ワールド・デブリーズ 2
「ところで、みんなどんな感じだったんです? 川島さんのは聞きましたけど……」
「今回はなかなか良い人生を送れたよ。綺麗な奥さんが居て、可愛らしい娘も居て、充実した良い人生だったよ」
そう言って、安田は満足そうに微笑んだ。
「最後はどうだったの? まさか畳の上で往生出来たわけじゃないんでしょ?」
ミサエは二杯目のビールに口を付け、安田に尋ねた。
「仕事帰りに、団地の公園でうずくまって泣いてる女の子がいたんですよ。娘と同じぐらいの年頃だったし、心配して声をかけたら首を切り落とされてしまいました」
「なにそれ?」
「異能力バトルものみたいでしたから、多分、新たな敵の登場プロローグだったんだと思います」
安田はテーブルから生えてきたシュークリームに目尻を下げながらサラリと返した。
「切ねぇな……」
川島はポツリと呟き、口の中でカラコロと飴玉を転がした。
「ミーちゃんはどうだったん? 180ったら結構なポイントじゃん」
空気を変えるように、川島はミサエに尋ねた。
「あたしは戦隊ヒーローものだったね。どっかのバカが最後の最後で持ち場捨てて逃げちゃってさぁ、そのせいでやられちゃった。もうちょっと稼げそうだったのにさぁ」
グビグビとビールを飲み干すミサエを見つめ、川島はコリっと飴玉を噛み潰した。
「当然悪の側だったんだよな? 組織の名前は覚えてるか?」
「えっと、紅鉄仮面……だったかな」
その言葉に、川島の目は兎野へ向き、兎野の目はミサエを向いた。
「ウサ……テメェもしかして……!」
「もしかして、あのエロい女幹部って……ミサエさん?」
「爆弾解除して逃げたのはテメェか!」
兎野の首に腕を巻き付け、ミサエがグリグリと拳を押し当てた。
「痛っ!――だって、もう少しで幹部への道が開けたんすよ! ――痛って! 痛いっすよ!」
本気で痛がる兎野だが、その顔は何処か幸せそうだ。ドサクサに紛れ、頬に当たる柔らかい感触を堪能していた。
「いいなぁ、ウサくん」
物欲しそうな目で安田が呟いた。
「やっぱヤッちゃんは善良な市民なんて似合わねぇよ。その薄らハゲに本性が滲み出てるよ」
「いやぁ、川島くんは相変わらず手厳しいなぁ。でも、僕は生まれ変わるって決めたんだよ。――あと、ソフトハゲって言ってね」
何時もニコニコと穏やかな顔をしている者の真顔には、異様な凄味があるものだ。
「お、おう」
思わずたじろいだ川島は、取り繕うようにイワゴンへ尋ねた。
「で、イワちゃんはどうだったん?」
「……怪獣」
一言そう呟き、イワゴンは煙を吐き出してタバコを灰皿へ押し付けた。
ミサエの腕から解放された兎野は、頭をさすりながらやける頬を隠してイワゴンへ尋ねた。
「怪獣ってゴ○ラとか、ああいうのっすか?」
イワゴンは足を組み、その上に両手を重ねて静かに語り出した。
「……モンモリアンヘルワーム。体長120メートル。六本の手足と厳つい口を持つ巨大ミミズだ。地中に潜って岩を食っているが、時折地表に現れて何故かコンクリート製の物を食らう。地表に現れる際に巨大地震も起こす迷惑な奴だ」
イワゴンは新しいタバコに火を付け、スッと煙を吐き出した。
「怪獣は良いぞ。動くだけで色々と破壊してポイントが入るからな。――ただ、でかすぎて逃げも隠れも出来ないのが難点だ。登場して程なく、世界の主と戦う事になる。もしも怪獣をやることがあったら、参考にしろ」
「動くだけでも稼げるっていうのはいいですね。怪獣かぁ……」
ミサエの水割りを作りながら兎野が呟いた。
「なるほどなぁ~、次は怪獣やってみっかな。イワちゃん何ポイント入れて始めたん?」
「100だ。200以上入れるのなら確実だろう」
「僕は久しぶりにファンタジーに入ってみようかな」
安田はイチゴショートのイチゴに吸い付きながら呟いた。
「オレはまた戦隊ものかなぁ、戦闘員の立ち回りも結構掴んできたし」
そう言って兎野はミサエに水割りを差し出した。
「私ももう一回戦隊ものに行こうかな。結構楽しかったんだけど……」
ミサエは兎野へ舌打ちを飛ばし、水割りに口を付けた。
「まぁまぁ、ミーちゃん。向こうでの事は恨みっこなしよ」
日々、増殖を続ける世界。
数多の創造主の手で創られたそこには、それぞれの主が産み落とされる。
否!
