すいしたい
田舎探偵物語
土手沿いの道を、私は原付きでゆっくりと走っていた。
中京地方では、なんでも「けったマシン」とかいうらしい。
いやいや、それは「けった」同様、自転車【ちゃり】を示す、という説もあるが、中京地方とは全くの無関係な私にはよく分からない。
私がこんなところを、すばらしく燃費のよいことで知られた原ちゃで走っているのは、仕事だった。今回の依頼は、行方不明人の捜索という、えらく手間のかかるものだ。
非公式に認めているように、犯罪に結びつかない限り、人捜しに対して警察はあまり―いや全然積極的に動いてくれない。
だから、私のような私立探偵に依頼が来るのだ。
私は、松田勇作を気取って、自動販売機で缶コーヒーを買う為にバタコを傍に停めた。そして、ポケットから出したくちゃくちゃの煙草に火をつける。
カードとかを使ってくれれば、そこから手繰っていけるのだが、今回の失踪者は、念入りに計画した末に実行したらしく、手掛かりらしい手掛かりが全くなかった。その為、ようやくつかんだ、くもの糸並みの手掛かりをもとに、この界隈をしらみつぶしに当たっているのところだ。
私は、小さなクリアケースに入った写真を眺める。
多少頼りない感じはするものの、好感の持てる青年だ。かなりドのきつい眼鏡をかけているようだ。ひげははやしていない。
だが、眼鏡は厄介なものの一つだ。
コンタクトに変えた場合、眼鏡をかけていた時とがらりと印象が変わってしまうことがある。それに、ひげのせいでもはや別人、という場合もままある。 その為、念のために、コンピュータで細工をした現在想定し得る顔の写真を作って持ってきている。
といっても大したものではない。写真をパソコンに取り込んで、ひげだとか付け加えたりしただけだ。
なにか、土手の方で人間がざわめく音がする。
私は、缶コーヒーを一気に飲み干すと、煙草を携帯灰皿に入れ、ヘルメットをかぶる。そして、キック一発、エンジンをかける。
ギアをローに入れると、スクーターでは真似できない荒業を使って土手を斜めにかけ上っていく。
土手には、数台のパトカーが並んでいた。周囲には、群衆が河原の方を向いてひそひそ話している。
「どうしたんですか。」
私は、そこにいた警官に声をかけた。
「そこの河原で水死体が上がったんだよ。」
警官は、多少面倒臭そうに言った。たぶん、同じことを何度も聞かれているのだろう。
「男ですか。」
私はそうたずねた。
「そう。三十ぐらいの男だと思う。」
「すいません。ひょっとしたら探してる人かも知れないんで、通してもらえますか。」
「長いこと水に浸かってたんで多少膨れているが、まだ腐乱してないから顔の判断はつくと思う。」
そういって、警官は水死体の置かれたところへ案内する。
水死体は、よく外国の刑事物で出てくるようなナイロン製の袋でなく、何故か時代劇にでてくるような筵がかけられていた。
警官は、私服刑事らしい目付きの鋭い男に二言三言耳もとでなにか言う。
がっちりした大男で、柔道でもやっていたのか、耳がつぶれた痕があった。その隣には、妙に高級な背広を着た出っ歯の男が立っている。その向かいに立っている、キャリア組みらしい刑事が、私に軽くうなずくと筵の端をめくった。
やけに顔の大きな、丸まるとした男だった。
青いフード付きのつなぎを着て、変わった形の赤いチョーカーをしている。
明らかに探している男ではない。
その時、突然、死体が起き上がった。
そして、妙にかん高い声で、私たちにこういった。
「ぼく、ドザえもん、なのさ。」