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田舎探偵物語  作者: 伊識 填人
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め〜で〜

五月の最初の日。

 その日の私は、何とも場違いな気分にさいなまれていた。  労働者の祭典であるこの日に、私のような寄生して生きている人間がこんな場所 に立っていると、修道院に間違って入り込んだこそ泥のごとき心境になってしまう。  といっても、私の事務所が組合に参加しているはずなどあり得ない。当然、仕事 がらみだ。  組合の幹部に、使い込みの疑惑があり、その調査のため密かに雇われたのだが、 どうしたわけか、私まで参加する羽目になったのだ。私を雇った連中は、いろいろ ともったいぶった理由を並び立てたが、実際にこんなところに参加しなくても、調 査は行える。断言しても良い。単に、参加してくれる人間が足りなかったから、頭 数を増やすために参加さえたのだと。  せめて、弁当代が浮いたのだと、割切るしかあるまい。まさか、弁当代を必要経 費から差引くような事まではしないと信じよう。  壇上に立った男は、何とも小役人っぽさを漂わせた男だった。  たいした組合では無いらしく、落目の政党の、しかも下っ端政治屋が、いかにも 知ったらしく訳のわからない御託を並び立てていた。苦笑すらおこらない、勢いだ けで内容の何も無い話。周囲にもしらけた雰囲気しか無かった。今時、コミュニス トのプロパガンダじみた演説で喜ぶ労働者は、自称労働者の税金泥棒達で形成され た日教組くらいのモノだろう。  やっと、その長いだけが取柄の結婚式のスピーチみたいな話が終り、お目当ての 男が壇上に立った。何が楽しいのか、異常に張切って、下っ端代議士にさんざんお べんちゃらを並べ立てる。何ともすばらしい事に、彼は本心から言っているらしい。 すばらしい男だ。彼の中では、未だにソビエトが存在しているらしい。  私のような機会主義者には、思想を持った人間はうらやましくさえ思える。言う ことが平気でころころ変りさえしなければ。  私は、直感的に彼は使い込みをやっていると確信を持った。  論語の、巧言令色少なし仁では無いが、口ばっかり達者で自分のことしか見えて いない人間としか、彼の口から漏れている言葉の羅列を聞く限り判断出来ない。  彼の演説が佳境に入ったらしい。どうにもトリップしまくった感じで、先ほどま でとは明らかに違う主張をがなり立て始めた。どうやら彼は愚かな大衆を指導すべ き指導者層に属しており、政権を執っている腐敗した政党の代りに、日本を他国に 売払って、その国の一員になりたいらしい。  今時、こんなやつがまだ存在していたとは。  全く、やれやれだ。  その思いが、思わず口をついてしまった。 「使い込んだ金で、余所の国の地位を買ったのか」  その声は、思いの外大きな声であった。  私は、しまった、と思ったが後の祭。  周囲は水を打ったように静まりかえった。 「誰だ、私を侮辱するやつは。私を侮辱することは許されることではない」  まるで、自分は神である、とでも言いたげなその口調に、私は大声を出してし まった。 「余所の国に自国を売って、地位を得たのか、って聞いたんだ」 「何だと、労働者を指導すべき立場にたつ私に対し、なんたる暴言」 「労働者を指導すべきと、誰が決めたんだ」  私ではなく、別の誰かが叫んでいた。よっぽど、彼のアナクロなアジテーション に嫌気がさしていたらしい。 「それは……」 「「俺たちは決めてない」」  瞬時に四方から賛同の声がわき上がる。  彼が日頃どのように思われているかが、瞬時にしてわかるというモノだ。  彼の人望のなさに、私は憐憫の情さえ感じてきた。 「「組合の金を渡してもらったのか」」  どうやら、使い込みの疑惑はかなり知れ渡っていたみたいだ。どうやら私は、導 火線に火をつけてしまったらしい。こうなっては、もはや、どうにもならない。  政治屋の方は、とっとと逃出したらしく、既に姿など無かった。  私は、この県の新聞が、北海道新聞ならよかったのにと、政治家に同情してし まった。彼も、まさか組合費を使い込むような程度の低い人間が組合い幹部を務め ているなどと想像していなかっただろう。いや、使い込みくらいもみ消せない程度 のやつが、という方が正確かもしれない。  参加していた人間は、一斉に壇上の彼めがけて駆寄った。  労働者の代表であるべき労働組合の幹部が、労働者に周囲を埋め尽されている情 景、と言葉だけ聞くとインターナショナルがかかりそうな美しき情景なのだが。  周囲を囲まれてしまった彼は、思わず大声で叫んでしまう。 「メーデー、メーデー」

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