界の連中は――)



 ◆



 気配を感じ、兎野は目を覚ました。

 突っ伏していた体を起こし、ヨダレを拭いた。

「イワゴンさんお疲様っす」

 いつの間にか向かいの席でタバコを吸っていたイワゴンは、フッと煙を吐き出し周囲を見回すように微かに首を動かした。

「……お前だけか?」

「川島さんが居たんすけど……、どっか行っちゃいました」

「そうか」


 兎野は慣れた手つきで氷の入ったグラスにバーボンを注ぎ、イワゴンの前に置いた。

「今回かなり長かったっすね。どうでした?」

 イワゴンはグラスを口へ運び、タバコを灰皿に押し付け椅子に深く背をもたせた。

 スッと煙を吐き出し、組んだ足の上に手を重ねた。


「私立掃溜学園。自分の名前さえ書ければ受かる最低レベルの底辺高校。

 ゴミ、ゴミ箱、蛮族園、最終処分場、通称は様々だ。

 学園生活は力が全て。力こそが正義だ。無論、学力ではない。そんなものは九九が言えればトップクラスの天才に分類される。

 この学園において学力は何の役にも立たない。喧嘩の強さで全てが決まる。

 卒業生の収監率八割を誇る学園とは名ばかりの悪党養成所だ。残りの二割もだいたいは埋まっている、沈んでいる、逃亡中のいずれかだ。三年から六年かけて卒業し、全国の刑務所へと巣立って行く。

 校門には常にパトカーが待機し、通学路に張り込む私服刑事が――」


「あ、あの、イワゴンさん……?」

 思わず兎野が口を挟んだ。

「……恋愛ものに行ったんすよね?」

「案ずるな。ちゃんと恋の話も出てくる」

「兄貴とかサブとかってのは聞きたくないっすよ……?」

「ん? 好みではないか?」

 妖しく光った安田の目を思い出し、兎野は思わず尻の穴をキュッと締め座面に押し付けた。

(イ、イワゴンさんってそっちの人だったのか……?)

「お、お、俺は何事も普通派なので……」

 自分を見つめる真っ黒なサングラスの向こうには一体何が……。


 もしもイワゴンが飛びかかってきたら、兎野に抗う術はない。安田なら何とかなるだろうが、この男にとって兎野抵抗など無いに等しい非力なものだろう。

 まさかそんな事はすまい。仮にイワゴンがそっちの人だったとしても、そんな事をするはずがない。

 頭では分かっていても……一度危機を感じた体は硬直し、ぎこちなく動く。

 二人の間に何とも言えぬ沈黙が漂った。


(イワゴンさんって……やっぱ掘る方だよな……?)

 安田は多分掘られる方……。掘るのと掘られるのはどちらがマシか……。

 何故かそんな究極の選択を頭の中に展開し、兎野の挙動は一層ぎこちないものになった。もの言わぬイワゴンの挙動に目を凝らし、尻の穴を更に締め付けた――


 ガタリと椅子が引かれ、隣にミサエが座った。

「見つめ合って……、なにしてんの?」

 ミサエは早速ビールに手を伸ばし、二人に尋ねた。

「そういう関係だったの?」

 上目遣いにニヤリと微笑むミサエの背に、兎野は後光と天使の翼を見た。

「ミ、ミサエさ~ん!」

 不意に現れた救世主に飛び付こうと手を伸ばした兎野の顔面を、ミサエはむずりと掴んだ。

「テメェ、いい加減にしろよ」


 兎野が見た翼は黒く染まり、後光は燃え盛る炎に変わっていた。

「違います! 違いますって! そう言うんじゃ……、痛てててて――」

 そのまま宙に持ち上げられた兎野は、しばらくの間手足をばたつかせていたが――やがて、ビクンと身を震わせ事切れるように地面へ崩れ落ちた。



「――兎野ちゃ~ん。こっちだよぉ~」

 前をテケテケと走っていたミコトちゃんが立ち止まり、兎野を振り返って手を振った。

「待ってよ~」

 たるみきった顔と猫なで声で、兎野はミコトちゃんを追った。

 手が届く――そう思った瞬間、いつの間にかミコトちゃんは更に先へ移動し、また手を振っていた。

「兎野ちゃ~ん。は~や~くぅ~」


「こいつめぇ~」

 気色の悪い猫なで声を発し、普段の彼からは想像もできぬ機敏な動きでミコトちゃんに飛びかかった。

「エヘヘ、捕まえた~」

 ミコトちゃんに抱きつき、兎野は下卑た笑みを浮かべた。

「あれぇ~。捕まっちゃったぁ~」



「――じゃぁ、兎野ちゃんも一緒に行こう」



 その声と同時に地面がドロリと溶け、沼のように足が沈み込んだ。

 慌てて足を引き上げようとするも、ジュルリと音を立て膝まで沼へ吸い込まれた。

「暴れちゃだめだよぉ……一緒に行こう――」

 肩越しに振り返ったミコトちゃんの顔はドロリと溶け、抱きついた兎野の腕にボタボタと滴った。

 悲鳴を上げ、兎野は逃げだそうと必死にもがいた。しかし、またジュルリと音を立て腰まで沼に吸い込まれた。

「嫌だ! 嫌だ! た、助け――」

 言い終えるより先に、兎野の体は一気に鼻の下まで沼に吸い込まれた。

「フフ、フフフ。アハハハハ」

 四方から嘲笑うようなミコトちゃんの声がこだまし、ジュルリ。と兎野は沼へ吸い込まれた――



 ――ハッ、と目を開いた兎野の耳に、楽しげに笑うミサエの声が聞こえた。

 横向きの視界には、ビール飲みながらイワゴンと話すミサエの姿があった。

 ……。

(なんちゅう夢だ……。きっと毎回あれ(・・)を見てる所為だ……)

 左右のこめかみを抑え、痛みを堪えてふらふらと立ち上がった。

「――ん、ウサたん起きた?」

 席へ戻り、兎野は恨めしげにミサエを見つめた。

「イワたんに襲われると思ったの?」

 と、ミサエはケタケタと笑った。


「俺はノーマルだ」

 スッと煙を吐き出し、イワゴンはグラスを傾けた。

あの変態(安田)ならまだしも、失礼な奴ね」

 じっと恨めしげな視線を送る兎野に、ミサエはバツが悪そうに続けた。

「日頃の行いが悪いのよ」

 そう言って、兎野の頭をクシャクシャと撫でた。

 頬を弛ませかけた兎野だったが、戻って行くミサエの手を見て目を瞠った。


「ミ、ミサエさん……ポイント」

 ミサエの手には90という数字が見えた。最後に見た時は3千はあった。

「ああ、使っちゃったから」

 ミサエはサラリと返し、兎野が見たことのないスッキリとした笑みを浮かべた。

 今日は変なものばかり目にする……。

(川島さんもミサエさんも……。やっぱり何かあったのか……?)

 兎野は蚊帳の外へ置かれたような、一抹の寂しさを覚えた。

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