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ワールド・デブリーズ 5

「お代官様、どうか、どうか……! 後生です――」

 手をつき哀願する村娘に、下卑た笑みを湛えた代官がにじり寄る。

「まぁ、まぁ、良いではないか」

 代官は着物の帯に手をかけ、勢いよく引っ張った。

「あ~れぇ~~」

 娘は駒のようにクルクルと回転し、あられもない姿で布団に横たわった――



 兎野は、眼前に広がったおぞましい光景を思い出し、顔をしかめた。

「123,456,789番」

「へぇ~い……」

 ため息をつき、受付のお姉さんが差し出すカードに手を伸ばすと、ひょいとカードが逃げた。

「ん……?」

「三回警告を受けると問答無用で天罰が下されます。くれぐれも、節度を持った行動を心がけるように」

「はい……」

 お姉さんの鋭い声に、兎野は何処かがピクンと反応するのを感じた……。



 大麻(おおぬさ)を振るミコトちゃんを見つめ、兎野は最後の瞬間を思い出していた。

 生娘だと言って献上された村娘を脱がすと、ゴマ塩頭のひょろいおっさんが転がりでた。しかも声だけは女という気色の悪い奴だった。

 怒れる悪代官兎野は、おっさんがつき出す尻に刀を鞘ごと突き刺した。

 刀を抜き払い、尻に鞘の刺さったおっさんを踏みつけ蹴り飛ばし、別室でお楽しみ中の越後屋の元へ向かった。

 ピシャリと襖を開け放つと――越後屋は居らず、代わりに御用と書かれた赤い提灯が並んでいた。


「61ゲスで~す」

(うへぇ……、マイナス189……)

 説明をどうするかというミコトちゃんの声を聞き流し、NOをタッチした兎野は大袈裟にため息をついた。

 ふと、そのまま指を滑らせ【ポイントゲッタートップ5】をタッチした。

 一位 98,550ポイント――川相乱怒。

(なにやったらこんなに稼げんだよ……。98でもキツイってのに。もっと効率の良いやり方ってないのかな……)