世界とは、その主の為に構築されるのだ。より主を輝かせる為、より主が輝ける世界を――
そして、主を輝かせる為、無数の名も無き者達が使い捨てられ、時には世界もが使い捨てられる。
主と相対する敵がクズであればあるほど、主は輝く。
見舞われた理不尽が凄惨なものであればあるほど、それを救う主は輝く。
ここは、全ての世界を統べるカミサマに与えられし空間。使い捨てられた者達の吹き溜まり。
彼らはゲートを潜り、ここから数多の世界へ旅立つ――
より主を輝かせ、己の住処を、人生を、そしてより良い環境を、より良い待遇を、創造主からもぎ取る為に……。
本来、彼らには名前すらない。中には名を持っていた者も居るが、ここへ足を踏み入れた時に捨てている。
兎野仁、川島、ミサエ、安田、イワゴン、これらは彼らがかつて演じた中で最も輝いたキャラクターの名を勝手に名乗っているだけだ。
ちなみに、兎野仁の本当の読み方は「うさぎのひと」だ。兎野が勝手に読み方を変えて使っているだけだ。
兎の着ぐるみに身を包み、各地の遊園地やテーマパークに出没し、一緒に写真を撮る女子供から金品をスリ盗る小悪党だった。
だがある日、修学旅行で遊園地を訪れた主の一行とバトルに発展し、自己最高の320ゲスを叩き出す大立ち回りを演じた。
兎野はずらりと並ぶゲートの前に佇み、周囲に浮かぶウィンドウに目を走らせた。
ウィンドウに映し出される世界の概要に目を通し、入る世界を選定してゆく。
(やっぱファンタジーが多いなぁ……)
「じゃ、おっ先~」
声と同時に、川島が隣のゲートへ吸い込まれた。
残ったのは、右隣のゲートで同じく世界の選定をしているイワゴンだけだ。安田とミサエももうゲートを潜った。
「イワゴンさんは何にするんです?」
「……恋愛ものに行こうと思う。できれば、学園ものに入りたい」
「恋愛っすか……。恋愛ものって難しくないですか?」
「初めてだが、一応、川島に攻略法を教わった」
世界に入ると容姿は変化する。だが、思わず学ランを着るイワゴンを想像し、兎野は口元を緩めた。
(番長とかはまり役だろうな……)
「お前は戦隊ものか?」
「その予定っす」
イワゴンは次々とウィンドウを手に取っては、微かに唸り放り投げた。
「最近は概要詐欺も多い。慎重に選べ」
「それこの間くらいましたよ。怪人とは名ばかりのエロいねぇちゃんと総帥擬きがイチャイチャするだけで、稼げない出番はないで……。何とか元は取りましたけど、散々でしたよ……」
イワゴンは手に取ったウィンドウを見つめ、深く頷いていた。どうやら入る世界が決まったようだ。
「そういうのは間に割り込めば良いらしいぞ。消される公算が高いが、上手くすると結構稼げると川島が言っていた」
「なるほど……」
「じゃぁな」
声と同時に、イワゴンはゲートへ吸い込まれた。
「――よし!」
兎野もウィンドウの一つを手に取り、ゲートへ進んだ。
(ポイント……)
入る際にポイントを投入する事で、ある程度その世界でのポジションを調整できる。
ポイントを消費し、創造主へ働きかけるのだ。この吹き溜まりでもがく者達に、カミサマが与えた唯一の能力だ。
(戦闘員だしな、20ぐらいで十分かな……)
プラスとして投入するか、マイナスとして投入するかで大きく立場が変わる。
プラスの場合は主にヒールとして、マイナスの場合は哀れな一般人や、主寄りの立場で入る事になる。安田がやっているのはこれだ。
そして、まことしやかに囁かれている噂がある。
――3000ポイント。
プラス、マイナスに関係なく、3000ポイント以上入れれば、乗っ取りや世界改変を狙えるポジションでスタートできる。
かつては、この噂は1000ポイントだった。そして兎野は1000ポイントを入れた事がある。
だが、鳴かず飛ばずで一割も取り戻せずに終わってしまった……。
(748……)
手に浮かぶ数字を見つめていた兎野は、ブンブンと頭を振り、ゲートへ踏み込んだ。
708
数値が書き換わり、兎野の体がゲートへ吸い込まれた。