ワールド・デブリーズ 1
日々、世界は増殖する。
世界の数だけ理が生まれ、それに即した新な主が誕生日する。
ある者は孤高に、ある者は仲間と。
悪を滅する為に、掲げた理想の為に、己の為に、他人の為に、人知を超えた力を頭脳を駆使し、あるいは謎の科学力を駆使し、華々しく活躍する者達。
……あるいは、謎のフェロモンを振り撒き薔薇色の人生を送る者達……。
その世界の中心にあり、光り輝く者達だ――
「123,456,789番」
受付から事務的な声が響いた。
「はいはい~」
兎野仁は、意気揚々と受け付けへ向かい、オッサンが差し出すカードを受け取った。
「次のゲートを潜る前に精算するように」
それを背で聞き流し、兎野はいそいそと精算機へ向かった。
ずらりと並んだATMのような機械。そこへ先程のカードを入れ、鼻歌混じりに画面を見つめた。
画面の中で、巫女さんの格好をした愛らしい二頭身のキャラクターが大麻を振っている。
手続きをよりスピーディーに行うため、近年導入された高性能AI『イザナミ』を搭載した精算マシン。カミサマだ。大麻を振っているキャラクターはミコトちゃん。
「精算完了で~す」
可愛らしい声でそう告げるミコトちゃんを見つめ、兎野はほくそ笑んだ。
(今回は自信がある。150――いや、200は堅いだろう……。いやいや、ひょっとすると、250――300あったりして)
ニヤニヤとだらしなく頬を緩め、大きな筆を抱えたミコトちゃんが描く数字を見つめた。
(2……23……、230か!)
目を瞑りガッツポーズをとる兎野の耳に、ミコトちゃんの声が響いた。
「23ゲスで~す」
「……は?」
目を開けると、画面には確かに毛筆で23と書かれている。
もう一度目を瞑り――開いてみたが、変わらない。
「23だと……?」
「説明を希望される場合は画面のYESを、希望されない場合はNOをタッチして下さ~い」
兎野はカミサマにかじりつき、YESをタッチした。
「どう言う事だよ!?」
「兎野ちゃん今回は頑張ってたねぇ」
「頑張ったよ! スッッッッゲェ頑張ったよ!」
「うんうん」
「うんうんじゃなくて! なんで23なんだよ!?」
(オレは今回かなり頑張った。助けを求める部下を見殺しにし、出世の邪魔になる奴をハメ、蹴落とし、命乞いをする一般人にも容赦なく襲いかかった……。それが23ゲスだと!?)
「部下を躊躇なく見殺しにして、ライバル達を陥れる兎野ちゃんは輝いてたよ! 惚れ惚れするほどの素晴らしいクズっぷりだったよ!」
「じゃあなんで!?」
ミコトちゃんは鼻先に立てた指をゆらゆらと揺らした。
「兎野ちゃん最後がいけなかった」
「最後……」
「せっかく仕掛けた爆弾を解除しちゃったでしょ。死なば諸共、高笑いでも飛ばして、ヒーロー群衆もろとも吹き飛んでれば、特別ボーナスも付いたのに。結果的に多くの人を救って、実は良い奴だった~。みたいな空気作っちゃって、マ・イ・ナ・ス300ゲス!」
悪の組織、紅鉄仮面。兎野はそこで戦闘員をやっていた。
実力主義の組織の中で、兎野はライバル達を蹴落とし、分隊長、小隊長と順調に出世を重ねた。
そして始まった、組織の総力を挙げた大規模作戦。
主立った行政機関の施設や学校、病院を中心に爆弾を仕掛け(学校と病院は兎野の提言により追加された)、総攻撃と同時に爆破を敢行し、ヒーロー共を駆逐し首都を焦土と化す作戦だった。
兎野の部隊はとある高校に爆弾を仕掛けのだが、予想よりも早くヒーロー共が現れた為、やむなく爆弾を解除して逃走時間を稼いだ。無論、部下は全て見捨てて逃げた。
「でも、逃走した先で、ヒーローに憧れる少年に刺し殺されたのは良かったですよ。少年に世の汚さを説き、口先三寸で懐柔を試みた往生際の悪さ、新たなヒーローの誕生を予感させる展開、特別ボーナス100ゲス!」
「そんな……」
「223マイナス300のプラス100で23ゲスで~す。それじゃ次も頑張ってねぇ~」
兎野は珈琲を一口啜り、ため息と共にテーブルに突っ伏した。
750
兎野の手のひらに浮かんだ数字。兎野がこれまでに溜めたポイントだ。
「ウサちゃんどうした? 暗い顔して」
「川島さん……」
顔を上げると、向かいに川島が座っていた。
「――それで23か」
鬱陶しい長髪をかき上げ、可笑しそうに笑う川島に兎野は口を尖らせた。
「もうちょっとで幹部への道が開けるところだったんですよ……。多少のマイナスは食らうだろうなとは思ったんですけど、とにかく生き延びるのを優先しようと……。そう言う川島さんはどうだったんですか?」
「200ゲス」
「マジっすか!? 何やったんです?」
「主人公と喧嘩して、飛び出して来た幼なじみヒロインに、唐突に現れて絡むチンピラ」
