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ワールド・デブリーズ 4

 ミサエ。

 彼女は産まれながらに名を持っていた。

 平凡な家庭に生まれ育ち、明るく純粋で、優しい心を持った女の子。

 隣の席に座る、硬派で爽やかな男の子に恋をする平凡な女子高生。

 様々な妨害にもめげず、持ち前の明るさと清らかな心で、徐々に恋を実らせてゆく健気な女の子。

 西浦あかね。


 の、


 ライバル、金持ちお嬢様『東条ユリ』。ミサエが創造主より授けられた役と名だ。

 財力を用いて様々な手段であかねの恋路を邪魔する――平たく言えばあかねの引き立て役だ。

 だが、別に不満は無かった。あかねの真心の前に破れ、唇を噛んで捨て台詞を吐く。繰り返されるワンパターンな展開にも不満は無かった。そもそも、それに疑問を持つ事すらなかった。なぜなら、彼女はそのために産み落とされたのだから……。

 では何故、彼女はこの吹き溜まりに居るのか――



 事の始まりは、唐突に現れた異母兄弟を名乗るあの男の妹だった。

 意味深な言動を繰り返し、それに呼応するように次々とよく分からない力に目覚めて行くクラスメイト達……。

 公立高校であるにもかかわらず、何故か登場してきた理事長。生徒会は当たり前のように強大な権限を持ち、学校の運営方針は勿論、独断での生徒の退学はおろか教師の人事権まで握った。

 風紀員は当たり前のように武装を始め、科学同好会なる連中は、現代科学を凌駕する謎のテクノロジーを操っていた。


 気が付けば――クラスメイトの顔ぶれはがりと変わり、異世界からの侵略者と何たらいう組織を相手に三つ巴の戦争をしていた。

 かつてあかねと取り合った硬派な男は、神懸かり的な鈍さと都合の良い耳栓を手に入れ、謎のフェロモンを放出してハーレムを形成していた。

 そして、臨海学校という名のラッキースケベ大会が終わった頃には、あかね共々この吹き溜まりに吐き出されていた。


 乗っ取りとそれに伴う世界改変。彼女達を襲った厄災だ。



 

「――あのアイドルはあんただったんだ」

「うん。すっごい楽しかったよ」

 頬杖をつきグラスを傾けるミサエに、向かいに座る小柄な女性はプリンをつつきながらなが答えた。

「変身すると食虫植物のお化けになるだっけ?」

「そう。200人ぐらい食べたよ。でもまさか、ミサエちゃんが蜘蛛怪人だったなんて。そもそも戦隊ものをやるなんて思いもしなかったよ」

「そりゃあんたもそうでしょ」

 その言葉に、向かいに座る女性は口元に優しげな笑みを浮かべた。

 彼女は、かつての名を『西浦あかね』という。

 グイッと呷ったミサエのグラスから、氷の崩れる涼しげな音が響いた。


 

「お? 久しぶりじゃん」

 椅子を引き、川島が二人の間に座った。

「あ、お久しぶりです。川島さん」

「もう終わったの? 早くない?」

「8ゲス。ワースト更新だよ」

 ヘラヘラとミサエに返し、川島は口に含んだ飴玉をカラコロと転がした。


「そう言えば、ずっと聞きそびれてたんですけど……、どうして川島さんはポイントを貯めないんですか?」

「宵越しのポイントは持たない主義なんだよ」

 相変わらずヘラヘラと答える川島に、ミサエが口を挟んだ。

「それもう聞いた」

 頬杖に顎を乗せ、氷だけになったグラスをマドラーでつついた。

 何とも言えぬ沈黙が漂い、カラコロと飴玉を転がす音だけが響いた。


「……俺は、ここの住人だからな」

 僅かな間を空け、川島が呟いた。

「……?」

「……そっかぁ~。なるほど」

「そっ、分かってくれた?」

「あ、そうだ。私名前が変わったんです。あんまり可愛くないんですけど……ビオラって名前になりました。食虫植物のお化けです」

「へぇ、記録を更新したわけだ」

「はい。川島さんには全然及びませんけど――」

(……ここの住人?)

