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ワールド・デブリーズ 3

 ゲートに設置され黄色いパトライトが回り始めた。

〈GATE OUT〉

 空間に浮かんだ文字が、ゲートを包むようにぐるぐると回り耳障りな警告音が鳴り響く――


「――ッむぎゃ!」

 ペッ、とゲートから兎野が吐き出され、床に転がった。

「痛てて……」

 兎野はゴロリと床に背を付け、真っ白な空を見つめた。

(結構立ち回りは掴めたと思ってたんだけどな……)

 ため息をつき、ぼんやりと空を見つめた。背に伝う床の冷たさが、妙に心を(えぐ)った。


〈GATE OUT〉

 視界に流れる文字をぼんやりと見つめていた兎野は、ハッと我に返った。気がつけば警告音が鳴り響いている。

(やべっ!)

 慌てて身を起こそうとした兎野の目が、ゲートから吐き出され、宙を泳ぐミサエの姿を捉えた――


「――ッむぎゃ!」

「痛ったぁ……」

 鈍い音を立て、兎野に覆い被さるようにミサエが落下した。

「痛いっす……痛いっすよ……、ミサエさぁん……エヘッ」

 床とミサエの胸に頭を挟まれた兎野は、どさくさ紛れにミサエの胸に顔を埋めもぞもぞと動かした。


 ミサエはゆっくりと身を起こし、馬乗りになったまま無表情に兎野を見下ろした。

「ウサ」

「は、はい……?」

 たん、を付けない時のミサエは怒っている……。

 兎野は慌てて言い訳を口走った。

「事故っすよ! 事故! ふ、不可抗力で――」

「最後の記憶を言え」

「へ? 最後……」


 兎野の最後の記憶――

 味方であった蜘蛛怪人に食われそうになりながら、怪人の巣穴から命からがら逃げ出した。

「蜘蛛怪人を振り切って……」

 ミサエの目がカッと見開かれ、兎野の胸ぐらを掴み頭突きを入れた。

「やっぱりテメェだったか!」


「痛って! えぇぇ――ええ!? く、蜘蛛――、蜘蛛怪……人?」

 ミサエを指差し、兎野は呆然と呟いた。

 蜘蛛怪人。『怪人』とは名ばかり、ただただ巨大な女郎蜘蛛だった。

「あれミサエさんだったんすか!?」

「あの後ろ姿はウサっぽいなと思ったんだよ……」

 呪詛を吐くように静かに呟きながら、兎野を揺さぶり頭突きを入れるミサエ。

「後一人食えば、パワーアップしてあいつらを蹴散らせたってのに……」


「痛てっ! 痛いっす! ――あんな牙剥き出して糸飛ばされたら逃げますって!」

「あぁ!? そもそもテメェがミスったのが原因だろうが!」

 投げ捨てるように手を離し、床に頭を打ち付けた兎野を踏みつけてツカツカとミサエは去って行った……。


「いいなぁ、ウサくん」

 今にも泣き出しそうな兎野を、パフェを手にした安田が羨望の眼差しで見下ろしていた。

 ミコトちゃんを模した大粒のチョコをあしらったミコトスペシャルパフェ。チョコ以外は全て普通だが、人気は高い。

「……じゃぁ、代わってくださいよ。いくらなんでも理不尽っすよ……。そりゃ確かに、巣穴に攻め込まれたのはオレのせいですけど……」

 安田は微かに微笑み、スッと身を引いた。

 何か言っていたようだが、鳴り響く警告音にかき消され聞き取れなかった。

(――やべ!)


