ワールド・デブリーズ !!
男はカップに眼を落とし、珈琲に映る自分の顔を見つめた。
やや窶れた顔と、眼鏡の向こうに覇気の無い瞳が見えた。
「どうして、兎野さんはポイントを貯めないんですか?」
「俺はここの住人ですから。宵越しのポイントは持たないんですよ」
「……なるほど」
男はぽつりと呟き、微かに口元を緩めた。
「僕も……、なれますかね?」
「その前に、一足掻きしてみましょうよ。まだ可能性はありますよ」
「…………僕に、できるでしょうか?」
「元主だったんですから、番外でちょっと人気が出た程度のぽっと出のヒーローどもなんかには負けませんよ。それに、帰還を信じて踏ん張ってる人達が沢山居ます。きっと上手く行きますよ!」
「……そっか。そうだね」
「俺も、戦闘員になって応援に行くっすよ!」
「もう一度、あの世界に紅鉄仮面を……」
クイッと持ち上げられた眼鏡に、兎野は力強い光を見た。
「イーーッ!」
ふと現れ、敬礼をする安田に男はピシャリと敬礼を返した。
「お疲れ様です」
「安田さんお疲れ様っす」
「やぁ、ウサくんお待たせ」
席に着いた安田はテーブルにシュークリームを生やし、兎野に尋ねた。
「これだけ良いかな?」
「……それは生やす前に尋ねる事だ」
そう言って、隣に座るイワゴンはフッと煙を吐き出した。
「大丈夫ですよ。川島さんとミコトちゃんがまだ戻ってませんし」
「あいつらならもうゲートで待ってる」
「もう戻ってたんすか?」
「皆さん例の世界に?」
やり取りを眺めていた眼鏡の男が尋ねた。
「ええ。総帥も行きませんか?」
「いえ、そう言う意味では……。僕は再編プランを練らないと」
クイと眼鏡を持上げた総帥は、口元に不敵な笑みを漂わせ、瞳には鋭い光が宿っていた。
「イーーッ!」
総帥と敬礼を交わし、三人は席を立った。
「きたきた」
世界の概要に目を通していた川島は、兎野達の姿を認めて手を上げた。
振り向いた川島と入れ替わりに、概要を手に取ったミコトが呟いた。
「いいなぁ……。私もこういうのをやってみたかったな」
「ミコトちゃんみたいのはダメなん?」
「主な出番が安田ちゃんの気持ち悪い妄想の中と画面の中。胸の辺りをベタベタ触る人とか、画面舐めてくる人もいたんだよ。あとイワゴンくんも……」
「ヤッちゃんならともかく……イワちゃんが?」
「毎回じっーーーーと見つめて、去り際にニヤッと笑うの。ちょっと怖かった」
「へぇ……」
(あいかわらずよく分かんねぇ人だな……)
――横一列にゲートへ並び、兎野は左右に視線を走らせた。
左にミコトと川島。右に安田とイワゴン。
皆、兎野の言葉を待っていた。
それぞれと視線を交わし、兎野は大きく息を吸い込んだ。
「それでは!」
「いっちょ盛り上げに行きますか」
川島が髪をかき上げると同時に、一行は次々とゲートへ吸い込まれた。
◆
ここは、とあるスピンオフの世界――
ごく普通の女子高生、西浦あかね。
彼女の周りには、最近様子のおかしい者達が増えていた。
ある日、真面目を絵に描いたような担任が、あかねの制服を身に付けてロッカーに潜んでいたところを取り押さえられ、翌日に姿を消した。
思えば、これが始まりだった……。
潔癖症の友人がポケットに裸のピーナッツを持ち歩き、四六時中ポリポリと食べるようになり、隣の席の爽やか硬派な男はハーレム妄想の中に引きこもってしまった。ふらふらと視線を漂わせ、時折ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべている。
いつ見ても勉強をしていたクラス一の秀才は、消しゴムを念力で浮かそうと一日中奇声を上げ、学年一の弄られキャラは、はち切れんばかりの筋肉を身に纏い校庭を走り続けている。
そして、いつの間にか町内にも様子のおかしな連中がちらほらと出現するようになっていた。
そんなある日、あかねは下校中に元担任の襲撃を受ける。手足が触手に変異した元担任が彼女に襲いかかった。
しかし間一髪、数日前に転校してきたクラスメイトの東条ユリに救われ、九死に一生を得る。
黒い男物のスーツに身を包んだユリが、メタリックな銃を乱射して元担任を粉々に粉砕してしまった。
そして、あかねはユリの口から衝撃の事実を知る事となった。
様子のおかしな連中は、寄生型・エイリアン・インプラントに寄生された者達――KAI人。人類の支配を目論む敵対的宇宙人の尖兵となった者達なのだと言う。
そしてユリはそれらを監視し、時に排除するエージェントなのだと言う。
ユリの父が代表を務める世界的大企業東条グループ。しかし、それは表の顔……。