 ちなみに、オクトパス安田の名は6位にある。



 ため息と共に席に着いた兎野を、頬杖をついたミサエがジトっと見つめた。

「そんなに飢えてんならさ、18禁にでも行けばいいじゃん」

「そんな露骨なのはちょっと……。乳首は見れるのか? 見れないのか? 昼のお茶の間でドキドキと見守る感じの――」

「あっそ」

 最後まで聞かずに、ミサエは素っ気なく返した。


「そう言えば、ちょっと前までビオラがきてたのよ。惜しかったわね」

「ビオラって……ミサエさんが蜘蛛怪人やった、あの組織のアイドルだったビオラちゃんっすか?」

「そっ、そのビオラ」

 ビオラちゃん。表の顔は人気アイドル。裏の顔は組織の幹部という女の子だった。


 兎野は彼女のライブチケットを買うためにアジトを無断外出し、見事に尾行され、敵を引き込んだ。

 突然の襲撃に狼狽する組織の面々を前に、ドヤ顔で経緯をペラペラとバラすヒーロー達。突き刺さる味方の殺気。

 討ち死にか粛清か、選択を迫られた兎野は逃げた。敵も味方も放り出し、逃げた。

 この世界を牛耳る二大勢力に命を狙われては、最早これまで……。だが、せめてライブに行ってから……。


 襲い掛かって来る者達をゾロゾロと引き連れ、兎野は蜘蛛怪人の巣穴へと逃げ込んだ。

 蜘蛛怪人を巻き込み組織とヒーロー達が入り乱れて戦う中、巣穴を這い回って辛くも脱出を果たした。

「ふ~ん、そっすか……」

「冷めてんのね……。あの子のライブに行くために、あんな必死に逃げたくせに」


「そうっすけど……。確かに、ビオラちゃんの可愛さはそりゃもう天使でしたよ。けど、中の人までがあんなに可愛いとは思えないですし」

 兎野はテーブルにコーラを生やし、ストローを挿して吸い上げた。

「中身の方が断然可愛いわよ」

「またまたぁ~」

「ま、別に信じなくても良いけど」

 チラリと川島に視線を走らせたミサエを見て、兎野は隣に座る川島を覗き込んだ。


「川島さんも会ったんですか?」

「ん? ああ。十万世界に一人の可愛さだな」

 黙々と落花生を剥きながら、川島は淡々と答えた。

「またまたぁ~、川島さん……まで……」

 川島は黙々と落花生を剥き、ミサエも落花生を剥き始めた。

 真ん中に置かれた皿に、剥き身の落花生がこんもりと積まれてゆく――


「ちょっと……マジっすか!?」

「ああ。元、世界の(ぬし)だからな。色々と格が違うぜ。――おっし!」

 最後の一個を剥き終わった川島は、皿に盛った剥き身に塩を振り、ビール片手に満足そうにつまんだ。

 ミサエも皿に手を伸ばし、旨そうにビールを呷った。


「……また、来ますよね?」

「さぁ? 当分は――もしかしたら、二度と来ないかもね……」

「そんなぁ……。せめてライブ行っときたかった……」

 兎野はテーブルに突っ伏し、恨めしげに二人を眺めた。

 蜘蛛怪人の巣穴を脱出した兎野だったが、既にアジトを包囲していた平隊員達に謎の光学兵器で撃たれ、液化して地面の染みになった。


「あのライブは、あの子の晩餐会みたいなものだったからね。行ったら食べられてたわよ」

「……でも、どうせやられるだったら、あんな可愛い子の養分になった方が……エヘ」

「あたしじゃ不満だったての?」

「そう言う意味じゃないっすよ……ミサエさんだって知ってたら――」

 慌てて身を起こし取り繕う兎野の脳裏を、涎を撒き散らし、牙を剥き出して迫る蜘蛛怪人の姿が駆け抜けた。

「……ごめんなさい」

 舌打ちを漏らしながらも、ミサエは萎れている兎野の頭をクシャクシャと撫でた。


「あれ? 川島くん珍しいね。飲まない人かと思ってたよ」

「安田さんお疲れ様っす」

「ヤっちゃんもどう?」

 席についた安田は、首を振ってテーブルにシュークリームを生やした。

「僕はアルコールは飲めないんだ」

 オクトパス安田の弱点はアルコールだった。その為か、安田もアルコール類は口にしない。


「ところでウサくん。肉林守淫行はウサくん?」

 肉林守淫行にくりんのかみいんこう。兎野が演じた悪代官の名だ。

「ええ、そんな名前でしたけど……」

 シュークリームにかぶり付き、自分を見つめる安田の目に兎野は戦慄した。

(まさか――)

 何かを期待するように、鈍く、怪しげに光る目を見つめ、兎野は顔を引きつらせた。

 鞘ごと突き立てたあの刀は、何かおぞましいものを目覚めさせてしまったのか……?


「な、何事も普通が一番っすよ……」

「やだなぁ、僕は男に興味はないよ」

 ネチャリと糸を引く舌で、唇についたクリームを舐めとる安田。

 二人のやり取りを眺め、コリコリと落花生をつまんでいたミサエは思った。

こいつ(安田)の更生はあり得ない)


「そ、そ、そう言えば、イワゴンさん遅いっすね!」

 川島とミサエに助けを求めるように、兎野が切り出した。

「イワちゃん何処いったん?」

「恋愛ものに行くって言ってましたけど……」

「恋愛? イワたんが?」

「ええ、なんか恋愛ものにハマってるみたいで、それも学園ものに……。かなり厳選してましたよ」

「学園ものね……。案外似合いかもね」

 ミサエは口元を綻ばせた。


「そう言えば、川島さんから攻略法を教わったって言ってたんですけど、どうやるんです?」

「ああ、主の取り巻き連中に適度にちょっかい出しときゃいいんだよ。やり過ぎなきゃ割と長く居れるからな、地道にやりゃ結構稼げるぜ」

「なるほど……、次は恋愛ものにしようかな……。ミサエさんは今回も何処にも行かなかったんですか?」

 ミサエはここのところパスしている。その為、賭けもやっていない。


「ええ」

 ため息をつき、ミサエは椅子に深く背を持たせた。

「なんか気分が乗らないのよね……」

「ふ~ん……。川島さんは今回どうだったんです?」

「8。ほとんど出ると同時に終わったよ」

 川島はビールを(あお)り肩をすくめて見せた。

 三人のやり取りを他所に、安田はミコトスペシャルパフェを前に儀式を行っていた。


「安田! その食べ方やめてって言ってんでしょ!」

 ミサエが不快感を顕に顔をしかめた。

 チョコまみれの唇を舐めながら、悪びれる様子もなくネチャリと笑う安田。

 その様子を眺め、兎野と川島は同じ事を考えていた。

 ポイントを失いどん底に落ちた時、この男は確かに生まれ変わった。

 いや――


(目覚めたんだ……)

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