 ミサエは、氷だけになったグラスをマドラーでかき回した。


 川島と出会ったのは、ここに放り出されて間もない頃だった。当時はまだカミサマは導入されておらず、分かり難くくややこしい所だった。右も左も分からず、すすり泣くあかねの手を引きオロオロしているところに、川島が声を掛けてきた。

 正直、胡散臭い奴だと思った。だが、あのハーレム男よりはマシだと思った。


 壊れてしまいそうだったあかねを二人がかりで落ちつかせ、ここでの過ごし方、ポイントの稼ぎ方などあれこれと川島に教わった。

 その時から、ポイントは使い切らない方がいい、貯めた方がいいと言いつつ、その本人は何時も使い切っていた。

 その事を尋ねると、川島は何時もヘラヘラと笑ってごまかした。かと言って、それ以上踏み込んで尋ねようとは思わなかった。正直どうでも良かった。


 先程踏み込んで質問を突きつけたのは、立て続けにイライラとする事に見舞われ、ヘラヘラと笑う川島の物言いが妙にカンに触ったからというだけだ。ちょっと困った顔で苦笑いでもしてくれればそれで良かった。だが、期待に反し川島は答えを返した。


(……ウチらは部外者とでも言いたいわけ?)

 ミサエは小さくなった氷を不機嫌にマドラーでつつき回した。

「――それじゃ、わたしはもう一度足掻いてきます」

「そか、頑張ってな」

「はい、ダメだったら……私もここの住人ですね」

 ――椅子が引かれた音に、ミサエはハッと顔を上げた。

 



 川島を残しゲートまで見送りに出たミサエは、ビオラが取り上げたウィンドウを見て目を瞠った。

「マジで言ってんの?」

「うん」

 にっこりと微笑む彼女手に握られていたのは、かつて二人が追い出された世界だった。いや、あの頃の面影はこれっぽっちも残っていない、再構築された世界だ。

「まずは、あの鬱陶しいハーレムを解体する所からだね」

「乗っ取るつもりなの……?」

 そう問いかけるミサエに、キュッとハグをして手を取った。

「上手く行ったら、ミサエちゃんもきっと来てね」


 手に浮かんだ数字が0に書き換わり、彼女はするりとゲートに吸い込まれた。

(そんな事してどうすんのよ……)

 あんたは帰りたいの? それとも、西浦あかねに戻りたいの……?

 西浦あかねも、東条ユリも、もう何処にも居ない。あの世界だってもうない。あたしらも、あの世界も、棄てられたんだよ。

『もういらない』

 これ以上ない方法で、そう宣言されたんだよ……。

 ……。

 ……川島の言うとおり、あたしらは部外者なんだよ。ここでも、その世界でも……。


 何処へ行ってもーー




 耳障りな警告音が鳴り響き、隣のゲートから兎野が吐き出された。

「――ッむぎゃ!」

 ゴロゴロと床に転がった兎野は、這いつくばったまま素早くゲートから離れて座り込んだ。

「早かったね」

「ミサエさん……」

 兎野はみるみる目を潤ませ、何やらミサエに訴え始めた。

「ちょっと聞いて下さいよ! 250も入れたんすよ!? 250っすよ!? なのに……」

「そんなん普通じゃん。1000入れて大失敗した事忘れたの?」

「……やっぱ最低ラインが3000なんすかね……」

 項垂(うなだ)れた兎野にため息をつきつつ、慰めるように頭を撫でた。

「で、どうしたの?」


「え? えっと――その、あの……」

「はぁ?」

 途端に口ごもった兎野を、ミサエは怪訝な顔で覗き込んだ。

「ウサちゃんどうだった?」

「川島さん……」

 ニタニタと笑う川島と、怪訝な顔をするミサエに交互に視線を送り、兎野は目を伏せた。

「せ、精算してきます……」

 逃げるように受け付けへ向かう兎野を見送り、川島に尋ねた。


「何か知ってんの?」

「ロマンを叶えに行くって張り切ってたからな」

「はぁ? ロマン?」

「ほら、時代劇コントとかで帯を引っ張って、何て言ったか……、えっと――帯回し! 着物の帯を引っ張って、クルクルっと回転させて女の子を裸に剥くやつ。ヤッちゃんとその話で盛り上がってたからな、越後屋か悪代官をやるって息巻いてたぜ」

 ミサエは大きくため息をついた。

「あの調子だと上手く行かなかったみたいだけどな」

 そう言って、川島は楽しそうに笑っていた。

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