地球人類との共存を掲げる友好的宇宙人達と手を結び、人類の支配を目論む敵対的宇宙人と戦う秘密機関であった。
機関のエージェントであるユリは、KAI人を見ても動じなかったあかねをスカウトする。
かくして――見習いエージェントとなったあかねは、教育係兼相棒のユリと共に、KAI人達との戦いに身を投じるのであった。
そして、今日もまた――
顔の横に浮かんだホログラムのディスプレイにあかねの顔が映った。
「KAI人と司令官らしき女を確認!」
「って事は野良じゃないのね……。二分で着くから、一人で仕掛けないでよ!」
あかねにそう返し、大きなケースを背負いユリは現場へと急いだ。
現場へ着くと、地面に転がったボロ雑巾のような男をKAI人達が取り囲んでいた。
ユリは身を屈め、建物の影で着替えているあかねの元へ急いだ。
「お待たせ」
言うと同時にユリも黒い男物のスーツへと着替え始めた。
「ユリちゃん。この黒スーツとサングラスは何か意味があるの?」
「分かんない。そういう伝統? なんだってさ」
「ふーん……」
手早く着替えを済ませ、ユリはケースを開き変わったデザインのライフルを取り出した。
銀ピカのボディに何本ものパイプがうねうねと巻き付き、スイッチやらコンデンサやらがゴテゴテと取り付けられたそれは、一見ジャンクの寄せ集めのように見えた。
「新型の試し打ちをしてこいってさ」
「ビリビリ系の臭いがする……っと見せかけての蒸発系?」
「それは撃ってのお楽しみ」
――地面に転がった男を踏みつけ、司令官と思しき女が黒スーツの二人組へ鞭を突き出した。
「遅かったわね。もうこいつの毛は二度と生えないわよ」
「ユリちゃん、あれって西高の制服だよね?」
「堂々と制服で来るなんて大した自信ね。それともコスプレなのかしら?」
「フン。あんた達はここで死ぬんだから、余計な心配はしなくていいわよ」
言いながら、女は地べたに横たわる男を尚も踏みつけ、その周りでは三人のKAI人が男の髪をプチプチと引き抜いていた。
「あの人、安田さんじゃない?」
そう言って、あかねは踏みつけられ毛をむしられる男を指した。
(あまり聞きたくない名前ね……。それはそうと――)
ボロ雑巾から視線を滑らせ、改めてKAI人達を見回したユリは何とも言えぬ既視感を覚えていた。
(こいつら……)
「知ってるの?」
「うん! 去年の育毛チャンピオンだよ!」
「なんでそんな鼻息荒いのよ……。薄毛の悩みでもあるの?」
「だってユリちゃん、あれの植林に成功したら東条グループの株はだだ上がりだよ! ラボに持っていかないと! 素材と広告塔の一石二鳥だよ!」
「そ、そうね……」
「ところでさ、なんか安田さん嬉しそうじゃない?」
「……気のせいよ」
ユリは顔を俯け、口元に微かな笑みを浮かべた。
「ユリちゃん……?」
不思議そうに顔を覗き込むあかねに、ユリはポケットから試験官と袋を取り出して手渡した。
「これで撃つとゲル状に分解されるらしいから、後でサンプル採ってラボに持って行って」
「了解! 分解系だったんだね!」
ゴクリとツバを飲むKAI人達をけしかけるように、司令官と思しき女が忌々しげに鞭を鳴らした。
「何時までもごちゃごちゃと……。来ないのならこっちから行くわよ!」
降り下ろされた鞭がピシャリと安田の尻を打ち、すくりと立ち上がったKAI人達が身構えた――
「さぁ、お前達! やっておしまい!!」
KAI獣一筋幾星霜。そろそろ勝ちたい……!
新境地で臨むこの一戦。サラシにボンタン、サングラス! 時代錯誤も甚だしい!
謎の番長!(イワゴン)
失う物は何も無し……。
着ぐるみを脱いだこの男の実力や如何に!?
いくら華奢でもそいつはちょっと無理がある……。塗りたくった化粧は最早ペイント! せめてすね毛は剃ってくれ!
おぞましき出で立ち、バニーボーイ!(兎野)
……長き沈黙を破り、あの男が帰って来た。
鳴らした腕は健在か!? 狙った獲物は骨の髄までしゃぶり尽くす!
なびく長髪! 虫酸の走るその仕草!
いけ好かない長髪ホスト、川相乱怒!(川島)
信じるな。その笑顔には、裏がある……。
全てを操る影の女! 大口を叩きつつもしっかり顔は隠す! 自信があるのか無いのかどっちなんだ!?
パピヨンマスクの女子高生幹部!(ミコト)
地を這い泥をすすり……覚醒した我に死角無し!?
作戦は吉と出るか、凶と出るか!?
勝ってもラボ行き! 負けてもラボ行き!
帰って来た淫魔、オクトパス安田!(安田)
「我ら――
ワールド・デブリーズ!!」