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田舎探偵物語  作者: 伊識 填人
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てっぽう & てっぽう りたーんず

元々は独立していた話を、纏めた物になります。


田舎探偵物語カントリー・オプ1.


 夕暮れのことだった。

 その日私は、被調査人の尾行を終え、事務所への帰路を急いでいた。

 全く、下らない仕事だ。

 が、実際にはこの手の仕事があるおかげで、俺のようなしがない探偵でも食いつないでいける。

 19世紀末の諮問探偵。大戦の間に生息した頭脳派探偵達。さらには大戦後に主流を占めるに至った行動派の探偵達。

 現実には、彼らのようなわけにはいかないのだ。

 私は、ポケットからよれよれの煙草を取り出すと、伯父さんが使っていたという、年代物のオイルライターで火を点けた。


「だれか助けてえ」


 女性の声が、角の方から聞こえてきた。

 事件だ。私は、そう直感した。

うちが……」

 落ち着いた感じの、白い清潔そうなワンピースを着た女性だった。年の頃は、20代前半、といったところか。

 彼女は、人影を認めたらしく、こちらへと向かってくる。

「助けて……」

「どうしました」

 俺のとなりにいる、運悪く一緒にひっつかまってしまった、帽子で隠している心算の男が尋ねた。

 彼女は、気が動転しているらしく、先ほどから「助けて」と「だれか」の二つの単語しか使っていない。


「一体、どうしたんですか」


「……てっぽう」


 そういって、着た方向を指さした。

「てっぽう?」

「てっぽうで……」

 そこまでいうと、彼女は意識を失った。


 とにかく、このままにしておけない。

 私は、帽子でごまかそうとしている男に彼女を任せると、先ほどから頻りと指さしていた方向に足を向けた。


 最初は全く気がつかなかった。

 しかし、次第次第に音はハッキリしてくる。

それは『どぉ~ん』といった感じの、腸に響くような重低音。

 それが、連続して起こっている。

 これが「てっぽう」の音に間違いない。

 私は、音源とおぼしき方向に足を進めた。



 どうやら、この角を曲がったところが音源らしい。

 私は左の腰から拳銃を抜いた。

 そして、一気に飛び出す。


 そこには、信じられない光景が・・・・。




 そこでは、二人の力士が、締め込み《回し》だけで家の柱に向かっててっぽうをしていたのだ。



りたーんず


 全く、あまりに情けなくて、笑ってしまいそうな状況だった。

 被調査人の尾行中、まんまとまかれてしまうという、大失敗(おおぽか)をやら かしたのだ。

 典型的な、浮気調査。まあ楽勝だな、と甘く見ていたのが敗因だろう。

 被調査人の女性は、カルチャークラブのテニスへ向かったと見せかけて、実に荒っぽい手口で尾行を巻いたのだ。

 しかし、今どき電車に飛び乗ってすぐ降りるとか、歩行者信号が点滅に変わるのを待って走り出すとかいった力業を素人の主婦が普通使うか。しかも、どうやら毎回そんな手口を使っていて、私に気づいたからしたからそうしたというわけでもなさそうだ。

 これから、スパイ小説マニアであろう不倫相手(間男)の存在が浮かび上がってくるが、確証がなければ金にはならない。それ以前に、恥ずかしくて「尾行調査に失敗しました」なんて報告書には書けやしない。

 私は、失敗をどう取り繕うか思案しながら、被調査人の住まう住宅街からとぼとぼと事務所に戻っていた。


 所謂住宅街を抜けかけた辺りでだった。

「だれか、うちの人を止めて。」

 大柄な、いかにも日本の母、といった風情の女性が飛び出してきた。

 辺りには私以外誰もいない。

「どうしたんだ。」

 どうも、私はお節介の節がある。この性でとくしたことなど一つもないのだが、やはりこういう状況になるとお節介を焼いてしまう。

「うちの人が、てっぽうで自殺を・・・・。」

「どういうことだ、一体。」

「詳しいことは、追々話しますから、とにかくうちの人を。」

 そういって、私の手を引いて駆け出した。

 私は、引きずられるようにしてついていく。

 突然、以前の苦い思い出が蘇った。

「てっぽうって、まさか相撲取が柱に・・・・。」

「そんな冗談をいってる場合じゃあありません。人の命がかかってるんですよ。」

 女性は、小走りにかけながら、むっとしてそういった。

「一体、どういうことですか。」

「うちの人は、小さな町工場をやってたんですが、銀行の貸し渋りで倒産したんです。

 それでやる気を失って・・・・。

 酒浸りの生活になってたんです。

 それが今日になって突然『てっぽうで自殺するんだ。止めるんじゃない。』って言い出して。」

 私は、女性に向けて頷いた。


 全く、世の中色々である。

 夫の留守に浮気をしているような女もいれば、失業した夫を本気で心配しているこんな女性もいる。


 そうこうしているうちに、女性の家にたどり着いた。

 建て売りの小さな二階建ての家で、裏側に小さな庭があり、門の横にパイプ製のガレージがあるごく普通の家であった。家の横はスレート製の建物が建っていて、これが経営していたという町工場であろう。

「こっちです。」

 そういって裏の勝手口に案内された。

 どうやら、キッチンになっているらしい。私はまず耳で中の様子を伺った。


「カチ。」という金属的な音がときおり聞こえてくる。

 その金属音には聞き覚えがあった。

 たしか、この音はコ・・・・。


 私は咄嗟に「ロシアンルーレット」を思い出した。そういえば、撃鉄が空を打つ音にどこか似ている。


「下がっていてくれ。」

 私は女性にそう指示をすると、ホルスターから拳銃を抜きだし、ドアのノブをひねって開けると一気に中に飛び込んだ。


 炊事場では、男が一人いすに座っていた。

 そして、そこに置かれたものを見て「あっ」と叫んでいた。



 男は、カセットコンロをひねって「てっちり」を作っていた。



どっとはらい

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