「それで200も行くんすか!?」
「その後めちゃくちゃあがいたからな。留置所で看守の靴をペロペロして、隙を突いて脱走。そんで警官襲って銃を奪って、その女の家に乗り込んで籠城した」
(さすが川島さん……。この男はポイントの為なら便器だって舐める漢)
「ヒロインに銃突き付けて籠城始めたら、名前が付いて軽い生い立ちも付いたからよ、もしかすると……、って思ったんだけどさ」
「まさか……、乗っ取りを仕掛けたとか……?」
「いや、そこまでは……。でも番外枠ぐらいならって思ったんだけど……。都合良く銃が暴発して、都合良くスプリンクラーが誤作動して、都合良く電気スタンドが倒れて、感電死した」
「やっぱ、早々に消されるんすね……。まぁ、創造主の意に反する行為ですし、仕方ないっすよね」
「そうなんだけどさ、一般家庭に普通スプリンクラーなんてあるか? ごくごく普通のサラリーマンの家だっつうのによ……」
「そう言えば……ミサエさんが昔、主の自宅を爆発したら実は核シェルターを完備してました。とかで殺れなかったって話をしてましたね」
「やっぱそうなんのかぁ……」
「六畳一間のアパート暮らしの何処にそんな物があったんだって、荒れてましたよ」
「少々隙を突いたぐらいじゃびくともしねぇか……。ところで、ミーちゃんとヤッちゃんまだか?」
「まだ見てないっすね」
「ふ~ん」
兎野は珈琲をすすり、ぐるりと周囲を見回した。
円を描いて並ぶ精算機と受付が交互に並び、それが地平線の彼方まで続いている。
真っ白な空は昼間のように明るい。太陽は無いので昇りもしなければ沈みもしない。ここの空は常に白く、明るい。
飲み物でも食い物でも何でも出してくれるテーブルがそこら中に置かれ、ぽつぽつと電光掲示板が立っている。
ゆっくりと回転するそれには――
91
その下に、
424,945
今日、構築された新たな世界とその累計だ。午前0時に上の数字がゼロに戻る。
行き交う人々の隙間から、カミサマの前に立つ女性が振り返るのが見えた。
「ミサエさん来ましたよ。あ、安田さんも一緒っすね」
「じゃあ、イワちゃん待ちか」
その時、川島の隣の椅子が引かれ、アフロ頭のマッチョが座った。
「お、全員揃ったな」
「イワゴンさんお疲れ様っす」
アフロマッチョ――イワゴンは「ん……」と微かに頷いただけで、じっと動かない。
真っ黒いサングラスに隠された瞳は、何を映しているのだろうか……。
「ミサエさん、安田さん、お疲れ様っす」
「やあ、ウサくん。君の顔を見るとなんだかホッとするよ」
そう言って、全体的に丸い薄らハゲ――本人曰くソフトハゲの安田は、席に着くと旨そうにオレンジジュースを吸い上げた。
「ウサたんが珈琲とか……似合わなすぎ。また何か自分の世界に浸ってたの?」
兎野の隣に座り、ミサエはビールを呷った。艶のある長い茶髪を、首を振ってサラリと後ろへ流す仕草に密かに憧れを抱く兎野であった。
「哀愁漂う男の背中。的なものが出てませんでした?」
「全然。無理してブラック啜るお子ちゃましか居なかったわよ」
「そっすか……」
やり取りに一区切り付いたのを見計らい、川島はテーブルを囲む面々に視線を走らせた。
「それじゃ、初めますか」
「……じゃ、オレから」
そう言って兎野が手を上げた。
「23ゲス……」
テーブルを囲む面々にチラリと勝者のいろが走った。
続いて、自信に満ちた声でミサエが口を開いた。
「180」
皆が驚きを湛えた目をミサエへ向ける中、川島は余裕の笑みを浮かべていた。
ミサエは忌々しげに舌打ちを漏らし、ビールを呷った。
「いやぁ、今回はレベルが高いなぁ。僕はマイナス60だったよ」
説明は後に回すが、安田はマイナスで勝負している。
「……120」
美しいバリトン声でボソリと呟き、イワゴンはテーブルから生えてきたタバコをくわえ、火を付けた。
「今回は俺の勝ちだな。200だ」
諦めたようなため息とミサエの舌打ちが響き、テーブルを囲んだ面々は川島に何かを弾き飛ばすように手のひらを指で弾いた。
兎野の手に表示されていた数字が、748に変わった。
彼らは賭けをしていた。最もポイントを稼いだ者に、その回で稼いだポイントの1割を渡す。ここではマイナスつかない。安田の分もプラスとして加算される。
加算されたポイントを眺め、川島は満足そうに微笑んだ。しかし、川島の手に浮かぶ数字はわずか238。
「あんたちゃんと貯金してれば、もう結構貯まってたんじゃないの?」
「宵越しのポイントは持たねぇんだよ」
ミサエにそう返し、ヘラヘラと笑う川島。
全身全霊でポイントを稼ぎ、次の世界へ入る時に全て使いきる。川島はそのスタイルを貫き続けている。
※大麻:神職の方がわさわさ振ってるハタキみないなやつ