 ハッとして身を起こしかけたが、遅かった。

 ゲートから吐き出されたイワゴンが両膝を抱え、回転しながら体操選手よろしく美しいフォームで兎野の腹部に着地した。

「――んげふッ!」

 グニャリと歪む足元にバランスを崩したイワゴンの足が、兎野の股間を踏みつける。

「――ッッ!!」

「……何をしている。邪魔だぞ」

 足元に転がる兎野をチラリと見やり、イワゴンはスタスタと受付へ向かって歩きだした。


「ウサくん。早く退かないと、また次が来ちゃうよ」

 息を詰まらせてうずくまる兎野を見下ろし、安田はパフェに乗ったミコトちゃんチョコに手を伸ばした。微かに歯を覗かせ、下卑た笑みを湛えてチョコを見つめた。

 兎野の頭上には、また〈GATE OUT〉の文字が浮かんでいた……。

 ――結局、そのままうずくまってシクシクと泣き出した兎野を安田が引きずって脇に退かした。




「ミサエちゃん。向こうでの事は恨みっこ無しだよ。ウサくん泣いてたよ」

 席に着いた安田は、チョコまみれの唇を舐めながら穏やかに声を掛けた。

「分かってるけどさ、二回もやられたらシバキたくもなるっての」

 声を荒げるミサエに睨み付けられ、安田は唇の隙間に糸を引かせ、ニチャリと微笑んだ。

「どうしても気がすまないって言うのなら……」

 明らかに何かを期待している安田の目を見て、ミサエはため息と共に怒りを静めた。


 安田。かつての名を『オクトパス安田』

 しがないサラリーマン、安田に取り付いた寄生型宇宙人。手足を触手に変化させ、ヌメヌメとしたそれで女性を襲う。

 触手を踏みつけられればピクンと身を震わせ、糸の引いた口を半開きにネチャリ笑う。正に、安田の全てを余すことなく体現したキャラクターだった。

 彼は己の分身とも言えるこのキャラクターと出会い、50,000ポイントという気の遠くなるようなポイントを叩き出した。

「安田ちゃんの名前わぁ~、歴代トップ10に載ってるよぉ~」(ミコトちゃん談)


 これを機に、安田は欲望のままに世界を荒らし回った。

 だが、長くは続かなかった……。大量のポイントをつぎ込み良いポジションに就いても、欲望のままに暴れ回る安田は早々に消され続けた。何時しか手持ちのポイントは無くなり、安田は地に落ちた。

 そして、安田は生まれ変わる事を決意した。オクトパスを捨て、しがないサラリーマン安田を名乗り今に至る。


「はぁ~……」

 ミサエはため息と共に席を立ち、兎野の側にしゃがみ込んだ。

「ウサ~、ウサた~ん」

 床に転がったままうずくまり、シクシクと泣く兎野の頭をクシャクシャと撫でた。

「もう怒ってないから……。ほら、立って」

 身を起こした兎野はミサエの胸にしがみ付き、しゃくり上げて泣き続けた。

「ミザエざ~ん! グヒッ、グヒッ――――」

(……こいつと安田の波長が合うわけよねぇ)

「――グヘ、……エヘッ……フヒィ」

 先程までの悲痛な泣き顔は何処へやら……いやらしく頬を緩め、無心にミサエの胸に顔をこすり付ける兎野を、ミサエは冷めた目で見つめた。




「――だぁ~、お待た……せ……ぇ」

 どかりとイワゴンの隣に座った川島は、漂う異様な雰囲気に口を閉じた。

 腫れた上がった顔面に幾つもの手形が踊る兎野、恨めしげにそれを見つめる安田、兎野から顔を逸らし、頬杖をついて不機嫌に貧乏揺すりをするミサエ……。

「イワちゃん、何があったん?」

 イワゴンの耳に口を寄せ、川島が尋ねた。

「踏み潰してやるべきだったか……」

 フッと煙を吐き出し、イワゴンはグラスのバーボンを(あお)った。

「……なんのこっちゃ」

 グラスの氷が崩れ、カラリと音を立てた。





 筆を抱えるミコトちゃんを、兎野はションボリと見つめた。

「38ゲスで~す」

(思ってたよりは稼げてるけど……、マイナス2か……)

「説明を希望される場合は画面のYESを、希望されない場合はNOをタッチして下さ~い」

 兎野は弱々しくNOに手を伸ばした。

「次も頑張ってねぇ~」

 愛らしい笑顔を向けるミコトちゃんを見つめ、兎野は頬を緩めた。


「No.123,456,789。登録名称、兎野仁」

 不意に、ミコトちゃんは真顔になり事務的な声を発した。

(……?)

「ここでの振る舞いはポイントにはなりません。度の過ぎた振る舞いにはペナルティーが課せられます。くれぐれも、節度をわきまえ、責任ある行動を心掛けて下さい」

 フッとミコトちゃんは何時もの笑顔に戻り、待機モーションを繰り返した。


「該当者に警告を行いました~。続けて天罰の申請を行いますかぁ~?」

 聞こえた不吉な声に振り向くと、隣でミサエが精算を行っていた。


「――チッ!」

 仔ウサギのように縮み、潤んだ瞳を向ける兎野へ舌打ちを漏らし、ミサエはNOをタッチした。

「ミザエざぁ~ん!」

「だぁー! もう、分かったから! 触るな!」

 まとわり付く兎野を振り払い、ミサエはツカツカと席へ戻った。

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